特集・連載
教育改革
終教育工学とFD
FD実践を教育工学の論文に
40年の授業と教育工学研究の経験から
教育工学とFDについて述べるに当たり、自分の授業を思い出してみた。1970年から他大学の非常勤講師として電気磁気学を教え、その後、大学でも授業をしたが、FDという言葉はなかった時代の話である。
毎回の小テスト
私の授業では最初に一五分の小テストを実施した。前回扱った内容に関するテストで、自分のノートを見ても良いとした。お陰で、学生は授業中にノートをとるようになった。また、授業は朝一番であったが、授業開始時にはかなりの学生が出席した。
小テストの成績と中間試験と最終試験の合計点を比較してみたところ、非常に興味深い関係があることが分かった。相関係数があまり高くないことである。横軸に小テストの成績、縦軸に合計点をとって、長年の授業の学生を点で示すと、斜め左上の三角形の中に学生の成績が点在していた。これは、小テスト成績が低い(授業に出席しない)学生の中には、試験で良い成績を取ることを示していた。もちろん出席しなかった学生の中にはゼロ点に近い者もおり、点数が広く分散している。しかし、右下の三角形の部分の学生はいなかった。これは、毎回授業に出席して、小テストの成績が良い学生には、試験の合計点が低い学生はいないことを意味した。
なお、最終的な単位認定のための成績は、小テストと中間試験、最終試験を総合的に評価することを授業計画に書いて、学生には事前に知らせても、出席しない学生が毎年いた。
授業中の私語
「授業中の私語が多くて困る」との話があるが、私の授業ではほとんど私語がなかった。私語をしていると、教室から出てもらうことにしていたためである。
ただ、学生が隣の学生と話すのは、自分の説明が理解できなかった場合や、自分が板書ミスをした場合もある。そこで、学生が何か話している場合には、その学生に「何か質問がある?」と必ず聞くことにしていた。授業に関係ない私語の場合には、二、三回注意した上で、それでも繰り返した学生は教室から出てもらった。ただし、決して叱ることはしなかった。
面白いことに、教室から出される学生は三年くらいの間隔で起きた。学生に聞いてみると、「この授業で私語をしていると、本当に出されるから気をつけろ」と先輩から引き継ぎがあったという。しかし、しばらくするとその引き継ぎが消えていくことが分かった。
二回の学生アンケート
学生に授業評価アンケートを二回(中間と期末)行っていた。授業を改善したかったためである。資料の準備とか、板書やOHPの文字の大きさ、説明や質問の仕方、理解できたか等に関する二〇項目程度であった。
私がよく指摘されたのは、声が小さいということであった。もともと声は小さいため、マイクを使う年もあったが、教壇から降りて、学生の中で説明をするようになった。授業が終わって部屋に帰ると声が枯れていた。
このアンケートで感じたのは、「授業中に質問をした方がよい」との回答が徐々に減ったことである。そして、質問をすると「分かりません」と即座に答える学生が年を重ねるごとに増えたような気がしていた。質問に対して考えてみようとする学生が少なくなった。
授業改善に関する最初の論文
私が授業を始めた1970年当時、板書の際にどのくらいの字の大きさにすればよいのか迷った。すぐ前にいる学生は「読めます」と言う。しかし、後ろの学生からは「見えませーん」と言われた。強調するために色チョークを使ったら「見えない」、いつもと同じ大きさで書いたのに、雨の日には「読みにくい」と言われた。
そこで、たくさんの小黒板にサイズの異なる字を、白、黄、赤、茶、青、緑のチョークで書いて、黒板からの距離、読む角度、黒板の照度を変えて読むことができる板書文字の大きさを調べた。その論文が学会論文誌に掲載されたのが、1976年。それまで電磁波工学に関する論文を書いてきたが、これが教育に関する私の最初の論文であった。
その後も、指示棒の効果、OHP提示における色の効果、提示場面の画質と理解の違い、通信衛星による遠隔教育の効果、コンピュータやインターネットを活用した授業による学力向上の実証など、授業の改善に役立つものに関心を持って研究した。特に、最近はメディア利用の効果に中心に取り組んできた。
米国大学でのFD研修と授業管理システム
テキサス州立大学のオースチン校で一週間のFDセミナーのテキストを見せてもらった。内容の半分以上がLMS(Learning Management System:学習管理システム)やCMS(Course Management System:授業管理システム)を如何に効果的に使うかの研修となっていた。
調べてみると、米国ではほとんどの大学がLMS・CMSを利用していた。しかも、eラーニングには関係なく、普通の対面授業において、全教員にLMS・CMSを利用させている大学が2007年の時点で35.1%であり、この率は毎年増加している。
LMS・CMSは、eラーニングを運用する際の基盤システムとして開発されたもので、学習者登録・学習履歴の管理、学習者の進捗管理、成績管理、学習支援機能、学習者と教授者とのコミュニケーション機能等を支援する多くの機能を有している。このような機能を対面授業で活用すると、従来の授業ではできなかったきめの細かい学生支援ができて教育効果が高いため、普通の授業での利用が進んでいる。米国の大学では、教育の質の向上を図るためLMS・CMSを活用していることから考えると、日本でも授業の効果を上げる手法が変化してくると予想される。
FD研修の効果
FDに関連して全国の大学教員に調査票を送り、良い授業の実施について回答を求めたことがある。回答者の総数は2915名。FDに関して良い授業を実施するために重要と思われる点を自由に箇条書きしてもらった結果、8124件の視点が挙げられた。
自由記述の内容を分類してみると、「教員の専門的知識が重要」とした教員が30.1%、「教員の熱意」が21.3%であった。また、FD研修を受けた経験のない教員が挙げた件数に対する経験のある教員の挙げた件数は、「ICTの活用」が1.47倍、「学生とのコミュニケーション」が1.41倍。これに対して、「研究の方が大切」は0.71倍、「教科書資料」は0.77倍と少ない。FD研修の成果が見られる結果であるが、FDに関心を持たない教員が多いのが実情である。
FDの取組を教育実践論文にまとめる
FDの取組が多く行われているが、その成果を学会等の論文にすることは難しい。しかし、これらの取組が論文として採択されるようになれば、FDに関心を持つ教員が増えるのではないかと期待している。
私は1973年から教育工学に関心を持って研究を始めた。数式を使って電気磁気学の現象を説明しても学生は理解できなかったため、提示資料を準備したり説明の仕方を変えたりしたが、教授方法によって理解が違うと感じたことが研究的に扱うようになったきっかけである。そして、論文として投稿したが、採択してもらうことは非常に大変であった。最近の日本教育工学会論文誌には年間多くの論文が掲載されているが、情報化の波に乗ることができたことと、科研費の細目に「教育工学」を設けてもらうことができたことが大きいと考えている。
ただ、「教育実践論文」が採択されにくい。学問としての教育実践学が構築されていないと判断されることが多いと感じている。そこで、日本教育工学会では、教育実践に貢献できる問題提起と意義があって、研究手法や道具の開発、要因の分析、実践の改善や学習環境つくり、教員の教育実践力について、新たな点がある論文を「教育実践論文」の論文種別を設けて採択する方向で検討している。この種別には、初等中等教育における教育実践に関する論文が投稿される見込みであるが、高等教育におけるFD実践が投稿されることを期待している。
このように、大学教員が取り組んでいるFD実践が研究論文として受け入れる場を作ることによって、FDの推進に寄与できると考えている次第である。