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特集・連載

大学改革

-1-大学経営から見た通信教育課程
学び続ける社会人を支える多様化する大学通信教育

  社会人の学び直し、シニア層の受入れが叫ばれているが、遅々として進んでいない。日本の雇用環境等を考えると、通信教育による社会人の取り込みは、私立大学経営にとって非常に有意義ともいえる。このたびは、通信教育課程を有する大学全般の歴史や今後、あるいは、個別大学での現状と課題について、公益財団法人私立大学通信教育協会の協力を得て、数回の連載を行う。第1回は、同協会の高橋陽一理事長。

 大学進学が人生のありふれた選択肢になった現在、大学卒業後も学び続け、新たな分野や資格にチャレンジする社会人への機会を提供することが大学教育の大きな課題になっている。昨年6月に政府が策定した第2期教育振興基本計画では、「社会を生き抜く力」の養成は生涯にわたる課題とされ、そのための「誰もがアクセスできる多様な学習機会」が求められている。大学通信教育は、知識基盤社会に働きながら学び続ける社会人のニーズに応えて、大学、大学院、短期大学の教育の機会を開くものとして、役割を期待されている。
教育の機会均等
 限られた若者しかアクセスできなかった明治以来の大学制度は、戦後の教育改革のなかで機会均等のため整備されていった。1947(昭和22)年には教育基本法が公布され、同年の学校教育法によって大学通信教育がはじめて制度として位置づけられた。戦前から社会人への大学公開に積極的であった私立大学が、これに呼応して教育体制を整備し、1949(昭和24)年には、法政大学、慶應義塾大学、中央大学、日本女子大学、日本大学という5大学が財団法人大学通信教育協会を結成した。1950(昭和25)年には玉川大学も含めた六つの大学が大学通信教育の認可を得て、公式にスタートした。
 発足当初の大学通信教育の課題は、日本国憲法が掲げた教育の機会均等を実現するために、戦前戦中の苦難の中で大学教育を受けるチャンスがなかった人たちに権利を保障するものであった。この機会保障が国立大学ではなく、私立大学という民間の自助努力で実現したところが特徴である。
 当初の大学通信教育は、大学の通学課程と同じ単位数で、同じ学位を受けるというスタイルで整備された。また、アメリカの通信教育制度にならって、郵便を使用する通信授業とともに、通学課程と同じキャンパスで授業を受ける面接授業、スクーリングが重視された。一方で教育の機会均等の立場からも通学課程よりも低い授業料が前提とされていた。このため、戦前からの旧制専門学校、旧制大学の歴史と実力と社会的評価のある大学のみが実施できるものであり、そうした社会的要請を私学が率先して担ったことになる。
大学通信教育の多様化
 大学教育が量的に拡大して1970年前後の学園紛争を経るなか、政府のなかでも生涯学習に対応する新しい大学が模索され、放送大学の構想がまとめられていく。一方で私学の大学通信教育は政府からの十分な支援もない自助努力に任され続けたため、国の姿勢を問う声がだされていた。こうした世論を背景に、1983(昭和58)年の放送大学設置以前の、1981(昭和56)年の放送大学学園法では、国会の審議で放送大学に「私立大学通信教育との連携協力」などが付帯決議で求められたことも大きい。またこれを機会に従来の通信授業と面接授業に加えて、放送授業という方式が盛り込まれた大学通信教育設置基準が整備された。
 図表1のとおり、1994(平成6)年からは、ほぼ毎年新しい通信制大学が設立されて現在に至っている。1998(平成10)年の法令改正で大学院についても通信教育が可能となり、翌年からは大学院修士課程、さらに博士課程分野でも広がっている。
 2013(平成25)年の学校基本調査によると、大学通信教育の学生数は学部21万4305人、大学院8715人、短期大学2万3504人である。前年度と比べると学部は1290人の減少、大学院は210人の増加、短期大学は3150人の増加である。大学学部学生数が256万人であるから、その1割に匹敵する人数が、通信教育課程学生数である。全体の7割が私立大学で、3割が放送大学で学んでいる。
 現在の大学通信教育は、短期大学士から博士までの大学教育の全段階を網羅している。また、当初の文化系中心であった時代から、社会福祉、芸術、情報など幅広い専門分野も網羅するようになった。こうして大学通信教育が多様化したことで、幅広い社会人のニーズを吸収できるようになった。
