特集・連載
大学改革
大学マネジメントガバナンス特集
"強い"経営を目指して中期計画の実質化番外
教学マネジメントの推進"学生中心"へ教職の本格協働を
問われる理事会のガバナンス機能
大学を取り巻く環境が激しく変化するのに伴って、理事会の役割と責任が高まっている。特に、大学運営に「健全性、透明性、誠実性」を確立するためコンプライアンス(法令遵守)やアカウンタビリティ(説明責任)といった大学のガバナンス機能の強化を求める声が強い。つまり、大学の運営が特殊な体質・文化に基づくものでなく、組織倫理や社会規範を遵守するという社会性が問われているわけである。
《大学のガバナンス》
ガバナンスは、一般的に「統治」と訳されている。この言葉は「舵を取る」という意味のラテン語が語源で、これが変じて「将来に向けて方向性を定めること」と理解されてきた。しかし、近年では企業の世界で不祥事が相次いだことから、コーポレート・ガバナンスでは、経営陣に対して「企業倫理や社会規範を遵守し、組織の健全性、透明性、誠実性を高めること」と定義している。
一方、大学のガバナンスも補助金の虚偽申請、補助対象工事の水増し請求などの不祥事を受け、二〇〇五年私立学校法が改正され、理事、監事の役割と責任が明確化された。コンプライアンスやアカウンタビリティといった大学のガバナンス機能の強化を目指すものである。ところが、大学は法律の改正や答申を受けたとしても、その本質を理解した上で、自ら変わろうとする意欲に欠ける。私立学校法の改正も、多くの大学で理事会の機能強化が図られたとは言い難い面がある。
ところが、大学のガバナンス体制を根底から揺るがすような事態が起きた。リーマン・ブラザースの破綻に端を発した米国発の金融危機である。為替スワップや仕組み債といった、いわゆるデリバティブ(金融派生商品)によって資産運用をしていた大学が、大きな損失を出している。報道されているだけでも駒澤大が一五四億円、立正大が一四八億円、慶應大が二五〇億円などの損失や評価損を出しており、駒澤大では理事長が責任を取って辞任している。
事態を重く見た文科省は、年明けの一月六日、学校法人運営調査委員会がまとめた「学校法人の資産運用について」(意見)と題する文書を全国の文科省所管学校法人理事長宛に出した。この中で、調査委員会は「学校法人の運営は、学生生徒の納付金、善意の浄財である寄付金、国民の税金からなる補助金によって支えられている」とした上で、「学校法人の理事長を含む理事は学校法人に対して善良な管理者の注意義務を負っていることを再認識する必要がある。経営の最終的な意思決定及び理事の職務執行の監督を掌る機関は理事会であることを前提として、資産運用に関する責任ある意思決定と執行管理が行われる体制を確立すること」を求めている。
筆者の手元に、某証券会社が調査した大学法人の資産運用実績(十九年度)のリストがある。それによると資産運用収入を運用可能資産で割った「資産運用利回り」が一〇%を超える法人が二校、四~一〇%の法人が三五校、二~四%の法人が六二校となっており、利回り二%を超える法人は九九校で、リストにあがっている二七八法人の三五%に上っている。日常的な支払いもあるので運用可能資産のすべてを運用に回していることはありえない。仮に半分を運用していたとすると、運用利回りはこの倍になる。つまり運用利回り二%の法人は、実際には四%を超える利回りを出していたと推定される。低金利のこの時代に、四%を超える利回りを出していたとすれば、リスクの高い運用を行っていた可能性がある。
《ガバナンス機能の日米比較》
今回の金融危機による損失という点では、米国の大学の方がはるかに被害は大きい。クロニクル紙によれば損失額は、ハーバード大が八〇億ドル(基金額三四六億ドル)、イェール大が六〇億ドル(同二二五億ドル)、デューク大が一二億ドル(同六〇億ドル)など多くの大学が、金融危機の発生からたった四か月間で基金総額の一五~三〇%を減少させている。
ハーバード大をはじめ、基金の豊富な大手の大学は経常経費の約三分の一を運用益が占めている。当然、基金額の減少は大学運営に深刻な打撃を与える。各大学は、基金運用の見直しに取りかかるとともに、予算の削減や教職員採用の凍結(ジョージア工科大、スタンフォード大)、新規建設工事の延期(コーネル大、ダートマス大、MIT)、学長を含めた管理職の給与凍結(ミネソタ大)、テニュアでない教員二〇〇人の契約打ち切り(アリゾナ州立大)、夜間・休日のエアコン停止(ハワイ大)などの対策を打ち出している。
このように金融危機の影響は、日米ともに大学の資産運用の失敗という点では同じであるが、異なる点がいくつかある。
(1)ガバナンス機能
米国の大学は損失を出した時点で、いち早く学生、卒業生、教職員に学長名で文書を送り、具体的なデータを添えて経緯を説明し、窮状を訴えるとともに理解を求めている。また、社会に向けてもウェブサイト上で情報を公開するとともに、メディアを通じて今後の運用方針や対策などを発表している。
