特集・連載
高めよ 深めよ 大学広報力
〈63〉高めよ 深めよ 大学広報力 こうやって変革した59
「考房ゆめ」地域と密着
地域を豊かに…夢を具現化
松本大学
地方にあって小さいながらも「地域貢献」の旗を高く掲げて元気に頑張っている大学がある。松本大学(菴谷利夫学長、長野県松本市)は「地域貢献」を基本理念に、学則には「地域社会の振興と地域文化の発展に資する人材を育成し、もって平和で豊かな社会の創造に貢献することを目的とする」とある。開学以来、信州が学びのステージで、「地域に貢献する力」を磨いてきた。今年度の「大学の地域貢献度ランキング」(日経新聞社)で全国三位、私立大学で全国トップ。積年の地域との活動の成果が実った。地域密着型の松本大学を訪ね、地域貢献の実態と成果、それが学生にどんな影響を与えているか、などを聞いた。
(文中敬称略)
大学の地域貢献度ランク 全国3位、私大トップ
松本大学は、JR松本駅から松本電鉄上高地線に乗る。乗鞍岳など北アルプスが見える田園地帯を約12分、トコトコと電車に乗って「北新・松本大学前駅」で下車、目の前が大学だ。信州の香りがする環境の中にある。総合経営学部と人間健康学部の二学部に約1400人の学生が学ぶ。
学校法人松商学園によって設立された。松商学園は、木澤鶴人が、福沢諭吉の薫陶を受け、1898年、松本市に開設した私塾「私立戊戌学会」が前身。松本大学は02年、総合経営学部の一学部で開設、07年に人間健康学部を設置した。
副学長の住吉広行が設立を語る。「松商学園の創立100周年のさい、施設の短大を拡充して四年生大学の設立を検討。これに、地域の活性化を願い、若者の県外流出に悩んでいた行政が応援することを約束、法人と県と市が3分の1ずつ出資して設立。誕生したときからの地域立大学です」
「地域貢献度ランキング」では〈松本大学が高く評価されたのは、JR松本駅前に拠点を設け、伝統的な地場野菜の復活など学生と住民が共同で取り組んでいる〉とある。
地域貢献度ランクの結果について、住吉が話す。「開学時から『地域の“幸せづくり”の人づくり大学』と言ってきました。地域社会のニーズに対して、『地域づくり考房 ゆめ』(考房 ゆめ)を設置。教職員、学生が地域のために一体になって取り組んできたことが評価されたのだと思います」
住吉は「地域総合研究第10号」という分厚いアニュアルレポート(年次報告書)を見せた。これには、教員の地域貢献活動、外部支援を受けている教育活動、「考房 ゆめ」の活動報告、さらに、大学の管理部門のアニュアルレポートまで網羅されている。地域貢献度ランクでは、このレポートが高く評価された。
ランク評価にある「JR松本駅前に拠点」は、学内にある「考房 ゆめ」の分室「WORK―STATION」のこと。「松本駅前という市街地に、拠点となる分室を置くことで、地域の声を収集しやすく、誰でも気軽に立ち寄れる場になった。これによって、大学にも足を運ぶ地域住民が増えました」(住吉)
「考房 ゆめ」は、地域の様々な課題解決に向けた学生の活動を支援。ここを窓口に地域の人たちとさまざまな交流を行う。そこで社会貢献の精神を身につけ、地域を豊かにしようとする夢や想いを具現化している。
地域活動は学生の自主企画による、地産地消をめざし、地元食材を活かした『カップ丼』といった商品開発地域の要請に応えて、学生が自転車タクシーを運行するなどする観光振興地域とのパートナーシップとして、地域の子どもたちにサッカーを通して運動の楽しさ、友達作りを教える―など様々だ。
最近の新聞にも、地域活動の様子が掲載されている。〈子供たちの自然体験をサポートする「自然体験活動指導者」の育成講座が2月に、安曇野市穂高を拠点に開かれる。文科省が20年度に養成事業を始めた。松本地域では、松本大学主管の下、講座や実習があり、修了者は指導者として自然体験の助言やコーディネートができる〉(1月22日、市民タイムス)
高い新聞への掲載率
〈松本市の松本大学は30日、同市中央四の地域活動拠点として開設している「ゆめひろば」で親子料理教室を開いた。同大人間健康部講師、矢内和博さんが、新メニューを覚えてもらうと同時に、親子の触れ合いを深めるきっかけにしてもらおうと企画した〉(2月2日、信濃毎日新聞)
学生達の活動は、毎日のようにマスコミに取り上げられ一般市民の目に触れる。「本学の記事が載っていない日はないというくらい。これも地方の大学、地域の大学のメリットかと思います」と入試広報室長の中村文重。
学生の就職先は、地元志向。中村は「地元就職を希望する学生が多いことから、地元の大学の方が地元での就職活動には有利であることを説明します。年に3回から4回、地元の企業を中心に学内での募集説明会を開催、毎回30~50社が参加しています」と語る。
就職内定率は、今年度は、やや低迷しているが、昨年までは約93%という高い内定率。90%以上が長野県内での就職。「県内の学生を受け入れ、教育・指導・育成し、地元へ還す、という目的は達成できているものと思っています」(中村)
地方の小さな大学の広報はどう展開されているのか。学生の約8割が長野県内出身ということもあって、入試広報のメインターゲットは県内の高校生。県内を四ブロックに分け、各ブロックの高校に担当者を配置、各高校から何人の志願者を獲得する、と数値化した目標を立てている。
長野県では、進学者の多くが県外大学へ進学。県外への進学者8400名×初年度納入金平均100万円=84億円が県外へ流出、4年間では年間約250~300億円以上が毎年県外へ流出する計算。この実態を「広報」して県内の大学にもう一度目を向けてもらうよう、促している。
地域貢献の活動が学生に与える影響について、住吉に聞いた。「たとえば、学生にWTO(世界貿易機関)の農業自由化問題を教えるとき、農協や農家へ連れて行くんです。そこで、農家の人から農業現場の話を聞くと、『農業も大変だ』という現実感がわかる。このように、学生の動機付けの教育に地域を利用させてもらっているのです」
学生の動機付け教育
さらに、続けた。「このように地域との関係を強め、学生が取り組んだことは地元紙などに取り上げられます。学生は自信を持つし、地域もよくやっている、と評価します。この循環、繰り返しによって、学生は成長するんです。学生を大学と一緒になって育ててやろうと考えてくれる地域社会がないと、これはできません」
中村に「松本大学を一言で表現すると?」と問うた。「田舎の小さな大学だけど元気が良い大学」と即座に返った。とても明るく元気な声だった。