特集・連載
地方私大からの政策提言
地方私大の取るべき道とは
やや沈静化をした観もあるが、今春、加計学園を巡る問題が、私立大学の運営に関わり大きくメディアに取り上げられた。政治的な側面を除くならば、この問題は規制とその緩和による既得権の行方にある。出口の、獣医師の量的充実を踏まえ、関連学部等の設置、定員増加を抑制してきた文部科学省であるが、入口は、と見ると獣医学部の志願倍率は高く、私大にとっては定員充足を満たす数少ない分野である。そもそも文部科学省が出口に即して入口に規制を掛けるのは、人口の増加を背景に進学の需要が拡大していたからで、入口の規制で供給を制限することにより、出口の既得権を保護することにあった。そして私大も高い倍率の中で、その既得権の分け前に与ってきた。
今回の騒動では規制緩和を求める内閣府と文科省との関係も取り沙汰されるが、その内閣府も地方創生の観点から東京23区内の私大の定員増加に待ったをかけ、文科省はこれに従った形。いずれにしても入口に規制をかける文科省とそれに一喜一憂する私大のあり方は人口減少という現実の前には滑稽でしかない。ユニバーサル化した大学に規制をかけてコントロールすることは時代遅れにも見える。人口が減少する中にあっては、規制ではなく、開拓によって大学に需要をつくる。大学も、そして規制官庁たる文科省も、その足を引っ張る存在でしかなければ、退場を余儀なくされる。例えば、高度成長中のアジアなど世界を本格的に開拓すれば、日本の大学の研究・教育水準と学費、さらに日本での生活環境を考えるならば十分に魅力的だ。
国内に目を向ける。ある女子学生は地方で希望する就職先がないとこぼす。彼女が目指すのは技術職。職業分類別で「技術者」の従業者数の特化係数(集積度を測る指数)は東京23区で2.04、神戸市では1.04(平成22年度「国勢統計」より計算)と、東京一極集中である。首都圏に目指す就業機会が豊富にあり、卒業時、その恩恵に与るには地理的近接性が不可欠である以上、減少一途の18歳人口が首都圏の大学へ流入することを留めるのは難しい。一方、高校2年生女子のつきたい職業の1位は看護師、2位は保育士・幼稚園教諭・幼児保育関連だ(第7回「高校生と保護者の進路に関する意識調査・報告書」2015年、一般社団法人全国高等学校PTA連合会・株式会社リクルートマーケティングパートナーズ 合同調査)。調査は北海道、広島県など九都県の公立校を対象に実施、東京都以外が88.7%の回答を占め、地方の実情を示す。この需要があるから、看護師養成、幼児教育の関連学科が地方私大の経営を支える根幹となる。本学もそうした私大の一つである。だがこれは地方消滅に描かれた如く、若年女性の首都圏流入を加速させ、お金と時間をかけて育てた人材を提供した地方は疲弊する。
こうした中、地方の私大が行うことの第一は、地方に仕事はないという呪縛から逃れる機会を自ら開拓することだ。事実、観光や介護、看護、健康など私大が牽引し開発した仕事は枚挙にいとまがない。知人のNPO理事長は、課題を解決すべきことが仕事になる、という。高齢化と人口減少が先行する地方はそれに伴う課題も多い。本学の現代ビジネス学部では、地域から学ぶことを掲げ2年次からPBL型授業を導入、例えば、兵庫県内陸部を走るJRのローカル線、加古川線沿線の魅力創造を住民とともに行うなど、具体的な地域課題をビジネスで解決する「頭」を鍛えている。またAIの発展は新たな職を創る可能性を秘める。「AI×地域」をテーマに11月に開催する「熟議2017 in兵庫大学」では高校生と大学生が地域課題を解決するAIのあり方を考える予定。学生たちが自ら考え議論するための場、ラーニングコモンズも整備した。
第二は、地方の競争力強化を大学が牽引することだ。人口が減少する地方にあって人への投資による生産性の上昇が希望の綱となる。リカレント教育は、労働者の社会変化への対応にとって不可欠で、人への投資先となる。そして地方でリカレント教育を行うのは、地域の知の拠点である大学の役割である。看護学部を有する本学は2016年度に地域医療福祉研修センターを設置、最新の患者シミュレーターを用い現役看護師向けの教育を実施している。また生涯学習の拠点と位置付けるエクステンション・カレッジは、保育士の現役復帰の訓練プログラムを受託した。
もちろん人への投資は、現役世代に留まらない。18歳人口は減少するが、高齢者人口のボリュームは大きい。エクステンション・カレッジの講座は市民性教育を担うと位置付けている。一億総活躍社会づくりで期待される層であり、市民として育てる投資が地域の競争力強化に役立つ。私大としてこの層の開拓は不可避である。特に団塊の世代は、日本の成長とともに資産を蓄えてきた。個人の自由ではなく市民としてその資産を地域の豊かさのために活用することを目指す。
第三に学び方改革とその見える化を挙げる。即戦力が求められる人口減少社会。即戦力は促成による職業教育を期待していない。卒業時に、考え判断し行動に移すことのできる人材が要求される。そのため学士課程教育の中で、深い理解と状況に即し考えることを学ぶ。本学は、それを知識の統合、判断力という「応用力」と社会で生きる総合的な力「人間力」として身に付けさせる。具体化のため、高等教育研究センターを学内に設け、国際的な水準でエビデンスに基づく大学教育の研究と開発を行う。さらにセンターは教育の困難性が高まる中で、教員の資質向上にも余念はない。さらに学びの見える化のため、本年度「ありがとうのプロフェッショナルへ」とのフレーズを掲げ、高校生などにアカデミックレクチャーとして提供している。地方私大ができる地方創生
若年者が貴重価値となっているのは東京よりも地方である。また腰を落ち着け学ぶことに地方は適している。地方の私大はこの貴重な人材の価値をより高めるとともに、地域に根を張り活躍する人材とする責を負う。そのためにも地域の仕事づくりや地域の競争力強化をその知的資産を活用し先導しなければならない。
たばた・かずひこ
昭和39(1964)年生 三重県出身。
平成5(1993)年広島大学生物圏科学研究科博士課程後期終了。博士(学術)。
平成7(1995)年兵庫大学経済情報学部講師、生涯福祉学部長、エクステンション・カレッジ長等を経て現職。