特集・連載
地方私大からの政策提言
「中間層育成による「地域の自活」」
青森中央学院大学理事長 石田憲久
人口減少社会を迎え、地方においては今後、地域そのものが存続していけるかという国家的かつ危急な課題を抱え、地方私立大学も地域の疲弊に伴って学生確保が困難な状況に陥るものと予想される。この未曾有の危機に当たって、国は「地方創生」を主要施策に掲げているが、地方においても特性を踏まえた地域活性化戦略を早急に打ち出し、計画的に実行していくことが求められている。そして、その活性化戦略は、国に頼るのではなく、地域自らが立案し実行していくという「地域の自活」の視点を基本姿勢としなければならない。とは言え、「地域の自活」実現のための即効的な処方箋は存在しない。やはり、地道であるが継続して、地域をよく知り、地域に愛着を持って地域の課題解決に真剣に取り組む有為な人材を、地方の大学が教育研究活動を通じて養成し、地域の特性を生かした産業振興を一層推し進めることが要諦と考える。勿論、その有為な人材とは一部のリーダー層というよりも、大多数の地域を実務的に支える質の高い中間層を指している。
昨今地方の大学においても、地域と連携し、特色を生かした取り組みが進行しつつあるように思う。例えば本学においては、数年前よりいわゆるアクティブラーニングプログラムの充実を図り、ある一定の成果を挙げている。その例が「トライアウト」と「gコマース実践」である。「トライアウト」は平成19年度よりキャリア支援科目として実施しており、企業から与えられたテーマについて、学生が担当企業(地元企業)の企業力向上策を研究・発表するプログラムである。「gコマース実践」も平成21年度よりキャリア支援科目として実施しており、青森県内の企業の商品を基に、学生と企業が協力し、オリジナル商品を開発し販売を行うプログラムである。「トライアウト」「gコマース実践」とも、地元企業と直接接するプログラムであるので、その地域の課題や、求められる人材像等を学生自身が肌で感じられる非常に有意義な機会である。これらのプログラムに学生が主体的・能動的に取り組むことによって、これまで消極的であった学生が自信を持って地域課題に取り組むように変化し、また、その様子がマスコミに報道されることにより、地域住民の学生を見る目にも大きな変化が生じ、大学や学生を理解していただくよい機会となっている。
このように地方の大学においても、地域の若者の定着や地域振興を意図した様々な取組が行われているが、若者人口の減少や、東京を中心とした都市部への流出は、それを凌駕する勢いで進行し、地方においても、「人手不足」という現象を呈している。その流れを変えるためには、「地方における大学進学率の向上のための施策」と「留学生の活用」が鍵となると考える。
まず、「地方における大学進学率」について、本学の位置する青森県の現状を見ると、大学進学率は全国平均に比べて10%以上低い。(青森県の大学等進学率:42.8%、全国の大学等進学率:53.8%)この進学率の低さは、経済状況の厳しい家庭が多いことが影響していると考えられる。このような現状を打破し、地域活性化に資する有為な人材を養成するためには、地域社会全体が学生の学びを支える仕組みが必要となる。その重要な施策の一つは、奨学金制度の充実であろう。現在、国においても、学生への経済的支援の在り方について検討が重ねられており、給付型奨学金の創設や返還の不安を軽減するための卒業後の所得に応じて返還額が変動する、所得連動返還型奨学金の導入等画期的な施策が提言されている。是非とも、早急なる実現を期待したい。加えて当面若者の地域定着を促進するという観点から、地元大学進学者が地域の企業等に就職した場合は、返還時に一定額の免除や返還猶予期間を設けるなどの優遇策を設け、学生の地元定着のインセンティブを高める工夫が必要であろう。その際ある一定のGPA基準等を設け、受給者の学習成果を担保するとともに、必ず地域の諸活動に参加することを義務付ける等の要件を設けることを提言したい。さらに、地域で育てた人材が、地域に定着し、各分野において活躍できる環境をいかに構築できるかも大きな課題である。大学卒業者を受け入れる地域産業の振興策や、起業を促す資金的支援制度の拡充も必要となるが、地域の大学を大いに活用して、社会人になってからも、いつでも必要な技術や知識を学べる仕組みを、地域の大学・産業界及び行政が連携して構築することが必要である。つまり、企業は自社の将来を担う社員が、適宜大学で学ぶことを積極的に奨励することによって、企業の技術力や経営力のアップに繋げ、大学は社会人という新たなマーケットを獲得し、経営の安定を図り、より良い社会人向けのプログラムを開発していくという好ましい循環を作り出すことができないか。そのためには、国や地方自治体は意欲を持って取り組む企業や大学に資金的な援助や税制の優遇策等の支援を講ずる必要があろう。
次に「留学生の活用」について、地域の活性化を推進するために、留学生及びその背景にあるネットワークを地域の有する優れた人的資源として活用するシステムを構築することが重要であると考える。留学生約120名が在籍する本学では、現在、その特色を生かし、7年間にわたり、「留学生発!! アジアからのグリーンツーリズム事業」を展開している。青森県は観光振興策の一つとしてグリーンツーリズムを推進しているが、このグリーンツーリズムに海外からも修学旅行生や観光客を誘致できるのではないかという留学生の発案からこの事業がスタートした。留学生は、アジアからの観光客と日本のホームステイ先との間の語学サポーターの役割を引き受け、短期間の滞在にもかかわらず心の通った交流を可能にしてきた。また、快適な滞在が可能になるよう、観光客の母国の生活習慣や食事の嗜好などの情報を提供するなど、ホームステイ先への親身な支援をつづけている。その結果、海外からの観光客、修学旅行生も年々増加し、今では、本学が青森県の委託を受けて「青森県グリーンツーリズム受け入れ情報センター」事務局を担当するに至っている。留学生にとっては、地域の方々と直接ふれあい、地域の産業や文化を知る良い機会であるとともに、観光ビジネスを成功に導くための実践力養成の場ともなっている。また、日本人学生や地域の人々との交流を通じて、地域のグローバル化やグローバル人材の養成に多大な貢献を果たし、本学においても、海外留学を希望する日本人学生が倍増している。地方においても今後のマーケットを、成長著しいアジアを中心とした新興国に求めざるを得ない我が国の状況を鑑みるに、留学生は、在学期間だけではなく、卒業後も「我が地域が派遣している常駐スタッフ」といった認識を持って接するべきである。地域のことをより知り、地域に愛着を感じている留学生が、何百人、何千人と増え、卒業後もその組織化が可能になれば、地域にとっては大変大きな力となろう。そのためにも、しっかりとした留学生の受入体制や、地域に愛着を持っていただけるような、きめ細かなサポートを大学と地域が一体となって進め、それを国や地方自治体が支援していくことが必要である。
急速な少子高齢化の進展に伴い、国家財政も今後ますます厳しくなることが予想される。しかしながら、これまで述べた人材育成に対する各種支援は、地方の創生、ひいては我が国の将来のためにも必要な支援ではないだろうか。
いしだ のりひさ
青森県出身
昭和28年10月11日生
昭和52年3月慶應義塾大学経済学部卒
昭和57年10月学校法人青森田中学園法人本部長、平成19年11月青森田中学園理事長、平成22年4月青森県私学協会理事、平成24年4月青森県日中友好協会会長、平成25年4月日本私立短期大学協会理事、青森県国際交流協会評議委員会委員長