特集・連載
地方私大からの政策提言
「知の教育からいのちの教育へ」
本学園は昭和5年に創立された。創立者は若いころより親鸞聖人の教えを聴きつつ教育に携わっていた仏教に信心深い女学校の教頭であった。当時の学校教育は明治時代に掲げられた「富国強兵」「殖産興業」のスローガンのもとに産業を盛んにし、富める国造りが目的であり、近代文明の進んだ西欧諸国に追いつき、追いこすために知識と技術の習得が教育の中心におかれていた。そのような教育界にあり、一方で仏法を聴いていると、学校教育はこれで良いのかとの思いが強くなってきた。学校教育では国に役立つ人材の養成も重要であるが、人格の向上をはかり立派な人間に育てることこそ大切であると考えた。宗教も教育もともに人格完成、人間形成を目指す面では一致するが、教育は知識を教え、宗教は智慧を与える。教育は事実を教えるが、宗教は真実を示す。宗教が教育を抜きにして考えられない以上に、教育は宗教を抜きにしては考えられないし、成り立たない。宗教のない教育は人間をいびつにしてしまう。宗教と教育は不可分一体であるとの考えから、「大乗仏教に基づく豊かな人間性の養成」を建学の精神として作陽学園は創立されたのである。
わが国は、昭和時代の太平洋戦争では日本は焦土と化した上に、原爆を投下され、世界から二度と立ち上がれないだろうと思われた。しかし驚異の復興をなしとげ、世界第二位の経済大国となった。そのことは、それまでのわが国の教育の成果であると言っても過言ではあるまい。しかし、その後のバブル崩壊後は景気が低迷し、人も社会も夢と希望を失くし、明るさと元気をとりもどせずにいる。
今日の学校教育も知が中心であり、経済的豊かな社会の構築に貢献できる人材養成が中心であるが、そこには何か大切なものが欠けているのではないかと思われる。
今年の夏の日本列島は焦熱地獄のようであった。数十年前より科学者たちが警告していた地球環境破壊による温暖化ではないかとの思いが強く頭をよぎった。地球環境破壊の進行は世界中の知を駆使した経済的富の追求の結果であることは間違いないであろう。一昨年の東日本大震災で起きた福島の原発事故は科学技術文明が人類にとり必ずしも幸せをもたらすとは限らないことをはっきりと示したものと言えよう。事故が起きた原発の周辺の人々の直面した悲惨ははかり知れないものがある。さらに現在もその悲惨は解決されず、未だ放射能は海に流出し続け、周辺の漁業従事者のみならず世界中に不安を広げている。そのような状況にもかかわらず、国は原発を再稼働する方向に動いており、更には原発を諸外国に輸出しようとしているのは何故であろうか。それは経済的富を生むからであり、その行為は法に触れないからであろう。知中心の社会では規範となるものは法以外にないからであろう。再稼働する原発も輸出する原発も事故が起きない保証はない。一度あることは二度あることを、チェルノブイリ事故から続いて起きた福島原発が証明した。
火災の火は完全に消すことができるが、発生した放射能を消すことは現代の科学技術では出来ないのである。原発を稼働すれば原爆何百発分もの放射能が生じることがわかっており、その放射能を完全に制御する術をもたないのに法に触れないからとして再稼働し、あるいは輸出することは人道上問題ではないか。再稼働や輸出の決断の前にやらねばならぬことがあると思う。それはわれわれ国民が「足るを知る」精神で節電につとめ、電力を浪費しないことであり、原発に代わるクリーンエネルギーを研究開発することであろう。短兵急に問題解決をなさず、人のいのちと、真の人類発展のことを考えるべきである。
今年7月に広島県内の専修学校の女生徒が友人を仲間と一緒に殺害した事件が明るみに出た。このような事件が起きるたび人間の業の深さを思い知らされる。16年前の神戸連続児童殺傷事件が起きたとき、哲学者で宗教家の山折哲雄氏は、原因を科学的に分析し究明し解決できるとすることに対し、それは人間の傲慢ではないかとしている。人間の心は深い闇をかかえており、その闇の解決に人類発生以来宗教が、数千年来哲学が取りくんできているが、未だに心の闇は解明できないでいるのである。
われわれは科学的なやり方で全ての問題が解決できると錯覚しているところがある。科学の力の及ばないものがあることを知らなければならないと思う。
地球環境破壊や原発事故、それに女子生徒殺害事件について触れたが、このような問題が起こり、解決できない背後には現代の教育に不足するものがあるからだと思う。それは知の教育の目的が、真善美の追求からはずれているからであろう。知の創る闇を照らすのはいのちの教育である。小さい頃より小ざかしい知識よりも、解剖学者の三木成夫氏がしたように、胎児の標本で人間は一人の例外もなく母胎の中で十月十日の間に38億年の進化をたどり生まれることを示し、一人一人の生命は伸びよう伸びようとし、かつ輝こう輝こうとしており、人は一人で生きているのではなく、多くの人、大いなるものに生かされていることを教えねばならないと思う。そのような教育は現代社会をよろこびに満ちたいきいきとしたものに変えるであろう。
広島のある高校のできごとを教育者の東井義雄氏が紹介している。その学校でクラス対抗の水泳大会が開かれた時のことである。あるクラスで選手を選ぶのに最後の一人が決まらずにいたが、番長のA子にしようとの一言に取りまき連中が賛成して決まった。大会当日、A子の番になった。A子は必死で泳いだが1メートルを泳ぐのに2分もかかったという。A子は小児マヒの生徒でとても泳げる身体ではなかったのである。まわりから冷笑と罵声をあびせられた。そんなとき、背広のまま飛びこんだ人があった。そして「つらいだろうが、がんばっておくれ。つらいだろうが、がんばっておくれ」と泣きながら一緒に進みはじめた。それは校長先生であった。冷笑と罵声はぴたりとやんで、涙声の声援に変った。A子が長い時間をかけて25メートルを泳ぎぬき、プールサイドに上ったとき、先生も生徒も、いじめグループも、一人残らず立ち上って涙の拍手を送りA子を称えた。その学校のいじめはそのときからピタリと姿を消したという。
現在の知を主とした教育を否定するものではない。創立者が言ったように、知の教育に宗教心を培ういのちの教育を合わせて行うことこそ、真の人格完成の教育と言えるのである。
《まつだ・ひでき》
1959年福岡学芸大卒63年九大大学院修士修了、同年東大物性研究所、72年作陽音楽大教授、87年作陽音楽大・同短大学長、現在は作陽学園理事長・学園長。くらしき作陽大学長等。