特集・連載
教育改革
-8-インストラクショナル・デザイン学士課程教育構築の方法論になるか
山口大学の教育改善PDCAインストラクショナル・デザインの相似性
現在、多くの大学が抱える深刻な問題の一つに、入口(入学生像)と出口(卒業生像)とのギャップの拡大がある。入口では、いわゆる『ゆとり教育』の弊害と少子化による大学全入の時代を向かえ、本来の大学教育にとっては学力不足である学生を受け入れざるをえない状況にある。
そのため大学の授業では、高等学校レベルの復習的な内容を含めるために大学で教授すべき内容を簡略化せざるをえない状況や、将来像を持たず自ら学ぶ姿勢に乏しい学生に対して意図的な学習を積極的に課さなければならない状況が見られるようになった。一方の出口では、学力はもとより社会人として十分な資質をもつ人材を社会から希求される時代になった。この両者のギャップはますます広がる傾向にある。
それでは、このような入口と出口のギャップを埋めるためにはどのような視点が必要であろうか。そのひとつにインストラクショナル・デザイン(ID)がある。これは、インストラクション(学習を支援する目的的(purposeful)な活動を構成する事象の集合体(1))の効果や効率を高めるための教育工学に基づく手法である。特に欧米では、IDの応用分野は学校教育にとどまらず、軍隊訓練、企業研修などその守備範囲は広く、既に半世紀を越える実績がある。IDの視点から捉えると、大学は『出口(卒業生像)と入口(入学生像)をつなぐ成長プロセスとして、教育理念・カリキュラム構成・科目単位認定要件の三層構造と点検改善メカニズム(2)』を持たなければならない。
山口大学の教育改善PDCAサイクルでは、PlanとしてGraduation Policy(GP:共通教育、各学部学科、各研究科専攻別に作成)、カリキュラムマップ(CUM)とWebシラバス、Doとして授業、Checkとして学生授業評価、教員授業自己評価とピアレビュー(点検メカニズムに相当)、ActionとしてFD等の教育改善活動(改善メカニズムに相当)がある(図1)。
GPは教育理念に相当し、学生が卒業(修了)時に大学教育を通じて身に付けておくべき資質を示している。図2のように、教育目的とGPを項目別に書いた部分(GP項目)から成る。本学では、全ての学部・学科および研究科・専攻においてGPを定めている。
CUMは、カリキュラム構成に相当し、各GP項目とそれらを実現する授業との対応関係を定めた表である(図3)。CUMでは、各GP項目は必ず一つ以上の授業に割り当てられる。各教員は、担当する授業を通じて実現すべきGP項目をCUMから確認できる。
Webシラバスは、科目単位認定要件に相当し、CUMで割り当てられたGP項目を満たすための各授業の計画書である。授業の概要、一般目標、到達目標、各回の授業内容、評価方法などを記入する項目がある。シラバスの執筆では、授業に割り当てられたGP項目を確認するとともに、自分の担当する授業と関連のある他の授業のシラバスを参照するように求めている。この取り組みは、GP達成のための学科レベルあるいは学部レベルの組織的な取り組みに繋がっている。
このようにPlanに位置するGP、カリキュラムマップ、Webシラバスは、どれ一つ欠くことのできない密接な相互関係を有するため、各教員には三位一体での理解を求めている。
Doに対応するのは授業である。現代の大学生は、一〇年前と比較すると、授業関連の予習・復習といった学習時間、それ以外の自主的かつ独自の学習時間のどちらをとっても大変短くなっている。このような状況において卒業(修了)時に身に付けておくべき資質を確保するには、『いかにわかりやすい授業をするか』を追求するだけでは不十分であり、『わかったつもり』の学生に『わかるための十分なトレーニング』を課すことが不可欠である。
そのためには、授業外における課題等を用いた意図的な学習量の確保が必須であり、これらへの取り組みが不十分な学生に対しては単位を認定しないといった厳格な成績評価が必要である。このような取り組みが、いわば『単位の実質化』につながると考えている。各教員には、これらの点を留意し、原則としてWebシラバスに沿った授業を行うように求めている。
Checkでは、学生授業評価、教員授業自己評価、ピアレビューを行っている。学生授業評価は、卒業研究など授業評価に適しない一部の科目を除いて、共通教育および全ての学部と研究科の授業を対象としている。
授業評価の実施は、授業の最終回に質問用紙と回答用紙(マークシート)を学生に配布して回答させている。最近はWeb等を利用した授業評価の実施方式を採用する大学もあるが、回答率が低い場合が多いようにみえる。そのため、本学では敢えてこの方式で実施している。
教員授業自己評価は、教員自身による授業評価である。各教員は大学教育センターで独自に開発したWebサイトにアクセスし、授業の自己評価を入力する。そして入力後に、その授業の学生授業評価の結果がWeb上に表示される仕組みになっている。これによって各教員は、自己評価と学生授業評価とのギャップを確認することが可能であり、今後の授業の改善のヒントを得ることができるようになっている。
ピアレビューは教員が互いに授業を参観して、客観的かつ専門的な視点から各授業の改善点を発見し、更には学科等における自分の授業の位置付けを再確認してもらう取り組みである。学生授業評価と教員授業自己評価からは見えにくい改善点を発見できる可能性が高く、組織的な教育改善活動にも効果をあげている。
ActionはCheckの結果を踏まえたFD活動などの教育改善活動である。本学のFD活動では、大学教育センターが主催する全学FD(アラカルト方式)と各学部・研究科が主催するFD活動が行われている。現在は、開始当初と比較すると、積極的に参加する教員が増えている。本来のFD活動は、教員個人の自主的な教育改善活動(個人FD)が源流となり、それらが互いに結びついて学科や学部単位のFD活動に発展し、その結果、CUMやGPの改善に繋がるのが理想である(図4)。今後は前述のような本来のあり方に近づけるように、FD活動を展開していく予定である。
本稿では、本学の教育改善PDCAサイクルの概要を述べた。教育改善活動のマクロなフレームワークは定まっており、IDとの相似性を有している。今後は、個々の授業の改善にも積極的にIDの視点を導入し、入口(授業前)と出口(授業後)のギャップを効果的に埋めるプロセスとしての授業、および、これらの授業の組み合わせから成るカリキュラムの最適化に努め、この教育改善PDCAサイクルを継続的に回してゆかなくてはならないと考えている。そして、大学は教育に対する社会の要請に応えながらも、本来の責務である研究の推進とそれを支える人材育成が十分可能な環境を取り戻していかなくてはならない。
参考文献
(1)R.M.ガニュ、W.W.ウェイジャー、K.C.ゴラス、J.M.ケラー:北大路書房(2007)
(2)鈴木克明:インストラクショナル・デザイン入門(上)、教育学術新聞、第2344号、P.9(2009)