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アルカディア学報

No.111

行財政改革と予算編成―第17回公開研究会の講演から

武蔵野女子大学助教授 岩田 弘三

 去る平成15年2月27日、私学高等教育研究所主催の第17回公開研究会が催された。講演者には羽深成樹氏を招き、「行財政改革と予算編成―これからの文教予算はどうなるか」というテーマでお話しいただいた。同氏は、現在は内閣行政改革推進本部事務局参事官の職にあり、内閣の行政改革の中心的役割を担っているベテラン財務官僚である。その前までは財務省主計局主計調査課長の職のみならず、旧大蔵省時代には、文教担当の主査として、大蔵省側から文部省予算の編成に携わった経験の持ち主でもあり、教育関係の問題にも精通している人物である。
 その講演内容は同氏自身によって、次回の本欄で詳しく紹介される予定なので、ここでは簡単に、その概要を記すに留めておく。
 講演はまず、わが国の財政の現状紹介から始まった。昭和58年度を基準にとると、国の一般会計の総予算額は約50兆円から平成15年度予算案の818兆円へと16.2倍に膨れ上がっているのに対し、一般歳出予算額は約33兆円から48兆円へと、1.5倍にしか増加していない。その差の多くは、国債などへの支払いによるものである。現在は、国債金利は低水準だが、それが上昇すると、国債の価値が減少し、日本の金融機関などに甚大な反動がくるので、赤字国債の削減は重要な政策課題であるという。
 このような状況のなかで文部科学省所管予算は、一般歳出予算額の13~15%の水準で安定している。日本の公財政支出学校教育費の対GDP比は、仏独英米諸国に比べ低いようにみえるが、一般政府総支出に対する比率は、それら諸国に比べ遜色ない。ただし、生徒数が減少しているにもかかわらず、義務教育への国庫負担金が増加していることに対しては、現在議論のあるところだという。
 今後の私立学校に影響を与える政策として、第1に、財政逼迫の影響もあり、予算の競争的重点配分化が進んでいることが挙げられる。その典型が、科学技術振興費、21世紀COEプログラム、ポスドク支援などである。また、大学院の奨学金は就職職種ではなく、大学院時代の成績によって免除する方向で検討が進んでいることから育英奨学資金なども競争的配分化が進んでいる。なお、高校以下の奨学金は都道府県別に委譲され、平成14年度中に受付のものまで終了される。さらに、私立大学補助金に関しては、一般歳出の伸びに比べれば増加傾向にあるが、とくに特別補助に予算配分の重点化が進んでいる。科学研究費などと同様に、このような競争的な資金獲得は、避けられない今後の趨勢になるという。
 第2が、規制緩和の流れである。まず、国庫補助が教育の自由化を阻害しているとの問題意識から、国庫負担金を廃止し、地方交付金の形で配布し、その使途を地方自治体に任せることが検討されている。ただし、この形をとると、教育に対する地方の自主性は増加するものの、国による規制がまったく行き渡らなくなる恐れのあることが問題となっており、現在の検討課題の一つだという。規制緩和関連の自由化のなかで、つぎに重要な政策は、構造改革特別区域である。文部科学省案では、学校法人の設立要件を緩和した上で、学校法人に移行したNPO、株式会社の教育参入を認めることになった。ただし、構造改革特別区域推進本部の意見としては、承認NPO法人については、教育参入に対してわざわざ学校法人に昇格させる必要がないのではないか。また、保守作業などに対する学校管理の民営化を認めてもよいのではないかとの議論も出ている。そこまで踏み込むかどうかは、文部科学省と現在折衝を進めているところである。さらに、規制改革推進の一貫として、現在進行中の公益法人会計基準の見直しを踏まえて、学校法人会計基準の見直しも、平成15年度中に結論を出す予定の検討課題になっているという。
 加えて、日本私立学校振興・共済事業団については、共済事業は現状のままとするものの、助成業務については、独立行政法人に準じた管理手法を導入し、外部評価の対象にするという組織改革計画もある。また、そのもとで、私立学校の施設・設備への融資業務は、「民間にできることは民間に委ねる」という原則のもとに、財政投融資の対象となる事業の削減、コストに応じた金利設定の導入を検討するなど、金利・期間・融資限度などの融資条件を適切に見直す計画がある。のみならず、原則として今後、出資金の追加を停止することも検討されているという。
 以上はあくまで、講演内容のごく一部の抜粋にすぎない。なぜなら、羽深氏が事前に用意された資料は、200枚に及んだという。それを20ページに圧縮して、講演に臨まれたのだが、このことからも分かるように、氏の話は、教育およびそれにからむ予算の様々な問題に及んだからである。このような幅広い講演内容に触発され、質疑応答も活発になされた。
 たとえば、競争的な予算配分の問題にからめて、つぎのような質問がなされた。第一に、国立大学への研究費配分は、トップ30導入後も、私立大学へのそれの5倍を依然維持している。また、旧帝大への傾斜配分が大きすぎる。それは、日本全体でみると、きわめてロスが多いのではないか。第2に、科学研究費の審査についても、一次審査に関わる審査員の70%、二次審査では90%が国立大学教官で占められている。このことは、審査を客観的に行うとの建前に反して、実際には客観的評価から逸脱しているのではないか。この質問に対して羽深氏からは、現在は、不備もあるかもしれないが、とにかく競争的資金配分を始めたばかりの時期であり、大きな部分では制度が変わったのに、細かなところでは変わっていない。だから、今後時間をかけて、配分システムの見直しを含めて、それら不備については、とりあえず制度を走らせながら、よりよい仕組みができるよう、政策決定の場で議論をする必要がある、との回答が返された。
 また、設置基準などの事前規制を廃止し、第三者評価などに基づく事後チェックを行うという方針は画期的な政策転換である。しかし、事後チェックがうまくいっているかどうかを誰が判断するのか。その判定を下すのは、文部科学省では無理ではないか、との質問も出た。この質問に関連して、同研究所主幹の喜多村和之氏からは、つぎのコメントが発せられた。規制緩和を進めれば、競争が促進されるという前提は正しいのか。また、競争的資金獲得自体が、日本の高等教育全体の向上にとって、実質的に有益かつ効果的なものかどうか。これらの前提を、改めて検証する必要がある。第三者評価についても、それは当てはまる、という発言もなされた。
 以上が講演およびそれに対する質疑応答の概略であるが、喜多村氏のまとめを借用するなら、現在の惨憺たる日本の財政状況のなかで、難しいながらも、どれかの予算を削減しなければならない。そのような状況の中で、多くの変革が私学に押し寄せている。それが、今の私学の現状である。だからこそ、私学教育を改善していくためには、文教行政のみならず財政政策の動向をも見据えなければならない。その意味で、今回の羽深氏の講演は貴重な話題提供であった。この報告をもとに多くの研究を積み重ねることによって、私学高等教育研究も今後一層の進展をみせるものと期待される。