特集・連載
高校進路指導室の扉―新しい高大連携・接続に向けて―
多様化への対応~総合学科高校での取組み~(上)
全国高等学校進路指導協議会 事務局長
元 東京都立晴海総合高等学校 主幹教諭 千葉吉裕
四半世紀前、中学校に進路指導の適正化を図るよう、文部省(当時)は教育委員会に通知した。これが「脱偏差値」「在り方生き方の進路指導」「主体的な選択決定」「入れる学校選びから入りたい学校選びに」がキーワードとする教育改革だ。文部省は肝いりのこの教育改革にあたり、全国から中学校の教員1500人を虎ノ門ホールに集め、都道府県教育委員会からの伝達ではなく直接、教員にその趣旨を説明するという異例の対応をおこなった。四半世紀も経つと、忘れてしまった人や、知らない人もいることだろう。
この教育改革によって、高等学校の多様化が始まることになる。中学生が選ぼうとする高等学校が、特色もなく同じような学校ばかりだったら、脱偏差値は建前でしかなく、序列の中で学校を選ぶことになってしまう。高校ごとに独自の特色ある教育課程を編成できるよう、教育課程は弾力化され、卒業までに履修しなければならない基準も少なくなり、学校ごとに違いが生じるようになった。また、必履修科目は学校ごとに選択できるように、すべての教科ごとに複数の科目のうちから選ぶようになった。「総合的な学習の時間」が設けられ、横断的な学習や探究学習、在り方生き方教育を展開するようになった。多くの選択科目を設置された総合学科が創設されたのも、この時だ。
日本では、大正時代の自由教育から、「個性尊重」が繰り返し言い続けられてきた。しかし、画一化された教育課程の下で、個性を伸ばそうとしても絵に描いた餅でしかない。そこにくさびを打ち込んだのがこの教育改革だ。これが、四半世紀前の平成5年のことだった。
高等学校の特色化が進められた時、大学側はどう対応したか、覚えているだろうか。その名残りは、大学入試センター試験の科目にある。科目名の付かない試験科目の登場だ。不思議に感じる人もいるかもしれないが、「英語」「国語」という科目は高校の科目には存在しない。「オーラル・コミュニケーションⅠ」「英語Ⅰ」また「コミュニケーション英語Ⅰ」という科目はあっても、「英語」はないのである。「出題方法等の記載」で、高校に設置されている具体的な科目名が示されており、高等学校の教育課程に則って作問されていることが記されている。各高等学校が学校や生徒の実態を踏まえて独自の教育課程を編成しようとしても、センター試験の「出題方法の記載」にない科目を設定することは高校の生徒募集上、非常に難しい選択となる。高等学校の教育を改革しようと、学習指導要領が大幅に改訂されても、結局、入試が変わらなければ高校教育は変えられないと言われるようになった。このことは多様化からの大きな後退となった。
文部省は高校改革と合わせ入試改革も進めた。慶應義塾大学SFCで行っていたAO入試を推奨し、多くの大学が導入するようになった。きっかけは、「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」という中央教育審議会答申だ。義務教育、高等学校、そして、高等教育、社会という連続の中での人材育成について記された生涯学習社会を念頭においた答申で、その中に「キャリア教育」の文言も示され、公的な文書に初登場する。
大学入試の多様化はかなり進んでいる。読売新聞社がおこなっている大学への調査「大学の実力」で、入試別入学者の人数の公表を大学にお願いした。調査当初、一部の大学からは不満があったと聞いている。このデータの公表によって、入試の多様化の現状があらわになった。一般入試で入学している学生が50%を超えている私立大学は、4分の1程度で、一般入試で入学している学生の割合が高い大学は、医学部の単科大学、芸術系大学、医学部を持つ総合大学、理工系の大学だった。文系大学の一般入試での入学者が少ない傾向にあることがわかる。大学に入学するのは、一般入試を経て入学するのが当たり前と思っている人も多いが、それは客観的なデータに基づかない印象的なものである。
生徒の多様化も進んでいる。グローバル経済が進展したことにより、日本の教育をこれまで十分に受けてこなかった生徒が、少しずつではあるが増えてきていることを高校現場にいると実感することができる。研究開発や技術移転で海外に長期間赴任する家庭もあり、赴任先から戻ってきたその子息や、グローバル企業に勤める外国人の子息が、日本の高等学校に入学してきている。その子供たちは学齢期途中から日本の教育を受けることになる。入試問題をみれば、以前のような奇問難問も少なく、学習指導要領や教科書を逸脱しないように配慮しながら問題が作成されている。しかも、教科書に記載されている知識の正誤を判断する問題も少なくない。そのため、日本の教育を受けていない生徒は不利になってしまう。
昨今、国内でも、国際バカロレアの認定校も増えており、学習指導要領に沿わない教育を受けている生徒はまだまだ少数ではあるかもしれないが、無視もできない。一般入試は、入学者選抜として、不完全である以上、それ以外の入試が増えるのは当然の成り行きだと思う。高校の多様化が始まって20年以上経ったことを考えれば、遅きに失する感は否めない。
現実社会に目を向ければ、企業経営をはじめ、ダイバーシティは当たり前になっている今日、同じ考え方や見方しかできないメンバーばかりだと、新しい発想ができず、リスク回避やイノベーションの妨げになってしまうという不安は常識になりつつある。大学の学部学科を見ても、学部ごとの縦割り構造を見直した学際的な学問領域の大学が増加するようになっている。
このような時代の流れを踏まえ、高等学校でどのような教育を行えばよいのか。過去の教育の継承ではなく、未来志向の新しい教育に取り組む必要があろう。その改革が、私が16年間勤めてきた総合学科に与えられた使命である。経験したことのない教育への理解は、行政にも、高校教員にも、地域にも、中学生にも、未だに十分に進んでいないのが現状だ。また、普通科高校の改革が課題だと、教育振興基本計画や中央教育審議会答申で示されても、時代の変化に対応し変えていこうという動きを感じることができない。しかし、学習指導要領の改訂を含む今次の教育改革は、変えようとしない普通科高校の改革を進めようという国の意気込みが感じられる。そこで、この場を借りて、都立晴海総合高校で取り組んできた未来志向の教育活動について紹介させていただこうと思う。 (つづく)