特集・連載
高校進路指導室の扉―新しい高大連携・接続に向けて―
高校における進路指導の在り方 生徒の主体性を育むために何が必要か〈下〉
国立教育政策研究所 教育課程調査官 飯塚秀彦
今回は、前回指摘した高等学校におけるキャリア教育・進路指導の問題点を踏まえ、これらの問題に対して筆者がどのように取り組んできたのかについて述べるとともに、今後の高等学校におけるキャリア教育・進路指導の方向性について述べてみたい。
○現実を前提にする
スクリーンに「私の将来の夢は、会社員になることです」という言葉が映し出されると、生徒から笑い声がもれたり、戸惑いの表情があらわれたりする。そこへすかさず、「世の中の多くの会社員は、夢のない人、夢破れた人なのかな」と問いかける。
「これは、ある大学の異なる学部の業種別就職者の割合を円グラフに表したものです。どの円グラフがどの学部なのかわかりますか?」
これは、筆者が企画・実施した中等教育学校第3学年(中学3年)の企業訪問の事前学習の1コマである。元々は、他の高校に勤務していた際に高校1年で実施していた仕事の内容に焦点をあて実施した企業訪問を改善したものである。訪問先の企業には、「企業で働く」ことが主要なテーマであることを伝え、異なる部署の異なるキャリアパスの方から、高校時代の夢から就職までの進路希望の変遷、これまでどのような部署でどのような仕事をしてきたのか、入社から現在までを振り返り働くということをどのように考えているか、などについて話をしてくださいとお願いをした。
また、進路多様校の実践としては、高校1年生で実施したインターンシップにおいて、若手従業員、ベテラン従業員、経営者それぞれにこれまでの経歴や働くということに対する考え方についてインタビューを行わせた。
これらの企画のねらいは、企業で働くということのイメージをつかませること、就職はゴールではないということ、学部・学科の内容と職業を厳密に一致させなくてよいということなどを、生徒はもちろんのこと教員に対しても理解してもらうことである。まずは、多様化する働き方の現実を前提とした進路指導・キャリア教育を構想することが必要であると考える。そのためには、単にインターネットで調べるだけではなく、実際に現場に足を運び、生の声を聞くということにより、実感を伴った理解へとつながると考えられる。
○大学観、主体性を育成する
現代社会において、教育資源や教育の機会は豊富に存在し、学ぶ意欲と行動力さえあればいくらでも学ぶことができる。しかしながら、前回も指摘したように、日本の学生には肝心の学ぶ意欲と行動力に課題がある。この課題を克服するためには何が必要か。
高等学校の進路指導の定番として、オープンキャンパスへの参加、大学教員による出前授業がある。この二つの問題点は、どちらも参加する生徒が「お客様」になってしまうことだと考える。オープンキャンパスでは過剰なまでの接待(大学関係者の皆様、ごめんなさい)を受け、出前授業では高等学校からの要望(日時や内容)を受け大学内で調整し、当日は生徒が待ち受ける教室へ大学教員が出向き、短時間で学問の魅力を少しでも伝えようと様々な工夫を凝らした授業が展開される。
この「お客様」状態を何とか改善しようとして企画したのが「大学突撃取材」である。これは、実際に大学および大学生を取材することを通して、偏差値や知名度といった表面的な部分のみで大学を選択するのではなく、大学の真の実力を見極めるためのポイントを理解するとともに、大学の実力を知るための具体的な行動につなげられるようにすることをねらいとして企画したものである。その際活用したのが、読売新聞教育ネットワーク事務局『大学の実力』である。『大学の実力』のよいところは、ランキング形式ではなく一覧で示されている数字を、生徒自身が読み解かなければならないところである。数字を読み解く中で、疑問に感じたことを実際に大学へ出向き、大学関係者に取材を行わせる。取材に際しては、生徒自らが大学に連絡をして、取材の趣旨などを伝え、取材当日もグループごとに事前に調べた経路で移動した。教師によるお膳立てを極力少なくし、生徒の活動を極力多くすることで「お客様」状態の脱却を試みた。「大学突撃取材」を始めた当初は日帰りの企画であったが、NPO法人NEWVERY主催Weekday Campus Visitも組み込み1泊2日の行事とした。さらに1日目の夕食後の時間帯に、同じくNPO法人NEWVERYが運営する教育寮チェルシーハウスの寮生から進路選択や将来展望などの話を聞く場なども組み込んだ。Weekday Campus Visitでは、実際の授業に参加することで、大学での学びの一端を感じ取らせるとともに、実際の学生の様子も観察することができた。また、チェルシーハウスの寮生の多くは、自分自身の進路について真摯に考え、世の中に対する問題意識を持ち、大学だけでなく様々な学びの場(チェルシーハウス自体も単なる生活の場だけでなく、学びの場となっている)に参加しており、生徒にとってのよきロールモデルにしてもらいたいと考え、企画に組み込んだ。
「大学突撃取材」は、高校1年生で実施したものであり、あくまでも練習という位置づけである。つまり、その後、個々の生徒が志望する大学に対して「大学突撃取材」を行うことを想定しており、そのための環境整備も行った。具体的には、平日に「大学突撃取材」を行う場合は、欠席とはしないことである。当初、この提案を行った際、同僚の教員からの戸惑いも少なくなかったが、事前に担任と相談したり、事前申請書、事後報告書などを整備したりすることなどにより制度として位置づけることができた。実際には、個人で「大学突撃取材」を行う生徒は多くはなかったが、大学を選ぶ際の視点として生徒にとっては大いに参考になったと考えている。また、チェルシーハウスの寮生との交流は、生徒にとって大きな刺激になったようで、3年連続で卒業生がチェルシーハウスに入寮し、「大学突撃取材」時の交流会では、先輩として後輩たちへ主体的な学びの姿を伝えてくれた。
高等学校は、生徒の学校外の学びに対して不寛容な面があるかもしれない。しかし、世の中には教育資源や教育の機会が溢れている。先行きの不透明な時代を生きる生徒にとって、それらを自らの成長の糧として活用できるか否かが、極めて大きな意味を持つと思われる。いくら有名難関大学に進学したとしても、そこで主体的な学びができなければ、成長の機会は得られない。
そろそろ、有名難関大学何名合格といったことを教育の成果として誇ることや、高等学校を評価する指標とすることはやめた方がよい。卒業生がどのように主体的な学びを行なっているのかを追跡調査を行なったり、外部評価として卒業生の声を聞いたりするなどして、自校の教育実践の成果として発信する必要があると考える。そのためには、「社会に開かれた教育課程」を自校でどのように具現化していくのかを真剣に考える必要がある。新しいことを始めるのではなく、自校の持つ教育資源(校内だけでなく、地域なども含めた)を生徒の主体的な学び、進路選択につなげるためにはどのように改善したらよいかという視点を持つことが重要であり、そのことが自校の特色化にもつながるはずである。高等学校の真価が、いま問われている。