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高めよ 深めよ 大学広報力
〈26〉高めよ 深めよ 大学広報力
「食の時代」、就職は好調
こうやって変革した(23)
取材を続けていると、思いがけない収穫を得ることがある。今回の女子栄養大学(香川芳子学長、埼玉県坂戸市、東京都豊島区駒込)の取材が、まさに、そうだった。管理栄養士に多数合格するなど就職率のよさ、総合大学に比べ不利といわれる単科大学広報の難しさ、などを聞きに女子栄養大を訪れた。収穫をもたらしたのは、応対してくれた同大常任理事の染谷忠彦だった。染谷は、かつて東洋大学(文京区白山)で、大学のキャラクターにムーミンを起用したり、他大学に先駆けた入試戦略を展開して成功させた伝説の広報マン。今回、女子栄養大の広報体制を聞いたのはもちろんだが、東洋大時代の広報についても尋ねた。総合大学と単科大学で広報を経験した染谷に、それぞれの強みと弱みを聞くことが出来た。(文中敬称略)
“伝説の広報マン”が指揮
女子栄養大学は香川 綾が、夫の昇三とともに創立した学校法人香川栄養学園が運営する。併設校に短期大学部、香川栄養専門学校がある。綾は一九三三年に家庭食養研究会、四〇年に女子栄養学園、六一年に女子栄養大学を設立した。調理用計量器のひとつ、香川式計量器を考案したことでも知られる。
女子栄養大は、栄養学部の単科大学で、実践栄養学科、保健栄養学科、食文化栄養学科と大学院(栄養学研究科)が坂戸キャンパス、栄養学部二部(夜間)は短期大学部、専門学校とともに駒込キャンパスで学ぶ。
染谷が説明する。「うちは、同じ栄養学といっても医学、薬学に近い。建学以来、食事と健康をテーマに、栄養学と保健学の教育と研究に力を注いでいる。うちの学生は地味で、よく勉強する。みんな、卒業のとき“これまでで一番勉強した”といっている」
同大の就職率のよさは定評がある。生活習慣病、メタボ、中国産食品の問題…食と健康は近年、この国では重要なテーマだ。「かつては健康イコール運動でしたが、いまや健康イコール食事といわれている。これも追い風になっている」(染谷)という。
管理栄養士、栄養士、養護教諭、家庭科教諭といった資格を取る学生が多い。病院や老人ホームなどで栄養の指導に当たる管理栄養士の国家試験でも、同大は例年トップを占める。管理栄養士を取った学生は医療・福祉施設だけでなく、官公庁や食品会社、スポーツチームなど、幅広い分野に就職している。
ときに、染谷が、二〇〇三年に女子栄養大に来て、まず手掛けたのが、広報部の設置と大学のキャラクター作成だった。
「単科大学は、総合大学と違って規模が小さいし、教育や研究内容もあまり知られていない。いくら、いい大学でも、学生が来なかったら何にもならない。そのための広報部をつくった。キャラクターづくりでは、東洋大学での経験が生かされたのは事実」
染谷は、一九六五年、東洋大学卒業後、同大学の運営に携わり、主に教務関係を担当。入試部長に就任後、他大学に先駆けた入試戦略や斬新な広報活動を展開した。〇三年、女子栄養大学広報部長に就任した。現在も大学、短大部、専門学校と学園全体の広報をみている。
東洋大時代の染谷を、ある私立大学の広報担当者が語った。「アニメのムーミンを大学のキャラクターにしたり、関東の私大では初めてセンター試験に参加するなど独創的な人で、東洋大の志願者を大幅に増やした。郊外に移転した東洋大校舎を都心回帰させたのも染谷さんのアイデアと聞いている」
染谷は「ほかの大学が実施していないことをやっただけ」と衒いながら、こう続けた。「ムーミンは東洋大の哲学と合致していたから成功した。あのあと、各大学がキャラクターを次々に発表したが、ムーミンを超えたのは出ていない。堅苦しくなくて、わかりやすい、何と言っても魂を入れないと駄目だ」
新しく出来上がった女子栄養大のキャラクターは、計量スプーンの「スプーニー」、計量カップの「カッピー」、レシピカードの「レシピィ」。創立者の香川 綾が考案した計量器などをデザイン化して人形の形にした。「硬いイメージがあった女子栄養大だが、このキャラクターで親しみやすくなった、といわれるようになった」(染谷)
染谷の話は、なかなか止まらない。「発想には限界がある。情報収集を怠るな」と大学の広報担当の心得について語り出した。
「広報は、市場とは何かを考え、市場のレベルに合わせて、広報しないと駄目だ。大学の市場、対象は高校生。大学のキャラクターを決めるのも学長や理事長の描くイメージではなく、彼らのお孫さんの考えを攫まないといけない。若い人の意見を聞くべき。
それには、(広報担当者は)高校生の読む本を読み、高校生の遊ぶところへ行って、目の肥やしにすべきだ。さらに、企業はどうやって、商品を売っているか、学ぶべきだ。企業は商品が売れなかったら倒産してしまう。こういったところに必ず、ヒントがある」
総合大学と単科大の広報を経験した染谷。その違いを語ってくれた。
「単科大のよさは、入学する学生の目的意識がしっかりしている。大学からみれば、教育しやすい。また、単科大は、総合大学と違って、専門の教員が多く、きめ細かい指導が出来る。教育設備も充実しており、教育力は総合大学を上回っている。
単科大は、こうした個性、言い方を変えれば私立大学の理念を明確にすべきだ。これからは個性が“売り”になる時代。それに合った学生を集めるべきで、そうでない学生を集めてもしようがないと思う」
やや単科大寄りに映る物言い。いま単科大の理事、そうした視座もやむを得まい。君子豹変す。
最後に、染谷の「大学広報論」を紹介する。〇五年に読売新聞の取材に答えたものだ。概要はこうだ。
〈大学は改革の時代を迎えている。改革の中心は、教員と職員だ。教員が教育のプロならば、職員は入試広報、学校広報のプロであるべき。「改革」と「募集」を一対のものとしてとらえ、入試広報、学校広報を展開していく。重要なのは、社会的認知度や難易度の高い大学づくりだけでなく、難易度ごとの大学づくりがあるという考えを持つことだ。
改革を行う基本は、しっかりとした情報をベースにしなければならない。そのヒントは、直接的な市場とその周辺にある。つまり、大学、高校教諭、生徒、保護者、そして社会や企業のあり様から、それを見出すことができる。
大学のメーンの市場は、高校だ。大学から高校を見る場合、これまでのターゲットは先生と生徒だったが、最近は親が増えている。親に現実を理解してもらい、自分たちが学んでいた時代とは大学が変わっていることを知らせ、それを基に子どものよき相談相手になるよう、持っていくべきだ。
企業活動には理念が重要なように、大学にとっても最終的に重要なのは教育理念だ。それを大学に携わるすべての人が共有し、「この大学の特長はこれだ」という確信が持てた時、大学は一校一校が全て違うオンリーワンの存在になれる〉
四年前に語った言葉が、まったく古びていない。ここで述べている染谷の主張は、現在の総合大学にも単科大学にも通用する。大学広報に向けた熱く、重たい言説である。