特集・連載
高校進路指導室の扉―新しい高大連携・接続に向けて―
私的地方創生論
Uターン就職の勧め(上)
三重県立紀南高等学校進路指導主事 清水 栄一
私が現在勤務している「紀南高等学校」は、紀伊半島の南部に位置し、隣の和歌山県新宮市まで約20キロメートル、車だと15分ぐらいで到着する県境の学校である。新宮市は公共交通機関を利用した場合、東京からの所要時間が最もかかる都市であると言われている。その新宮市の隣に位置する本校の交通事情は大変悪い。また近くに短期大学・4年制大学といった高等教育機関が存在せず、高校卒業後に進学できるのは、和歌山県立なぎ看護学校だけである。だから、本校に限らず、この地域の高校に通う進学希望者にとって卒業後の一人暮らしは必然のものとなる。
また、本校は普通科3クラス(定員120名)だが、卒業生は毎年約100名前後で、就職する生徒が約60名、進学する生徒が約40名である。進学の内訳は、4年制大学約7名、短期大学約8名、専門学校約25名となっている。就職先を地域別に分けると、地元約30名、県内約5名、中京地区約15名、京阪神地区約10名となっており、毎年約半数が地元に就職している。
また、就職先は、トヨタ自動車、アイシン精機、ユニチカ等の大企業から地元の中小企業まで多岐にわたっている。受験先については、本人の学力・性格・欠席日数等を勘案しながら、原則として生徒本人が希望する企業を受けさせている。進学についても自分の学びたい分野・学科を調べさせた上で、複数の大学・短大のオープンキャンパスに参加させてから、決定させている。進学指導の際に地元を優先的に考えるようなことは全く行っていない。
それどころか、近くにこだわらずに全国に目を向けて考えるように指導している。過去5年間での進学先では、産業能率大学(東京・神奈川)、群馬パース大学(群馬)、北海道文教大学(北海道)にも進学している。
さて、最近「地方創生」という言葉をよく耳にする。そこでは地元進学率や地元就職率が重要視されている。
確かに、地元の高校から地元の大学に進学すれば、地域のコミュニティーから離れることなく家族と生活ができるため、金銭的な出費を抑えられるというメリットがある。また、地域の中小規模私立大学がそれぞれの地域にあって当該地域の若者に高等教育機会を提供しており、地域のリーダー人材の育成という重要機能を果たしている。
しかし、私には「地方創生」をキーワードに行政が強制的に地元進学を推進しているように思えてならないのである。進学のため上京する事が地方衰退の一因であるかのようだ。
それでは大都市圏の大学に進学した時のメリットは何だろうか。それは圧倒的な情報量である。インターネットを通じて多様な情報が得られるようになったとはいえ、政治や経済、芸術など様々な分野で本物に触れられるメリットは大きい。研究会やセミナー、ワークショップなどは大都市圏で開かれることが多く、その場にいなければ得られない情報や雰囲気は貴重だ。
さらに大規模総合大学なら、学生時代はもちろん、卒業後も全国に広がる人脈は魅力的である。
また、大都市圏の大学にも、地方で活躍できる人材育成のための優れたプログラムを持つ大学が数多くある。地元で就職を目指す受験生にとっても、そうした大学で学ぶことにより知識や見聞を広めることはプラスに働くはずである。地元で教員や公務員を目指すにしても、大半の大学が教職センターや公務員試験対策など手厚いサポートを用意している。
経済的な問題で地方の受験生が大都市圏の大学を諦めることのないよう、入試の前に奨学金を予約しておいて合格と同時に給付が決まる、事前予約型の奨学金を用意する大学も多くなっている。各大学が用意する奨学金は返済義務のない給付型なので、うまく活用すれば大都市圏の大学で学ぶことも可能になってくる。
私の考える「地方創生」とは、地方の高校生で、大都市圏の大学に進学し、卒業後は地元にUターン就職する者を一定数確保することである。もちろん、地元の高校から地元の大学に進学し、卒業後は地元に就職する者も大事である。
しかし、前述したように大都市圏の大学で学び、視野が広がり、全国的な人脈を持った人材を数多く地元に就職させることが、地域の活性化にもつながっていくと私は思う。そのために、行政ができることは就職先の確保と地方自治体独自のUターン奨学金である。例えば、病院が看護師に対して行っているような奨学金制度である。地方自治体は大都市圏の大学に進学する学生に月5万円の奨学金を給付する。給付された学生は卒業後、地元に就職して4年間以上継続して働くことが条件となる。
もし、他地域に就職した場合は全額返還、4年に満たない場合は、足りない年月の分だけ返還する義務を負う。このような奨学金制度を作れば、もっとUターン就職が増えるのではないかと思う。また地元企業への働きかけ、企業誘致も含めて大学卒業後の就職先の確保も行政のできる分野である。県知事や県の教育委員会が各高校にトップダウンで地元進学率の向上を伝えるのではなく、いかにして大学卒業者を地元に呼び込むかを考えることが大事であり、急務であると考える。
(つづく)