特集・連載
教育改革
-2-地域貢献活動を学習に"サービス・ラーニング"の試み
学生の地域ボランティア活動に教育効果を織り交ぜた「サービス・ラーニング」という手法が注目を集めている。文部科学省の現代GPにおいても、同手法を冠したテーマで、数校が選定されている。サービス・ラーニングの特徴とは何か、日本で初めて取組を始めた国際基督教大学の、村上むつ子サービス・ラーニングプログラム担当講師・コーディネーターに寄稿して頂いた。
ICUのサービス・ラーニング
前回に紹介した「サービス・ラーニング」は、日本でもすでに取り組みが始まっている。全学的な方針として行われていなくとも、サービス・ラーニングという名称でなくとも、じわじわと浸透してきている印象である。例えば、地方の高校の先生には、サービス・ラーニングの趣旨に賛同し、教科や課外活動に自主的に取り入れている方もいる。また、大学では「地域との連携」という切り口から、あるいはフィールド・ワークのような形で、サービス・ラーニングあるいはそれに近い試みが教育の一環として模索され、実践されている。
日本の大学の中でいち早く取組み、パイオニア的な活動をしているのが、東京の三鷹にある国際基督教大学(ICU)である。私は縁があって、この数年間、同大学のサービス・ラーニング・プログラムのコーディネーターとして、また関連の座学授業を担当する講師として関わっている。その間に、全国の大学から、プログラムに対する問い合わせや、面談要請が絶える事なくあり、昨今のサービス・ラーニングへの関心の高さを実感している。
ICUは学生数が三〇〇〇人ほどのリベラル・アーツの単科大学である。その名前が示すとおり、戦後、日本と北アメリカのクリスチャンたちが、新生日本にキリスト教主義に基づいた、国際的な教育を授ける大学教育の場を求め、一九四九年に設立した。建学以来の理念は「神と人に奉仕する」人材の育成であり、リベラル・アーツ教育を通して、「責任ある地球市民を育む」ことを目的としている。キリスト教を母体としているので、「サービス」という概念が学内文化に深く受け入れられている。ICUでは四半世紀前から宗務部主催で、タイ北部の「タイ・ワーク・キャンプ」が運営され、毎年、歴代の学生が現地でボランティアとして教会建設に励んできた。このようなICUの風土があった事と、サービス・ラーニングが同大学にスムーズに根付いた事とは無縁ではない。
2つのサービス・ラーニング
一番の特徴は、学生のサービス活動が単位認定となる正規の履修科目として認められていることだろう。このような実習には、国際的な活動をする「国際サービス・ラーニング」と、国内で行う「コミュニティ・サービス・ラーニング」がある。両方とも、学生が非営利機関で実動三〇日以上、自主的に無償のサービス活動を行うのが基本となる。学生の自主性を重んじ、自分で受け入れ機関を探してくることを奨励するが、すでに実績のある機関には学内に設置された「サービス・ラーニング・センター」が紹介をしたり、仲介をしながら、各段階で学生をサポートする。
活動を始める前に、アドバイザーとして実習の準備や実際の様子などを監修し、最終的に成績を付与する教員を選び、その教員の了解を得て、大学には「事前登録」を行う。実際に、履修の単位や成績がつくのは活動が終了した後の学期である。期間が三〇日になるので、ほとんどの学生が夏休みに行うが、活動先が国内にある場合、学期中に一、二回活動し、秋休みや春休みに補足して必要日数に積み上げることもできる。
実習を支えるサービス・ラーニング科目として、三つの座学がある。実習が大学に相応しい「学び」に確実に結びつくように、活動の前には二つの履修科目(座学)、活動の後には「振り返り」を促す科目が一つある。実習とこれらの教室での準備や振り返りが一体となって、サービス・ラーニング・プログラムという名称にふさわしい内実を形づくっている。
ICUの同プログラムは、主に国際的に展開・拡大してきた。サービス・ラーニングの分野で築いてきたネットワークの、一〇校近くのアジア各国の大学に学生を派遣する機会が増えてきているためだ。今年度、サービス・ラーニングを実行した学生は五〇名程だが、八〇%が海外で活動を行った。アジア地域が中心だが、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカでの活動も入ってきている。学生が自分の関心分野で探してきた受け入れ機関で活動することも奨励され、活動分野は開発、人道援助、環境、福祉など多岐にわたる。
一方、「コミュニティ・サービス・ラーニング」の実習先は、三鷹市役所、興望館(墨田区)、アジア学院(栃木県)など、毎年のように学生が出向く機関もあるが、学生が自分で探してきた非営利機関(NPO、NGOまたは他の公共機関など)に受け入れ交渉をして活動にこぎつけるケースも少なくない。こちらも分野は、環境、福祉、医療、国際協力、教育、芸術、市民活動と多彩である。
ICUにおける経緯
履修科目に「サービス・ラーニング」という名称がついたのは、「コミュニティ・サービス・ラーニング」が開講された一九九九年である。翌年には、座学の「サービス・ラーニング入門」など三科目がスタートした。一方、国際関係学科ではすでに「国際インターンシップ」も一九九六年から始まっており、後に「国際サービス・ラーニング」と科目名が変わるが、実質的には海外での国際サービス活動体験を積み上げてきていたものだ。それが「サービス・ラーニング」という概念のもとに、一つのプログラムとして統合されてきたのだが、そのエンジン役になったのが、サービス・ラーニング・センターの初代センター長の山本和氏(現在、同校総務理事、同センター顧問)である。
