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特集・連載

教育工学とFD

<4>教員自身も授業の省察(リフレクション)を
学習者中心の授業設計
大阪大学  大山牧子

大学における授業デザインとは、1回の授業と、科目全体(15回の授業)の両方について、何らかの目的や目標に基づいて、授業内容・方法・評価方法を決定することを指す。

大学の授業が、初等・中等教育と比較して最も異なるのは、学習指導要領に基づいてデザインされていないという点である。また、教科制ではなく、担当する個別のコース(科目)について、1人の教員で担当することが多いことも特徴である。

このように、大学の授業デザインの設計・決定について、多くの事柄が個人の教員に委ねられている一方で、教員は教育のための訓練を受けないまま教壇に立つことが多いのが現実である。つまり、大学教員は教育に関する知識について、内容的知識(Content Knowledge:CK)は十分に持っているものの、教授方法に関する知識(Pedagogical Knowledge:PK)をあまり持っていない場合があると言える。さらに、学生の学びを促進する授業では、内容を効果的に教える知識(Pedagogical Content Knowledge:PCK)(Shlman,1987)を獲得する必要がある。

本稿では、大学教員が学生中心の授業をデザインするための理論や、そのような理論を学ぶための取り組み、さらに授業改善のための方法を紹介する。

近年、大学の授業に関する議論は「何を教えるのか」から「学習者が何を学ぶのか」に焦点が移り、学習者中心の教育が求められるようになってきた。学習者中心の教育における授業デザインは、従来の「何をどのように教えて、どう評価するのか」という順で決定するだけでは不十分で、「学習者が授業終了後にどのような能力を修得できるようになっているのか」を決定することからスタートする必要がある。

まずは学習目標を決定し、それを達成するための評価・内容・方法という順序で決定する授業デザインの方法のことを、"逆向き設計"(Wiggins・McTighe 2005)という。"逆向き設計"で重要なのは、まず明確な学習目標を立てることである。学習目標は、「○○を理解する」や「○○について学ぶ」といったことが想像されるかもしれないが、学習者中心の授業では、理解した結果、「何ができるようになるのか」ということを認知的・行動的な側面から具体的に掲げる必要がある。

さらに、その目標は、大学四年間のプログラムにおいて習得すべき能力を示したディプロマ・ポリシーと対応付ける必要がある。このようにして、1回の授業、15回の授業であるコース、4年間で学ぶプログラムについて学びの関連性を考えなければならない。次に設定した学習目標をどのように評価するのかを考える。評価と対応付けるために、学習目標が観察可能で評価可能なものに設定することも重要な点である。その後、これらの学習目標を達成するために、何をどのように教えるのかという計画を決定する。

近年アクティブ・ラーニングに関する実践や研究が隆盛であるが、学習者中心の教育の枠組みの中では、学生にどのような活動をさせるかを考えるだけではなく、学生がどのような力を身につけるべきなのか、という学習目標を確立した上で、それに応じた活動をデザインしなければならない。いずれにしても、授業デザインにおいて学習目標・評価・内容・計画が全て首尾一貫していることが重要である。このことから、大学教員の役割は授業を実施するだけでなく、学習をデザインすることが益々重要となってきているといえる。

以上のような授業デザインの理論の理解を支援するために、大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部は、2014年度より(当時は教育学習支援センター)学内外の大学教員を対象としてコースデザインワークショップ(以下CDWS)を実施している(根岸ほか2015)。CDWSでは、2日間ないしは3日間で、授業デザインの基礎的な要素である、学習目標の考え方・評価方法・授業方法・シラバスの書き方等を学んだ上で、実際にコースデザインと授業デザインの作成を経験し、その中の10分程度を切り出して、模擬授業を行うプログラムを実施している。CDWSは、対象者別に3種類のプログラムを提供している。

1つ目は、授業経験が豊富な教員向けで、自分自身の授業デザインをブラッシュアップするプログラムである。2つ目は、授業経験が浅い教員向けで、グループ内で共通の架空の授業をデザインするプログラムである。3つ目は、英語で提供されるプログラムである。この他にも、学習者中心の授業デザインを行うためのプログラム(例えば、グループ学習の導入・ルーブリックの作成等)をモジュール化して提供している。

また、教員への教育支援以外に、将来大学教員を目指す大学院生を対象に、プレFDのプログラム(大阪大学未来の大学教員養成プログラム)を授業として提供している。大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部ではこのようなプログラム以外にもWebページから、シラバス作成のためのハンドブックといった授業デザインのためのリソースを提供しており、入手が可能であるため、参考にされたい。

次に、大学教員の授業改善の方法について紹介する。確かに教員は教育経験が増えることで、勘が働くようになり、臨機応変な対応がとれるようになるかもしれない。しかしながら大学では、たとえ毎年同じ授業科目を担当していたとしても、年によって学生の人数や学力は大きく変化することが多い。異なる大学で教える場合は、なおさらである。したがって、授業改善は勘に頼るだけではなく、改善の目的を見据える事が重要である。

まず改善の手立てとして、教育に関するPKの情報をFDプログラム等に参加して入手することが想定される。2008年のFD義務化に伴い、各大学は授業方法や評価方法等に関する研修を提供しているが、近年はそのようなプログラムを他大学の教員にも開いていることが多いため、大学教職員であれば誰でも参加することができる。各大学が公開するFDプログラムの情報は、京都大学が運営する「asagaoメーリングリスト」等から入手することができる。

ただし、FDプログラムで得た情報を授業改善に活かすためにも、自分の授業の文脈において、改善を熟考することが必要である。そのためには、自らの授業をふりかえって、その改善策を生成する「リフレクション(省察)」が重要である。リフレクションは授業終了後、もしくはコース終了後に少し立ち止まって、授業や自分自身についてふりかえって実践を俯瞰してみることから始まる。その際、教員自身が授業中に感じたことをふりかえることも重要だが、学生の成果物を今一度見直すことで、改善につなげることができる。通常であれば学生の学習成果物は成績評価の対象であると考えられるが、少し見方を変えて、よく理解していることと、理解していないことを把握することで改善につながる。特に理解していないこととその理由を考えることで、次回の授業において扱う内容やその順番、また伝える方法について改善することが可能となるだろう。

さらに、リフレクションは他者と共に行うことで深まると言われている。大学教員は、日常的に同僚と一緒に教育の話をする機会は多くないと思われるが、時に機会を設けて教育の話をすることで、自分の教育実践を相対化して見ることが可能となるし、新しいヒントを得ることができるかもしれない。京都大学が全国の大学教職員向けに提供しているWebコースポートフォリオツールMOST(Mutual Online System for^nTeaching and Learn^ning)は、授業の詳細を可視化して、他者と共有することができるツールである。自分の授業を分析的に可視化して、他者とリフレクションを共有することで、次期の授業改善の方策が得られると考えられる。リフレクションを繰り返すことで、勘ではない自分自身の実践知やPCKが蓄積されることとなるだろう。

大学の授業デザインは、教員個人の専門性や勘に頼りがちだが、最も重要な事は、学生が何を学ぶのかということを中心にして考えることであり、学生の学習がどのようなものだったのかをリフレクションによって熟考し、授業改善を繰り返す循環を生み出すことである。読者の方々には、授業デザインや授業改善の実践を行う際に、参考にしていただければ幸いである。