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高めよ 深めよ 大学広報力

〈74〉高めよ 深めよ 大学広報力 こうやって変革した70
 自由を形にしていきたい
 学長は映画監督 サステナブルPを再編 
 東京造形大学

 学長が学園を象徴している大学がある。ここの大学の学長は、若くて、なかなかハンサムで、著名な映画監督。いわゆる学長像とは一線を画す。そんな学長を擁するのが東京造形大学(諏訪敦彦学長、東京都八王子市)。桑沢デザイン研究所の創立者、桑澤洋子が設立した。デザイン・美術教育の枠を超えた教育理念、自由で柔軟な独自の校風、それは現在も生きている。同大OBでもある諏訪敦彦は、2008年に学長に就任。「学長になって、これまでのように映画製作はできない」と言いながらも「大学の執行部の経験なく学長になった。学生に近いところにいると思っている。造形大のよさは自由なところ。この自由を形にしていきたい」と話す。映画界の鬼才といわれる学長に、これまでの大学、そして、これからの大学を尋ねた。(文中敬称略)

バウハウスの影響  自由で柔軟な校風

 東京造形大は、桑澤洋子を抜きには語れない。桑澤は、1930年代から建築・室内設計・服飾などのデザインジャーナリズムの世界で活躍。独・ワイマールに1919年設立の造形芸術の総合学校「バウハウス」の影響を強く受けた。
 諏訪が説明する。「バウハウスは、教育機関としてではなく合理主義的・機能主義的な芸術運動を指すこともあります。天才を育てるのではなく、社会との関わりのなかでものを創り、デザインの実験も行ってきました」
 桑澤は、デザインの総合的な基礎教育と専門教育の重要さを痛感し、1954年、気鋭の芸術家、デザイナーらの協力で、デザインの専門学校『桑沢デザイン研究所』を東京・青山(現在の渋谷)に設立。66年に東京造形大学を開学した。
 「桑澤は、試行錯誤をおそれない、しなやかさの中にも強さを持った独特の教育を行いました。教育者としても有為な人材を育て、各分野で活躍しています」(諏訪)
 現在も、自由で柔軟な独自の校風は不変で、柔軟性あるカリキュラム、徹底した少人数教育を行う。造形学部(デザイン学科と美術学科の2学科11の専門領域)に1800人の学生が学ぶ。
 諏訪が同大デザイン学科に入学したのは79年。桑澤は77年、66歳で逝去、桑澤の薫陶は受けていない。諏訪は、大学在学中からインディペンデント映画を製作。99年、第52回カンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞を受賞した。
 国際的評価が高い。最新作は、『ユキとニナ』。フランス人の父と日本人の母を持つ、ハーフで9歳の少女ユキが、両親の離婚をきっかけに成長する姿を描いた感動作。
 「映画の構想はありますが、学長である間は、時間的な制約もあり、制作は難しそうです」と諏訪。卒業生の映画監督も育つ。「ジョゼと虎と魚たち」の犬童一心、「ウォーターボーイズ」の矢口史靖ら著名な監督も多い。
 諏訪は、02年4月、デザイン学科映画専攻領域教授に着任。08年4月、学長に就任した。諏訪に、彼が入学した当時の東京造形大学を聞いた。
 「教授陣も30歳代と若く、6浪、7浪という学生もおり、学生と教員の区別もなく、先生との距離も近かった。学生は誇りを持って『東京造形大は奇妙な大学』と口にした。奇妙さとは他の美大にない独自性であり先鋭性で、自由でアクチュアルなイメージのある大学でした」
 それに比べて、いまの造形大学はどうですか?「当時は、大学もぼくも若かった。いま、規模も大きくなり、学生数も増え、一定の役割を担うようになった。変ったことや新しいことをやっていく、といった面はかつてより失なわれたかもしれない。今の時代のなかで、若々しさを取り戻せないか、と考えている」
 諏訪は学長に就任して3年目。改革に取り組む。来年度から実施するサステナブルプロジェクトの再編もそうだ。サステナビリティは、世界的に行き詰まりを見せている現代社会を、今後永く続けていけるようにデザインし直すことだ。
 「これまでデザイン学科のひとつの専攻領域だったのを、学部全体に開かれた『サステナブルプロジェクト科目』にします。専攻領域の募集はせず、学部共通の科目群として運営。基礎、専門、プロジェクトに区分、基礎は、地球環境問題などベースとなる知識の習得を目的に、1、2年生は必修科目になります」
 今年夏には、新校舎「CS-PLAZA」が完成する。それに伴い、CS-Lab(学生自主創造センター)ができる。「学生の主導で、大学を考え、キャンパス全体を舞台にして、自分たちの手で授業をしたり、展示会などイベントを企画運営する場にしてほしい」(諏訪)
 キャンパスの中央には、美術館がある。その前に、彫刻家、佐藤忠良の作品が屹立している。佐藤も、桑澤の志に賛同して開校時の主任教授になった。
 同大学のオープンキャンパスは評判だ。クリエイティブ学生ユニット(在学生で構成)が企画・デザイン・運営する。細部にいたるまで拘りを見せる。「校風を活かし、他大学には見られない特色がある。特設サイトの『ZOKEI QUEST』も話題になりました」(事務局長の大野榮治)
 東京5美術大学(日本大学芸術学部、武蔵野美術大学、多摩美術大学、女子美術大学、東京造形大学)連合の卒業・修了制作展を毎年、行う。「異なる教育内容の大学と連携できるのは、面白いし、役に立つ」(諏訪)
 地域貢献は、美術系大学ならではの特徴がある。駒木野病院アートプロジェクト(06年~09年)は、八王子市の駒木野病院からの依頼で、生活空間の環境改善計画の提案を行った。
 「患者さんが健康な生活を送れるよう、治療のより良い環境や、働く人たちの就業環境のより良い空間整備を目的に、アート的な手法を用いました」(大野)
 えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト(03年~)は、「工芸者と美大生が江戸川からこれからの伝統をデザインする」をコンセプトに江戸川区や多摩美、女子美と一緒に行っている。
 国際交流も盛んだ。「国際交流活動の一環として、ヨーロッパを中心に八つの芸術系大学(学校)と交流協定を結んでいます」(大野)
 諏訪は、最後に映画と大学について語った。「映画も大学も、つくるのは人です。映画は、制作者の発信、表現の場ですが、大学は、学生、教職員というメンバー一人ひとりの意志や活動がなければ成立しない。東京造形大には社会とどう関わり創っていくか、というバウハウスの思想が根底にある。創造的な大学空間が実現できると信じている」
 今年は、学長としての諏訪にとっても特別な年。桑澤洋子の生誕100周年であり、サステナブルプロジェクト再編の決定、CS-PLAZAの完成…。映画界の鬼才が、大学の鬼才になれるか、上映のベルは鳴った。