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特集・連載

教育工学とFD

<2>ライティング支援における教育工学の活用
自律的学習者の育成を目指す
関西大学 岩崎千晶

連載「教育工学とFD」の第2回のテーマは「学習支援」である。

学習支援では学生が自ら課題に気が付き、目標を立てて、課題を解決していく力を培うことを目指している。支援スタッフが学生のレポートや課題に添削することを指すのではない。「学習支援」とは、自律的な学習者を育むことを目指して、大学が教育プログラム、学習相談の機会、教材を提供することである。今回はラーニング・コモンズを主軸とした施設で実施されている「学習支援」を取り上げ、教育工学が学習支援にどう貢献できるのかについて考えたい。

「FD」の見出しを読まれたときに、授業評価アンケートやFD講習会をイメージされた方も多いのではないだろうか。

私自身、ラーニング・コモンズと学習支援が連載の最初に取り上げられていることに少々驚いている。

しかし、ここ10年でFDや高等教育で扱われる内容はずいぶんと様変わりした。文部科学省によってアクティブラーニングの導入が推進され、ティーチングからラーニングへのパラダイムシフトがおき、学生がいかに学びを深めることができるのか、授業外においても学びに従事しやすいような環境には何が必要かと、各大学は工夫を凝らしている。

例えばラーニング・コモンズを整備したり、コモンズでレポートの執筆相談や、授業で出された課題について相談できる学習支援デスクを設置したりして、学生が自律的に学ぶことができる環境を大学は構築しようとしている。この学びを支えていくための活動が学習支援である。

日本で学習支援が展開されるようになった歴史はまだ浅いが、北米では1960年代から学習支援が行われている。北米で学習支援に関する教育研究活動を展開しているCRLA(College Reading & Learning Association)によると、1960年代初旬以降、大学は政府の助成金を活用し、マイノリティや低収入の学習者向けに中退を予防して学生を確保するために学習支援を始めた。1970年代に入ると、大学はこれまで限定的であった学習支援の対象者を全学生へ広げ、学生がより優秀な成績で卒業するための学習支援も実施していった。

例えば、ライティング支援や理工系の学習支援など、ある分野の課題を解決することに特化した支援を行うチュータリング、学問分野にこだわらず、履修相談や学習計画の相談等を受け付けるメンタリング、10名前後のグループを作ってチューターが授業の質問を受け付けたり、課題を共に解いたりするスタディグループ、履修が困難な科目をグループで受講させ,グループにチューターがつくSI(Supplemental Instruction)などの取り組みがあげられる。

日本ではチュータリングやメンタリングを中心的に2000年代半ばごろから先駆的な大学において、学習支援が展開されるようになった。

そのなかでもライティングに関するチュータリングを行うライティングセンターを導入する大学の数が増えている。ライティングセンターは文章添削ではなく、学生が自ら課題に気づき、文章を書き直す力を培うことを目指している。

関西大学では20名程度の大学院生やODがライティング支援をするチューターとして、1回40分で個別のチュータリングをしている。学生からは「文献をどう探せばいいのか」「何をどのように書けばいいのか?」「構成はどうすればいいのか」などの相談が寄せられている。学生がレポートの改善点を把握できていない場合は、チューターはレポートの課題を抽出し、その改善方法を学生が自ら把握し、改善できるよう、対話や質問し、改善を重ねて、レポート作成を支援する。

このライティング支援に教育工学はどのように貢献できるのかに関して、4つの視点から考えてみたい。1点目は「学習支援による効果の測定」である。学習支援をした結果、学生がどのような力をつけたのかを分析することで、学習支援の効果と課題を明らかにできる。例えば、テキストマイニング手法を使ったレポートの分析、学習者へのヒアリング、ルーブリックを用いたレポート評価等により学習支援の効果と課題を見出し、今後の学習支援に関する方向性を提案できる。

2点目は、「授業と学習支援の相互作用を高めるためのデザイン」である。「教員が受講生に授業外にライティングセンターを利用するよう指示を出す」といった授業と連携をとったライティングセンターの活用事例が増えている。正課と正課外の学びを有機的につなげることで、学習者の可能性をより高められる。チューターは自律的な書き手を育てるために、学習者が決めた目標に沿いながら支援するが、学習者が自ら目標を立てることが困難な場合も多い。そのため、チューターは授業課題だけではなく、学生と共に短期や中期の学習目標、計画を立て、学習者が自律的に学ぶように支えている。このように学習支援では、従来の授業とは異なる教員と学生以外の第三者であるチューターが学習者の学びに関わる。教員、学生、チューターの関係性がいかに形成されており、学習の効果が出されているのかを分析し、授業設計や学習支援のデザインに活かすこともできよう。

3点目は「チューターの育成」である。よりよいチュータリングは学習者の書く力の育成にもつながるため、チューター研修は非常に重要である。ライティングのスキルはもちろんのこと、コミュニケーション、質問技法など、チューターにどのような力を育成することが望ましいのか。チューター育成のために求められる研修のデザインを企画開発し、評価することにも教育工学の知見を活かすことができる。

4点目は、「ICTを活用したライティング支援」である。北米をはじめとしライティング支援へのICTの導入が進んでいる。チューターがテレビ会議を使ってオンラインでレポート相談を受けたり、LMSを使って提出されたレポートにコメントを記述したりして(あるいは音声メッセージを添付して)返却する場合もある。

関西大学では学習者のライティング相談に関する情報を相談履歴システムに蓄積している。このデータを分析すると、学習者の利用層や課題傾向を明示化でき、今後の活動にも活かすことが可能になる。またオンライン教材があれば、チュータリングを受けずとも学習者が自律的に学ぶこともできる。関西大学ではライティングに関するオンライン教材を20レッスン以上公開しているが、どんなコンテンツをどのようなデザインで取り上げる必要があるのか、どうICTを活用すればよいのかに関しても教育工学が貢献できよう。

限定的ではあるがライティング支援に対して教育工学の学問を活用できる点を取り上げた。しかし、学習支援はライティングだけに限らない。各大学でどのような学習支援が必要になるのかは各々の大学が達成すべき目標によるが、これを明らかにしていない大学は意外に多いのではないか。大学が設定している3ポリシーと同様、学習支援に関してもポリシーを設定することで、全学的にどういった学習者層に対して、どんな学習支援を展開するのかを明確にする必要があるといえる。