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アルカディア学報

No.108

教育分野への株式会社等参入―継続、安心できる社会的評価を

東京学芸大学助教授 田中 敬文

 このたび構造改革特区という地域限定ではあるが、教育分野への株式会社の参入が認められることとなった。「神学論争」ともいわれた、株式会社=悪、私立大学=善という単純な二分法が放棄されるとともに、私立大学をまとめて保護するというこれまでの「護送船団」方式が終わりを告げたのである。大学は設置形態を問わず、教育研究の中身と経営手腕とによって独自に生き残りを図らなければならない。本稿では、株式会社等の教育分野への参入のうち、特に高等教育分野を中心に構造改革特区への提案を検討し、私立大学への示唆を考えたい(なお、教育分野における規制改革の考え方や問題点については『ESP』八月号も参照されたい)。

〈株式会社参入の基本的な考え方〉
 総合規制改革会議では、株式会社参入が原則禁止されている教育・医療・福祉・農業の四分野などの「生活者向けサービス分野」(いわゆる「社会的規制分野」)を公的関与の度合いが強い「官製市場」と呼んでいる。
 『規制改革の推進に関する第二次答申』(平成14年12月12日)では、消費者(利用者、生活者)の視点によるサービス向上、事前規制の緩和と事後規制の重視、情報公開と第三者評価に基づく資源配分、検討・実施期限の設定、に加えて、株式会社の参入推進と供給主体間の競争条件の平等化、「構造改革特区」の導入等を求めた。株式会社等の教育分野への参入については、「会計制度などによる情報開示制度、第三者評価による質の担保及びセーフティネットの整備等を前提に、教育の公共性、安定性、継続性の確保に留意しつつ、特に大学院レベルの社会人のための職業実務教育等の分野について、その在り方を検討すべき」とあり、十五年度中に検討・結論とある。規制改革は、徹底した消費者主権に立つことと、新たな雇用を創り出すことを主眼とする。株式会社の参入によって資金調達を多様化・円滑化するとともに、情報を公開して経営の柔軟性を確保し、企業との一層の連携強化を図ることを期待している。

〈特区構想の具体例〉
 株式会社の教育分野への参入提案は34件ある。提案主体は地方自治体、株式会社、NPO法人(特定非営利活動法人)と個人である。株式会社の参入といっても、提案主体が株式会社自らではなく、自治体が10件ある点が興味深い。また、初等中等教育にかかわる提案が多く、高等教育は少ない。たとえば、三鷹市の「教育改革・知的創造特区」の事業の一つは、国公私立大学が多く立地している地域特性を活かし、複数の大学の連合により大学院を設置するものである。大学院経営は産学官の共同出資による株式会社を想定し、校地校舎の自己所有要件の緩和と借用容認を求める。また、大学院を構成する大学学部の教員が兼務できるよう設置基準の緩和を求める。
 株式会社自身の提案のうち、たとえば、東京リーガルマインドの「次世代大学特区」は、「公民教育の橋渡し」と「社会で活かせる職業教育」という視点から、生涯教育の実現も視野に入れた職業教育の提供を目指して、大学設立要件の緩和や修業年限・建築基準・組織の必置規制などの適用除外を求める。ただし、私学助成は明確に拒否する。同社は、助成や税制優遇を受ける既存の学校は教育の質改善のインセンティブが働きにくく、「消費者が満足する、市場で最も優れた商品・サービスを開発・提供すること」で社会に正義を実現する目的を持つ営利企業こそ質向上を図ることができる、と提案書で述べている。また、浜松ホトニクスの「光産業創成大学院大学特区」は、光技術を用いた新産業の発掘を目指してベンチャー起業自体を教育として認めるよう求める。NPO法人からの提案は、学校をNPO法人自身が設立するものと営利企業が設立するものとがある。語学教育を主とした学校設置や、不登校児のためのフリースクール・チャータースクール設置など初等中等教育分野が目立つ。

〈株式会社参入への懸念と特区提案の問題点〉
 特区への提案では大学学部にかかわるものは少ない。株式会社の参入に対する懸念として、①利益追求と株式配当が中心で、教育研究への還元が副次的となるおそれ、②株主の意向による教育方針の安易な変更や、資格試験対策など目先の利益を追うおそれ、③業務悪化による大学の廃止、④10000万円の最低資本金で設立できるので経営基盤が脆弱となるおそれ、が指摘できる。
 特区提案の問題点は、まさに「提案」にとどまっていることにある。規制の緩和・撤廃への要求はあるものの、具体的な資金計画や詳細な事業計画は示されていない。また、経営破綻時のセーフティネットの記述も見られない。
 文部科学省は株式会社の参入提案34件を基本的に認める方向である。ただし、学校設置は認めるものの私学助成はしない。また、NPO法人は評議員制度や学校経営に必要な財産の保有要件がないなどの理由で学校設置主体としては認めないが、自治体が必要と認めるときは、特例として学校法人設立要件を緩和するという。株式会社の参入は認めるが、NPO法人の参入は自治体任せというのは首尾一貫しないのではないか。NPO法制定後4年を経て、年間収入が億を超えるNPO法人も現れている。「NPO=規模の小さいボランティア団体」とは限らない。NPO法人は設立が容易であるためさまざまなものがある。設立理念だけではなく、資金力や経営力も厳密に評価すべきであろう。

〈私立大学への示唆〉
 特区提案からはこれまでの学校教育・経営への不満が読みとれる。私立大学は社会の変化に素早く対応して、学生や市民、産業界が求める教育プログラムを開発すること、学部・学科を柔軟に設置・改編することが求められる。株式会社参入の利点として、株主への情報公開義務があげられていることから、個々の大学の財務情報公開を求める声は一層大きくなるだろう。情報公開が遅れているため、経営内容が不透明であると誤解され、あらぬ疑惑が生じることは、健全な経営を行う大学にとってゆゆしき問題である。営利企業の参入ばかりに目を向けるのではなく、参入にかかわる設置基準の緩和、特に大学の学部・学科設置の自由化や市場における学校債発行の容認の動向に注目したい。学校経営への株式会社参入は、大学の学部・学科設置の自由化とともに、政府が2年以内の実現を目指す重点項目の1つである。重点項目を含む行動計画は、総合規制改革会議より権限の強い経済財政諮問会議でも議論されている。大手の私立大学の歴史を遡ると、ミッション(建学の精神)を掲げた精鋭がNPOとして創設後、少しずつ規模を拡大してきたことがわかる。創設間もない頃は、つぶれるというおそれが常にあったはずである。学生・教職員とともに学校を育て、社会に貢献するという意欲があったからこそ今日の姿がある。学校の新たな設置主体の参入を認める場合にセーフティネットを構築する必要はあるものの、消費者保護の名の下に新たな参入を一律にすべて拒絶することは難しいのではないかと思う。教育サービスの需要者(学生や父母)にとって重要なことは、自分の欲する質の高い教育を、継続してかつ安心して享受できることである。学生が「学んでよかった」と評価される大学こそが生き残っていくのではないだろうか。