特集・連載
地方私大からの政策提言
地方大学の進むべき道
地方の大学は、生き残りをかけたサバイバル戦のただ中にいるといっても過言ではない。私立大学改革総合支援事業というかたちで次々と文部科学省から突き付けられる改革課題はそのことを如実に示している。しかし、私立大学は、その大学の個性を活かし、その原点に立ち返り、何より学生、教職員が「共にわくわくできる」大学をつくらなければ本当の意味での生き残りはできない。学長が教職員、学生をとことん信じ、かれらが主体的に動き、共に汗をかきたいと思う大学づくり、共に皆が動く「協働」が鍵となってくる。
別府大学の原点は建学の精神「真理はわれらを自由にする」にある。これは、真理を求め自由を愛する人間を育てていくことを意味する。創設者、佐藤義詮は、昭和21年、本学の前身である別府女学院の開学に際して、新しい理念としてこの言葉を掲げた。爾来この言葉は、別府女子専門学校、別府女子大学を経て現在の別府大学に引き継がれ、今日まで一貫した建学の精神である。
この原点は、佐藤が学んだ、東京お茶の水にあった「文化学院」の教育理念にも通じる。西村伊作、与謝野晶子、与謝野鉄幹、石井柏亭らの自由主義文化人らによって創設された、この学校の一期生(昭和元年入学)となった。リベラルアーツを標榜する学校であり、文学、芸術、外国語、哲学、歴史が柱となっていた。本学はその理念に立ち、長く文学部単科の大学として運営されてきたが、時代の変化に対応し、平成14年に食物栄養学部(のち食物栄養科学部)、平成21年に国際経営学部を創設した。しかし、建学の精神は、しっかりと受け継がれている。国際経営学部創設と文学部再編の年、全学共通科目として「大学史と別府大学」を設置したのもその表れである。
平成28年には、建学の府「佐藤義詮記念館」を建設し、私は記念館の責任者として29年春にはその2階に「大学史展示室」をオープンさせ、その展示作成の過程で、大学の建学の精神とはなにか、賀川光夫(史学科)、川島つゆ(国文科)などの優れた教員の教育理念、史学科(創設昭和38年)の際に自ら学科の旗を作り活動した学生の意気込みなどを知り、大学の誇るべき歴史をあらためて認識することになった。
もともと、長野県生まれで東京育ちの私には、この九州の小さな大学の創設者らの熱き思い、その精神、歴史を深く知る機会はなかった。しかし、展示室製作の過程で、創設者、教員、学生らの熱き思いを知り、それは私の心を強く動かした。この情熱を学生・教職員が共有したいと感じた。この春からは、1年生の導入演習で教員自ら学生たちに大学史を語ってもらい、建学の精神を共有できるようにお願いした。学生も先生も、外で自分の大学の歴史を誇らしく語れるようにしたいものである。そこから、未来に向かって、その歴史に恥じない新しい発想をもって、一人一人が大学づくりの主体となることができると考えている。
大学の教育とは、生きる力を磨くことで、それは人間と人間の関係の中で得られるものである。本学は、内部は勿論だが、地域社会との関係を重要視している。学生は地域に学び、地域に育ててもらうと考え、地域社会に出て活動をしている。その地域の延長上に世界があると考えている。
私は、ここ数年「共育」という言葉をさまざまな場面で使っている。教育は、一方的に教員が学生に教えるものではなく、共に高め、成長することであると考えている。学生は地域に入り、育てていただき、地域にお返しする。また、教員もそこで磨かれる。互いに、自らの潜在能力を発見するのである。本学では、平成26年、地域連携推進センターを創り、大学として地域に「共育」の場をお願いし、学生を育てていただくことを支援し、自ら望んで地域に出て行く学生を育てることを目標にしている。
全学で取り組んでいる「夢米(ゆめ)棚田プロジェクト」は、すべての学部を対象としている。棚田づくりから学生たちが手掛け、県や地元の方と連携し、1年を通じて田の世話をし、ここで作られた米を販売し、かつて豊後表(畳表)の材料となった「シットウイ」を育て製品加工している。特に注目されるのは、ここで作られた米を使い、発酵食品学科の学生たちが「夢香米(ゆめ)」という焼酎を造り出したことである。国際経営学部では、昨年から「地域創生プロジェクト」という授業を創設し、地域の中での「共育」を積極的に目指している。
そして、その考えは世界へ展開する。今は、多くの外国人が日本を訪れ、地域の中にも世界が見える時代である。これまで、本学でもアジア地域からの留学生を多数迎えてきたが、こちらから学生を世界に送り出すことも積極的に進めるとともに、その教育体制の整備も進め、イギリス、フランス、中国、韓国の協定校への短期・長期の留学生を送り出すため、大学が渡航費用なども積極的にサポートすることを打ち出していく。
最後に、ダイバーシティ(多様性)に対応できる大学づくりを挙げたい。世界への対応は多様性への対応である。また、国内においても地方の小さな大学は実に多様な学生を受け入れている。心身に障害をもつ学生も夢をもって大学の門をたたき、大学側もいかにサポートし、成長させ、社会に送り出すかが大きな課題となっている。ゆっくりと長期に学ばせる制度を検討し、教職員、学生が暖かく彼らをサポートし、システムや施設の面の整備も急務であると考えている。
地方の大学はさまざまな課題を突き付けられている。本学は、入学者が大きく減少した時期もあったが、最近は、さまざまな改革と教職員の努力によって、定員を満たす大学となっている。だからこそ、将来に向かって構成員の意識改革、制度改革が急務である。私は、今年度の入学式で、「大学を愛してください。われわれも愛される大学をつくります」とその決意を述べた。本稿は「地方大学からの政策提言」という内容にはなっていないが、大学のアイデンティティを確立し、「協働」「共育」を実現することこそが地方大学の唯一の生きる道だと確信している。
いいぬま・けんじ
1953年長野県生。早稲田大学大学院文学研究科日本史専攻修了後、早稲田大学文学部助手を経て、1987年、大分県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館研究員、1993年、別府大学助教授を経て、別府大学文学部教授、文学部長。2019年4月に別府大学第11代学長