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特集・連載

教育改革

<中>PBL情報化社会の新たな学習法
PBLで育つ子どもたち
日常的な学び通して自信を獲得

日本PBL研究所理事長 上杉賢士(千葉大学大学院教授)

 以降の記述では、特に断りのない限り、前回説明した「エドビジョン型PBL」のことを「PBL」と略記する。
 PBL関連の書籍は、すでに二冊刊行した。うち一冊は、PBLの開発者の一人であるロン・ニューエル氏の著作『PASSION for LEARNING』の翻訳本で、『学びの情熱を呼び覚ますプロジェクト・ベース学習』の邦題で刊行した。もう一冊は、アメリカと日本の中・高校生へのインタビューを中心に収載したもので、『プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち~日米18人の学びの履歴~』と書名をつけた。(いずれも学事出版刊)
 文字通り田舎の小さな町に誕生したミネソタ・ニューカントリースクール(MNCS)がPBL校の第1号店だとすれば、第2号店はアバロン・スクールである。アバロンは、ミネソタの州都・セントポールに2001年に開校した学校で、田舎で開発されたPBLが都市部でも通用することを実証することを目的のひとつとしていた。そのアバロンで、私たちは幸運にも日米のハーフであるアヤコに出会った。
 アヤコの父親がアメリカ人で、家族はアヤコが中学校を卒業するまで日本(群馬県)に住んでいた。アヤコの中学卒業と同時にアメリカに渡り、アヤコは地元の普通の高校に通った。しかし、一年ほど経った2001年、アバロンが開校され、アヤコは説明会に出席してきた父親の勧めで高校2年生になるときに転校した。以下、『プロジェクト・ベース学習で育つ子どもたち』に収録したアヤコのインタビュー記事の一部を引用して紹介する。
 なお、このインタビューは、シニアプロジェクト(高校の最後に行うプロジェクトで300時間程度をかける)のプレゼンテーションを終えたばかりのアヤコに対して、アバロンの一室で行われた。ちなみに、アヤコのシニアプロジェクトのテーマは「比較文化論―少年期から大人への移行期における社会的行動パターンの異文化比較―」であった。このシニアプロジェクトの日本側の調査には私たちも協力した。

 Q:シニアプロジェクトが終わったら、いよいよ卒業ですね。この後のことは考えていますか?
 A:大学はもう決まりまして、この近くのセント・トーマスという私立の大学なんですけど、そこへ行って何を勉強するかは断定していません。インターナショナル・ビジネスをやろうかなと思うんですが、実際にクラス(授業?)をとってみなくちゃ本当に自分に合っているかどうか分からないし。いろいろな分野をとって自分に一番合うのはどれなのかを探し出せればいいと思っています。どういう職業に就くのか、まだ分かりません。
 Q:漠然とこういうのがやりたいなとか、自分のこういう長所を生かしたいなということは?
 A:日本語と英語を使って、今、フランス語も勉強しているんですよ。まだスラスラしゃべれないんですが、フランス語もしゃべれるようになったら、三つの国を渡っていろんなビジネスをやっていけたらいいなと思っています。
 Q:例えば、いろいろなプロジェクトにチャレンジしてきたという経験が、何か自分の将来の進路にある程度の見当をつけさせるということはなかったですか?
 A:たぶん、普通の学校に通っていたら、自分が何をしたくて、それを手に入れるためにどういった順路をたどっていけばいいか、そういう見当をつける力はそんなに持てなかったと思うんですよ。でも、アバロンに来たら、先生たちの手助けもありますけれど、一番、自分で何をしたいのか、どうやったらそういう資料が得られるのかということを前もって計算していかないといけません。たぶん、社会に出ても、周りから言われる前に自分で行動を起こすような力が持てると思います。
 Q:そうすると、アヤコさんは、このアバロンで身につけた力が自分の自信や基盤になっていると考えていいですね?
 A:はい、そうです。

 このインタビュー記事からも分かるように、PBLは自分の将来に対する確かな見通しや自信を獲得させる。それは、「有能な社会人の育成」を目標とし、その基盤としての「自律的学習者の育成」を目指しているからに他ならない。
 私たちは現在、日本の小学生から社会人に至るまで多様な層を対象としてPBLを仕掛けている。とりわけ、京北学園白山高校では2002年からトライアルをさせていただいている。その第二期生にあたるT君は、来春には大学を卒業する予定である。
 T君は、ある事情があって年度の途中で転校してきた。PBLがスタートしてからの入学であったが、担任の先生も勧めもあって趣味で飼っていたクサガメに注目した。そして、「クサガメを100匹にふやす方法」をプロジェクトのテーマに選んだ。このプロジェクトの内容を応募書類にまとめて提出したところ、ドイツへの環境調査のメンバーに選ばれた。
 その後、大学へ進学してある自治体へのインターンシップも経験した。これらの経験をもとに、将来は環境保護関係の職業に就きたいと思うようになり、すでに関係企業への就職が内定しているという。
 これらの事例が示すことは、PBLによる学びが、自らの将来に向けたキャリア形成にきわめて有効であるという事実である。アヤコはいみじくも、PBLを通して「社会に出ても周りから言われる前に自分で行動を起こすような力が持てる」と述べている。T君には、必ずしも順調ではなかったそれまでの生活の転機としてPBLが位置づき、将来的な職業への展望を抱くとともに、それを実現する一歩手前に至っていることを示している。
 これは、わが国で現下の課題の一つになっているキャリア教育が目指すところと一致している。ただ、決定的に異なるのは、わが国では職業体験というような非日常的な学びが注目されているのに対して、PBLでは日常的な学びを通して自らの適性発見と将来に対する自信や見通しを獲得していくというカリキュラム構造にあるという点である。
 それを実現するもう一つの特徴は、教育が終了する時点での望ましい姿を想定し、そこから逆算して以下の内容や方法を決めるという「逆算プランニング(Planning backward)」にある。そして、卒業時の期待値は、前回紹介した「評価規準」として事前に子どもたちに伝えられている。これをわが国で応用しようとするならば、標準的なものとして経済産業省が策定している「社会人基礎力」が使える。経済産業省は、目下、「社会人基礎力」の育成を各大学に呼びかけている。その具体的な方法論は、PBLが提供する。
(つづく)