特集・連載
教育改革
-1-美大におけるサービス・ラーニングの実践
女性の感性(アート)で病院に癒し(ヒーリング)を
女子美術大学(佐野ぬい学長)の前身、私立女子美術学校は明治三十三年、芸術による女性の自立、女性の社会的地位の向上、女性芸術教育者の育成を目的として設置された。大学(芸術学部)は、絵画学科(洋画専攻、日本画専攻)、工芸学科、立体アート学科、デザイン学科、メディアアート学科、ファッション造形学科、芸術学科の七学科二専攻を有している。平成十六年度には、アートを通じた医療・福祉施設との連携を行うサービス・ラーニングの取組が特色GPに選定された。その取組について、芸術学部メディアアート学科の山野雅之教授に寄稿してもらった。
Ⅰはじめに
1.女子美術大について
女子美術大学は、私立の美術大学では日本で最も古い歴史を持ち、創立以来一〇〇年以上に亘り、新しい価値観を切り拓こうとした幾多の芸術家、デザイナー、教育者を輩出してきた。
東京都杉並区と神奈川県相模原市にキャンパスがあり、杉並校地では短期大学部造形学科・専攻科及び付属中学・高校、相模原校地では芸術学部及び大学院生が学んでいる。
2.本取組について
本学のサービス・ラーニングは、美術・デザインに関する専門教育の特性を活かしながら、ボランティア活動を通して社会の現状を知り、その解決方法を探り社会貢献するとともに、その経験を学生自身の制作活動や人間的成長に効果的につなげていくことを目的とした学習である。
平成十六年度の特色GPに選定された「美大におけるサービス・ラーニングの実践―アートを通じた大学と医療・福祉施設との連携」では、専門教育の継続と同時に、分野を横断する実践的な教育を加えることで、「芸術の力が人間力を高める」教育を目指した。
女性の感性と知性に基づく新しい価値観を創り出せる人材を養成するため、美大の教育研究の一環として、「ヒーリング・アート・プロジェクト」を実施。医療・福祉施設での癒しについて、美術とデザインの領域から、社会との関わりや必要性を探った。また表現の可能性を創作と理論を通して学生自身が考え、分析し、芸術的感性と論理的思考力を育むことにより、自己の可能性を広げると共に社会性のある学習活動を目指した。
Ⅱ経緯と取組概要
1.ヒーリング・アート
ヒーリング・アートとは、「爽やかな気分になって、心が落ち着く効果を目的とした芸術」を意味する。絵画、彫刻、オブジェ、映像、インタラクティブ・アート、音楽など様々な芸術分野での表現手段が考えられる。また、ヒーリング・アートは環境芸術としての役割を果たす場合がある。建築プラン、インテリア・コーディネイト、カラー・コーディネイトなどとも関わりながら、環境計画の一部として、空間をどう演出すれば利用者の気持ちが和らぐ効果(ヒーリング効果)を作り出せるか。それが、アートを設置する時の基本になる。
従って、利用者という不特定多数の人間にとって、その空間がどうあるべきかを考えてアメニティ(amenity)を高めるアートを制作する点が重要となる。空間全体に配慮しながら、設置するアートの素材、表現、大きさ、設置場所などを考えていかなければならない。
病院などの医療空間や福祉空間でも、アメニティを考えた環境づくりの一環として、ヒーリング・アートは大切な要素になる。病院は、白く冷たいイメージがつきまとい、患者にとって大きなストレスの要因となっていると言われている。精神安静とストレス緩和を演出する環境づくりに焦点を当ててみると、アートの存在が必要不可欠である。
2.経緯
平成四年度より医療・福祉施設などに壁画を設置する活動を開始し、「ヒーリング・アートによる医療・福祉施設の環境改善の取組」を教育研究の一環として継続的に実施してきた。医療・福祉施設には、利用者の精神的なケアを考えたアートやデザインが必要と感じ、少しでも空間の環境改善に役立てられないかといった趣旨で「ヒーリング・アート・プロジェクト」を立ち上げた。
これまでに首都圏を中心として、約三〇箇所の病院や介護老人保健施設においてトータルコーディネイトと学生の共同制作によるヒーリング・アート作品の設置を実践してきた。
3.取組概要
大学と社会との連携を図り、その社会的意義を学生自身に考えさせるサービス・ラーニングとしての位置付けを重視し、平成十七年度からは「ヒーリング・アート・プロジェクト」をサービス・ラーニングの正規の授業科目として実施。芸術学部における取組の充実・発展を図っている。
従って実施は、計画書に基づき全学一体となった組織的対応を行い、正課との有機的連携に努めている。趣旨と内容は下記の通り。
○医療・福祉施設におけるアートによる社会貢献を目的としている。
○総合病院、介護老人保健施設などにおいて、ヒーリング(癒し)を目的とした作品制作、設置を実践する。
○ヒーリング・アートという観点から、医療・福祉施設の空間に関わり、その環境改善に役立てるというコンセプトによって進めていく。
○全学的に参加者を募り実施する、ボランティアによる学習活動であると同時にサービス・ラーニングの演習科目として位置付けている。
○グループによる共同制作を基本とし、トータル計画の立案、作品プランニング、作品制作、設置までの過程を進めていく。
○制作方法は、パネルにアクリル絵具による彩色やデジタルプリントなど現場に応じて提案していく。
様々な学科・専攻の学生がグループで取り組んだ共同制作による創作表現の体験は、協調性と目的意識を高め、また作品の質的向上と感性の広がりの充実を図ると同時に、美術大学の学生としての専門性を活かした社会貢献に対する意識向上につながっている。
また、他者や社会にかかわることで医療・福祉施設全体の抱えるアメニティの問題や、医療・福祉環境の改善の問題について知り、アートと社会の関わりについて理解を深めていくことが出来る。
作品制作、提出というプロセスに留まらず、実際にそれを医療空間や福祉施設の空間に展示することも、患者、入居者、家族、医療スタッフ、職員などからの生の意見、評価、反響を直接聞くことが出来、学生にとって充実感、達成感が得られる学習活動となって、学習意欲を向上させる契機にもなっている。(つづく)