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特集・連載

地方私大からの政策提言

ふくしま再生と地方私立大学の使命

福島学院大学理事長・学長  桜田葉子

 世界史に記憶される大きな災害である2011年3月の東日本大震災・原発事故から、ちょうど9年が経った。東日本大震災・原発事故の発生によって福島県は甚大な被害を受けた。とりわけ福島第一原子力発電所の事故の影響で、今なお帰還できない方々がおり、原発事故で生じた風評は福島県全体の産業を苦しめている。私の奉職する福島学院大学も、震災によって宮代キャンパスの施設に大きな被害が発生し、大震災直後は施設の復旧、そして大震災直後から現在も、風評と少子化が重なった入学者減少によって厳しい経営を強いられている。
 私が現在の立場に就任したのは2019年4月である。大学経営はいかなるものか日々学んでいる新米経営者に執筆の話をいただいたのは、そのような状況にある福島学院大学の経営者という立場と、現在の立場の就任前に福島県議会議員を務めていた経験を買われたものであろうと推察する。そこでここでは、県議時代の経験も踏まえ、ふくしま再生と本学の関わりについて考え実行していることを述べたいと思う。
 県議としてふくしま再生に取り組み、福島復興再生特別措置法にも関わってきた経験から、ふくしまを再生するための重要な柱は3つあると私は考えてきた。そして、本学の取り組みも、その3つの柱を意識したものであるべきと思っている。
 第1の柱は、「なりわいの再生・新生」である。被災者の方々の生活再建をサポートすることや、彼らの抱える課題を学術的な面から検討することに被災地にある大学は貢献しなければならない。加えて、そうした取り組みを被災地に住む方々に伝えていくことも求められる。
 第2の柱は「風評の払拭」である。残念なことに、「福島県に行くことは危険」と誤った認識をする方々が今でも見受けられる。そうした誤った認識を払拭するような取り組みを行政や企業だけではなく、学びの場を提供する大学も行うべきできある。情報発信はもちろんのことだが、海外からの研究者との交流の場を提供するなどの取り組みをすべきである。
 第3の柱は「風化の克服」である。福島県民の震災記憶の風化を食い止めることはもちろんしなければならない。しかし本当にやらなければならないのは、復興の過程を書き留めていくことである。ふくしまの復興過程は貴重な経験であり、被災地の大学にはそれを書き留め後世に残していく義務があると思っている。
 本学では前述の3つの柱に対応する組織として、昨年4月に、地域連携センターを立ち上げた。文系である本学は、廃炉研究やロボット研究といった技術開発に直接関わることは難しいが、そうした技術を県民に広く展開することは可能である。そこでセンターの設立にあわせ、ロボットを教育や介護にどう活かせるか、研究交流をスタートさせた。第2の柱に関しては、ふくしまの今を知ってもらうため、そして国内外の社会科学系の研究者が福島県庁などへのヒアリングをしやすくするための環境整備をスタートさせた。ふくしまの復興は、世界史で類を見ない困難な課題を背負った中での復興である。将来的には、ふくしまで進められている復興政策を学ぶ場が提供できれば、と考えている。第3の柱として、福島県をフィールドとする研究者やジャーナリストなどにセンターの客員研究員になっていただき、彼らの力も借りて、復興に関わる執筆を奨励する取り組みを始めた。福島県内でなりわい再生に尽力している方々のオーラル・ヒストリーの収集も視野に入れた取り組みを展開したいと思っている。
 ところで現在、福島県の創造的復興として国家プロジェクトに位置づけられている福島・国際研究産業都市(イノベーションコースト)構想が進められている。国では、国際教育研究拠点の設置についての検討もなされている。これらの取り組みは、さきほど挙げた3つの柱の中の「第1の柱」に該当するものと言える。そして、その研究成果は日本全体にとって有意義であることは間違いない。ただ、研究者が家族と定住して教育研究に邁進できる環境が必要だ。研究者がふくしまに定住し復興を進めることは、風評払拭に大きく貢献する。
 また、このイノベーションコースト構想の動きに、本学を始めとする県内の高等教育機関が参加する「アカデミア・コンソーシアムふくしま」が関与しているが、技術開発重視で有機的な連携ができているとは言い難い。本学のような文系の大学は、技術開発そのものはできないが、例えばAIロボットの教育的利用の検証等、その技術を使う側の検証の場や情報提供の場として連携していくことはできる。イノベーションコースト構想の教育研究拠点整備は、県内全域の地域活性化の拠点でもあることを認識したうえで、県内の各高等教育機関に役割が与えられるよう全体を巻き込んだ形で進めてほしい。
 本学は今、「地域になくてはならない」といわれる大学を目指して「地域貢献の見える化」を視点の1つとして大学改革に取り組んでいる。今年4月から食品表示法改正により栄養成分表示が義務化される中、昨年11月に福島県食品生産協同組合と栄養分析装置を使った分析を行い、データを提供する連携協定を締結した。地域が求めている「ニーズ」と本学の「シーズ」の連携であり、地域から求められている連携の形と実感している。また、東日本大震災・原発事故後、医療の大切さをさらに強く実感する中、今年2月に福島県の医療の中核である県立医科大学と連携協定を締結した。これは、医科大学の教育・研究に、本学の栄養分析装置のデータを活用して、県民の健康意識の啓発や健康寿命の向上に関する事業を展開するなど、互いの専門性を活かして連携をしていこうとするものである。
 本学の取り組みは、ふくしま再生にはささやかなものに過ぎない。しかし本学で学んだ学生の8割が県内地元に就職しており、ふくしまを支える人材を育んでいると自負している。地域の方々が応援してくれる「地域になくてはならない大学」と言ってもらえるよう今後も努力をしていくとともに、地方私立大学には特に「地域に寄りそう使命がある」という強い思いを持って大学経営にあたっていきたい。

さくらだ・ようこ

 昭和55年国立音楽大学声楽科卒業、福島女子短期大学非常勤副手、平成12年福島学院短期大学非常勤講師、平成15年~平成29年福島県議会議員、平成16年福島学院大学短期大学部客員講師、平成24年福島学院大学客員教授、平成30年福島学院大学特任教授、学校法人福島学院理事、常任理事、平成31年学校法人福島学院理事長・福島学院大学学長・教授