特集・連載
大学改革
<中>進化続ける米国の大学評価南部地区基準協会の挑戦
大学の第三者評価が法制度化されて四年目を迎えた。しかしながら、評価員の養成など課題も山積している。一方で、アクレディテーション制度に一〇〇年以上の歴史を持つ米国では、常にシステムの改善に取り組んでいる。このたびは、最近、全く新しい取り組みを始めた南部地区基準協会の試みについて、同協会に調査を行った桜美林大学大学院の船戸高樹教授に寄稿してもらった。新年号(第二二五七号)に引き続き連載で掲載する。
はじめに
前号では、南部地区基準協会(以下、南部協会)が取り組んでいる、新しいアクレディテーション・システムについて紹介した。最も大きく変わったのは、基準に従って一〇〇ページのレポートにまとめてきた従来のセルフ・スタディ(自己点検)方式が姿を消したことだ。これに替わって取り入れられたのが、CCと呼ばれるコンプライアンス・サーティフィケーション(適格証明)方式。これは、基準に対する適否を大学自身の判断に委ね、文章化するのでなく、根拠となる資料・データを添付するようにした。合わせて、QEPと呼ばれるクオリティー・エンハンスメント・プラン(質の強化計画)の提出を求め、両者を基にしてサイト・ビジット(訪問評価)が行われるようになったことである。
それでは、この新しい方式が大学にどのような影響を与え、またどのような取り組みをしたかについて、一〇年間の継続認定を取得したジョージア工科大学のケースを紹介する。
指摘事項なし
「ジョージア・テック」の愛称で知られるジョージア工科大学(GIT)は、一八八五年創立の州立大学。アトランタ市内のキャンパスは、四五〇エーカー(約五四万坪)の広さがあり、都心型とは思えないほどの濃い緑に覆われている。工学のほか建築学、情報科学、物質科学、ビジネス等のメジャーで構成されており、学生数はフルタイムが約一万一〇〇〇名、パートタイムが約一〇〇〇名。年間の学費は、州内出身者が約五〇〇〇ドル、州外出身者は約二万ドルで大きな差がついている。特筆すべきは、ジョージア・テックの持っている独自の基金。二〇〇六年度の基金額は約九億三〇〇〇万ドル(約一〇〇〇億円)で、一年間に一五%の運用益を出している。
USニュース社の全米大学ランキング(二〇〇七年版)によると、総合ランキングで三八位、州立大学では八位にランクされている。また、専門分野別のランキングでは、機械工学分野が一位、航空宇宙学が二位、土木工学が三位、生命科学が四位と、いずれも全米トップクラスの高い評価を受けている。
GITは、昨年南部協会の新方式によるアクレディテーションを受け、一〇年間の継続認定を受けた。その判定結果は――。「ノー・ファインディング(指摘事項なし)だった」と、リエゾン・オフィサーを務めた副プロボーストのジャック・ローマン博士は胸を張った。確かに、南部協会が行うアクレディテーションで、指摘事項なし(無条件)の認定は全体の一〇%程度。この結果は、GITの質の高さを裏付けているものといえよう。それでは、どのような取り組みで「ノー・ファインディング」を実現したのか…。
トレーニング
GITに、南部協会のアクレディテーションを受けるための組織が設けられたのは、訪問評価の四年前。学長からリエゾン・オフィサーの指名を受けたローマン博士が最初に取り組んだのは、カウンシル(委員会)の設置である。南部協会のマニュアルでは、アクレディテーションに係わるリーダー・シップ・チームは四~五名で構成するようになっているが、GITは教員やスタッフの中から専門性の高い人材二五名で構成した。
そして、最初の一年間は、カウンシル・メンバーに対するトレーニングを行う。メンバーは、南部協会が実施するフォーマル・トレーニング(二日間)に参加するほか、学内でも評価員の経験者を講師にして継続的な取り組みを行う。このトレーニングを通じて、全員がアクレディテーションの意義と目的、並びに協会が示す基準を十分理解すると同時に、書類の作成方法や訪問評価の受け入れ準備等を共通理解することが主眼となる。