国際関係学科の国際財務の教授に就任する以前には日本銀行、ユニセフなどで勤務し、豊かな国際社会体験を持つ。彼がアメリカで「サービス・ラーニング」が活発に行われている事を見聞きし、ICUの教育方針に相応しい教育手法だと確信し、同校に導入する道筋をつくった。
「サービス・ラーニングを体験すると、学生が元気になる」と山本理事は言う。参加する学生が教室で得た「知」を現場のサービス活動を体験することでより深い知識を得るので、「現実の問題にどう対応したら良いかに気づき、それによって現実の問題解決にあたる力と意欲を与えられる」と語る。今日のようにグローバル化が進む現代においては、日本の若い世代も異なる文化、言語、価値観を持つ他者と共に働き、奉仕し、リーダーシップを発揮していくことが必要になり、そのためにもサービス・ラーニングは有効だというのである。
彼の働きかけにより、二〇〇一年にはアメリカからサービス・ラーニングの専門家でもある社会学者を客員教授として招聘し、出揃った履修科目を強化し、プログラムの制度化をはかった。二〇〇二年には大規模な「サービス・ラーニングアジア会議」が開催され、国内外から三〇校の大学関係者が参加して、日本のみならずアジア地域でのサービス・ラーニング教育という文脈の中で、協力して推し進めることを確認した。同年秋には、全学的な取組みを進める機関として、学内に「サービス・ラーニング・センター」を設置して、今日に至る。
導入時の課題
サービス・ラーニングのように新しい教育手法を大学に導入する時に、国を問わず、大学を問わず、どこでも苦労するのが、学内でのコンセンサス構築、教員の参加の奨励、大学組織のなかでのプログラムの制度化、またプログラム運営コストや事務局のサポートだという。ICUでも様々な課題を乗り越えてきたわけであるが、同校だからこそ比較的、短期間の間に包括的なプログラムとして充実した要因もある。
まずは、前述のようにキリスト教の大学なので、「サービス」を行うことについて違和感はなく、大学として奨励する素地があったことがある。また、大学行政部トップが山本理事の精力的な働きかけに積極的に応え、トップダウンでサポートする動きが生まれ、国際会議の開催に進展した。また、学内ではすでに「コミュニティ・サービス・ラーニング」を西尾 隆教授(社会科学科・行政学)が担当しており、彼が山本理事やアメリカから招聘された客員教授とともにサービスについての深い理解を共有し、プログラムを推進してきた。チームとして熱意あるコミットメントを継続し、このプログラムに他の教員も巻き込んできていることは大きい。
西尾教授は二〇〇四年からセンター長として就任したが、サービス・ラーニングから得られるのは、「臨床の知―(哲学者の中村雄二郎氏の言葉)ではないかと問う。この言葉は医学の場面で、知識としての医学に対し、臨床でしか得られない「知」であり、「患者に寄り添うものの医療行為、介護、励ましなどの実践的な知の力」いわば、“分析の知”に対する、“総合の知”であり、社会変革に必要な力である、という。
このように進展してきたICUのサービス・ラーニング・プログラムにとって、更に画期的な出来事が二〇〇五年にあった。文部科学省の二〇〇五年度大学教育の「国際推進化プログラム」に採択され、同年から「国際サービス・ラーニングの展開と連携構築」事業を開始した。それまでは原則として学生を個々にサービス実習に出していたのだが、この採択を受けて、新しく「国際サービス・ラーニング モデル・プログラム」を、三年にわたって実施することも決まった。その第一回として、二〇〇六年の夏には、フィリピンのドゥマゲテ市において同地のシリマン大学とパートナーシップを組み、四週間のプログラムを行った。ICUやシリマン大学の学生は、提携関係にある他のアジアの大学からも学生を招き、合計六ヶ国から二〇人が国際チームを組み、現地の八つのサイトでサービスに従事した。活動内容は、住宅プログラム、竹クラフト事業、山村や海辺の村々での教育支援やコミュニティ活動、公衆衛生推進支援などである。同じようなプログラムを、二〇〇七年夏には南インドで、また二〇〇八年にはアフリカで実施する予定である。
今後の課題
プログラムが年々、拡大する中で、今後の課題としているのは、プログラムの内容や実績の評価、また教育手法としての同プログラムの研究、学内でのファカルティ・ディべロップメントの推進等である。
ICUのプログラムがそのまま、日本の大学すべてに応用できるわけではないが、このような形でのサービス・ラーニングは参考になる部分も多いのではないか。関心のある大学機関があれば、それぞれの大学の特性にあわせて、いちばん学生に「効く」、その大学ならではの、サービス・ラーニングのプログラムを作るのが望ましい。その過程は、ICUでもそうであったように、時には難題が立ちふさがることもあるかもしれないが、プログラムがもたらす実りは関係者にとっては余りあるものであることは間違いない。
*文中、初代サービス・ラーニング・センター長の山本理事、現センター長の西尾教授の意見はICUの「サービス・ラーニング研究 サービス・ラーニング入門」にもある。なお、プログラムの詳細は、同センターのウェブサイト(http://subsite.icu.ac.jp/slc/j/intro.html)にある。(つづく)