これに対し、わが国では一部の大学がウェブサイト上に損失の事実を載せているが、その内容は「損失は出たが、大学の運営に影響はない」というだけのもので、具体的な運用額や運用方法、損失額のほか損失の責任、今後の方針等には触れていない。さらに、損失が明らかになりながら、なんの行動も起こしていない大学もある。これでは、とても経営を担う理事会が社会に対して“説明責任”を果たしているとは言い難い。
「健全性、透明性、誠実性」というガバナンス機能が米国の大学では示され、日本では示されていないわけで、わが国の大学理事会の未成熟さを浮き彫りにしているといえよう。
(2)運用組織と原資
米国の大学の基金運用は、私立・州立を問わず基本的に大学とは別組織の「基金団体」が行っている。この団体が卒業生や篤志家、民間企業から寄付を募る。基金団体は、運用のプロを採用し、投資顧問会社を通じて株や国債、為替、デリバティブなど多様な手法でリスク分散型の投資を行い、その運用益を大学に提供している。つまり、運用の原資は寄付金であり、大学の運営資金が使われることはない。
一方、わが国の大学は大学自身が、大学の資金を使って運用している。しかも、大学に投資の専門家はいないから、証券会社が持ち込んだ案件を判断する能力も、リスクを回避する手段も持ち合わせていない。さらに米国との最も大きな違いは、大学には経常費補助金として多額の税金が投入されているという点だ。「税金を使って運用をし、損失が出たら税金で補填している」と取られかねない。また「目的を持って積み立てられた基本金を原資として運用することは、目的外使用といえないか」という意見もある。
国立大学法人の場合、余裕金の運用は国債や格付けが一定以上の社債、預金、金銭信託などに制約されている。一方、私立大学には法的な制約がない。もともと学校法人会計基準は、リスクを伴う資産運用を想定していない。損失が発生した場合は、貸借対照表の欄外に注記することになっているが、具体的な内容までは踏み込んでいない。
一月二十七日に開催された、私大協会の「私立大学財政基盤の充実に関する研究協議会」で文科省の豊岡宏規・参事官は、資産運用について「法人の経営判断と自己責任で行うもの」とした上で、「大学が学内規程等によって正式な手続きを踏んでいるか」「責任の所在が明らかになっているか」等の観点から「法人に損害を与えたという点で、法律上、理事会が損害賠償の対象になる場合がある」と注意を促している。
このように考えると、資産運用を行っていた全ての大学は、その内容について正しい情報を公開する必要がある。そうでなければ、納税者を納得させることはできないし、「運用する資金的な余裕があるのなら…」といって補助金削減の口実に使われることも心配される。まさに、大学理事会のガバナンス機能に基づいた見識が問われている。
《ガバナンス機能強化に向けて》
わが国の大学は、資産運用に限らず多くのリスクにさらされている。定員割れによる経営危機、論文の盗用、科研費の不正使用、教職員のセクハラやアカハラ、学生の大麻所持、入試の出題ミスなど数え上げればきりがない。ところが、それらのリスクに対する理事会の認識はそれほど高くない。その場限りの対応はするものの、リスクを回避するための組織的な取り組みを行っている大学は少ない。事件・事故が起きた場合に情報を小出しにし、実態を明らかにしないという姿勢が伺える。大学が社会の中で存在するという意義に基づいて行動し、評価されるためには理事会のガバナンス機能を強化する必要がある。
米国では、エンロン事件やワールドコム事件などの企業不祥事を受けて、二〇〇二年にSarbanes-Oxley法(企業改革法)が施行された。この法律は、企業に対して組織の透明性や誠実性を高めるとともに、経営者の責任と義務を明確にすることによってコーポレート・ガバナンスの確立を目指したものである。いわば、企業の不祥事根絶法とでもいえるものだが、大学のような非営利組織は対象になっていない。
しかし、米国大学理事者協会のスーザン・ジョンストン副会長は「米国赤十字社の個人情報漏洩事件など、近年公共性を有する非営利組織で倫理性が問われる事件が起きている。このため、非営利組織にもSO法を適用すべきではないかという意見が高まっている。だからこそ、大学理事会には、社会の支持を得るための“誠実性”が求められており、その基本はアカンタビリティである。したがって、アカウンタビリティを理解し、実践できる人材が大学の理事に就任すべきである。理事会に出席して手を挙げるだけの理事を求めていない」と語っている。
資産運用の失敗で明るみになったわが国の大学理事会の未熟さを打破するための方策として
①米国の大学が取り組んでいる理事研修を参考にして、理事の能力を開発するための研修システムを確立・制度化すること。
②理事会の運営を補佐する有能なスタッフを養成すること。
③外部の有識者による「アドバイザリー・ボード」を設け、理事会への助言とチェック体制。
―を検討し、理事会のガバナンス機能を強化することが求められている。