「アクレディテーションに係わる作業が円滑に進められるかどうかは、実はこのトレーニングにかかっている。これがうまくいけば、半分以上は成功したといえる。したがって、メンバーに対しては、完全に理解することを求めている」とローマン博士は語る。例えば、基準の解釈ひとつをとっても、互いの理解が異なることは多い。共通の理解を抜きにして作業を進めると、自分の意見ばかり主張する人間や評論家的な発言に終始する人間が現れて、“専門家集団”が“烏合の衆”となってしまう恐れがある。このような事態に陥らないためには、継続的に、互いに意見を交し合って共通の理解に導いていくことが重要となる。これをローマン博士は「コンスタント・コミュニケーション」と表現している。
タイム・テーブル
訪問評価の三年前になると、CCチームとQEPチームが発足し、具体的な作業に取り掛かる。この場合、最も重要なことは、三年間(一〇〇〇日間)の綿密なタイム・テーブルを作成することである。ローマン博士は、リエゾン・オフィサーとしての経験から次のようなアドバイスをしている。
①メンバーもスタッフも、それぞれ教育や研究、また日常業務を抱えており、この仕事に専念できるわけではない。個別の事情も勘案しながら、無理のないスケジュールを作ること。時間に追われて作業すると、必ずミスをする。
②決められたスケジュールが予定通り行われているかについて、リエゾン・オフィサーは常に、チェックすること。一つの工程が遅れると、全体に影響を与えることを認識しておかなければならない。
③最初から正直な内容で作成すること。ウソや隠し事をすることは避けなければならない。ダメなものはダメ、と認識して改善につなげる具体的な方法を探ることが大切である。
④一人の人間ができる仕事量は、限られている。お互いに協力し、また意見を出し合い、チームとして協調しながら目標を目指す雰囲気を構築すること。
⑤新たなCC方式は、文章化をしない代わりに、根拠となるデータや資料を添付しなければならない。学内のあらゆるデータ、議事録等の資料を一括して管理し、その中から根拠資料として最もふさわしいものを選び出し、添付するためには、IR(インスティテューショナル・リサーチ=調査・統計担当部署)の役割が大きい。また、QEPを作成する上でも、計画策定の前提となる科学的な分析が欠かせないことからIRの充実が重要である。
⑥アカデミックな専門家に良く見られることであるが、論文を書くことには慣れていても、書類作成を苦手とする人は少なくない。このため、チームの中には、必ず書類作成の知識が豊富な人材を加えること。CCであれ、QEPであれ、いずれも相手に理解してもらわなければならない。曖昧な表現や、不適切な語句の使用が誤解を生むことになるからである。
アクレディテーションの効果
周到な準備のもとに行われたGITのアクレディテーションは、「ノー・ファインディング」という最高の結果をもたらした。その効果についてローマン博士は、「アクレディテーションの作業は、時間も労力も必要とするが、それによって指摘事項なしの評価を受けたことは、大学構成員に大きな自信と誇りを持たせることになる。また、その結果が公表されることで、社会の信頼を得ることにもつながる。この二つが最も大きな効果といえる」とした上で、「大学が品質を保ち、さらに将来に向かって前進していることを、外部から客観的な目で評価してもらうことは、大きな意義がある。GITは、南部協会のほか七つの専門分野別評価を受けているから、毎年のように何らかのアクレディテーションを受けていることになるが、常に緊張感を保って、チャレンジしていくことがGITの姿勢である」と強調した。
もっとも、「指摘事項なし」の判定を受けたとしても、次回までの一〇年間何もしなくていいわけではない。五年後にはCCの「中間レポート」を、またQEPは「実績報告書」を提出することが義務付けられている。それらを踏まえて、ローマン博士は「幸いなことに今回は、良い結果が得られた。しかし、次もそうであるとは限らない。我々は、次回の二〇一五年度にも、無条件認定が受けられるように、すでに行動を起こしている。時代が変われば、GITにも新しい役割が求められる。常に社会の変化に目を向け、現状にとどまるのでなく、毎日進歩することを目標に掲げている」と力強く語った。(つづく)