編入学による学び直し
 大学通信教育の役割は、戦後の高等教育が普及したことで、大きく変化した。現在は、学部段階では約7割が編入学者であり、1年次入学者は約3割と少数である。わかりやすく言うと、大学通信教育が、大学に行かなかった社会人のためではなく、大学などをすでに卒業した社会人が学び続けるための教育へと変容したのである。
 図表2には、本協会加盟校の「入学者調査」による最終学歴を示した。大学学部では、通常の大学入学資格である高校卒業は24%に過ぎず、4割を超える大学卒業や、1割を超える短期大学や専門学校の卒業など、編入学資格を有する者が大学通信教育課程に進んでいることがわかる。短期大学では高校卒業が大半であるが、数%ほどは他大学等の卒業者が含まれている。
 つまり、戦後の大学通信教育の役割が教育の機会均等であるとすると、21世紀ではさらなる専門知識や資格を獲得するための大学の編入学、学び直しを求める段階に進んでいることがわかるのである。
 このことは、図表3に示すとおり、大学通信教育に入学する動機が、職業資格の取得であるという結果にも表れている。戦後改革期の最大の要望であった「大卒資格」は4分の1に低下しており、職業資格や知識技術の取得が多くを占めている。高校卒業者が大半を占める短期大学でも、保育士や幼稚園教諭などの職業資格の取得ニーズが高いことがわかる。
第4のメディア授業
 情報通信技術の展開に対応して、新しい通信教育の形態として、メディア授業が登場した。通信授業、面接授業、放送授業に続く第4の形態として加わったのは、1998(平成10)年の大学通信教育設置基準の改正からである。さらに2001(平成13)年からは卒業所要単位すべてにわたって、メディア授業に置き換えることが可能となった。メディア授業の方式も、同時双方向といわれる教室をつなぐテレビ会議方式から、非同時双方向といわれるインターネットを活用した、いつでもアクセスできる方式へと拡大した。
 インターネット活用のメディア授業は、知識基盤社会の大学通信教育の理想像のように語られている。しかし、大学経営からも学生の視点からも指摘される問題もある。メディア授業の教材開発やシステム管理に膨大な労力と経費がかかり、経費負担は授業料負担へと跳ね返る。また、学生のアンケートで満足度が高いのは今も面接授業であり、動画配信のメディア授業の学習効率が高いとは言い切れない。また、メディア授業だけでは本人確認には限界があり、成績評価や試験などの信頼性も課題となっている。
 こうした教育上の限界が言われるなかでも、従来の方式に加えてメディア授業の積極的な導入に乗り出す大学は増加しており、四つの方式を組み合わせる効果が改めて注目されている。通信授業も印刷教材としての教科書を電子書籍化する動向も進んでいる。面接授業も夏休みの数週間を使った面接授業から、土日を中心とした週末スクーリングへ移行することで平日勤務の社会人が受講しやすいように工夫する大学が増えている。
教育の質保証
 18歳人口の減少から「大学全入」が言われて久しいが、今でも大学進学率は約5割であり、大学入学試験が人生の大きな関門となっている。これに対して、大学通信教育は現在でも入学審査以外は学力試験を課さないものが多数派である。また、授業料も通学課程に比較して低廉とする経営努力が続いている。
 大学通信教育が知識基盤社会にふさわしい役割を果たすためには、新しい情報通信技術を積極的に導入し、働きながら学び続ける機会を提供することである。そして、学士、修士、博士、短期大学士などの学位を授与する高等教育にふさわしい社会的信頼を高めるためにも、教育の質を保証するシステムが課題となる。
 現在は大学通信教育を行う64の大学、大学院、短期大学が本協会に加盟して、「大学通信教育ガイドライン」をはじめとした教育水準の向上を目指す活動を進めている。また、大学通信教育の役割が広く理解されているとは言えないなか、本協会では全国各地の入学相談会をはじめとした周知普及活動を展開している。
 学校教育のプロセスを単純に6・3・3・4の16年間で区切るのではなく、社会人が生涯にわたって学び続けるための大学教育を展開するためにも、大学通信教育のニーズはこれからも広がっていく。

私立大学通信教育協会
 大学通信教育の周知普及とともに、大学通信教育の充実のために質の維持と向上に務めるための公益事業を行うための公益財団法人。大学通信教育を行う大学・大学院・短期大学によって構成されており、2012(平成24)年7月現在、37大学、18大学院、9短期大学の合計64校が維持会員となっている。