特集・連載
高等教育の明日 われら大学人
<76>入浴習慣・温泉医学を研究
東京都市大学人間科学部教授
早坂信哉さん
入浴で健康づくり提唱
入浴や温泉医学的研究 博士論文は「高齢者の入浴」
入浴習慣、温泉医学研究の第一人者である。東京都市大学人間科学部教授の早坂信哉さんは、自治医科大学医学部卒業後、地域医療の経験から健康に対する「入浴」の重要性を知る。その後、自治医科大学大学院医学研究科大学院で、入浴と健康について研究、医学的見地からの入浴による健康づくりを提唱。これまで、温泉と健康との因果関係の調査を行うなど医学的研究を重ね、温泉医学に関して講演する機会も多い。長年の入浴に関するユニークな医学研究が注目を浴びてテレビの「世界一受けたい授業」に出演したこともあった。一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長を務めている。大学では、医療・医学、特に公衆衛生、小児保健などを教える。「学生時代に様々な経験をしてほしい」と学生にエールを送る早坂さんに、これまでの歩みや入浴習慣、温泉医学の研究などについて尋ねた。
現在、入浴関連事故死は年間1万9000人と推定され、この防止は喫緊の課題となっている。これまでの温泉や入浴に関する研究は進みにくい環境にあったが、早坂さんは、この分野の研究に道を切り開いた。
1968年、宮城県仙台市に生まれ、多賀城市で育つ。多賀城市内の小学校、中校で学ぶ。仙台市のベッドタウンで、海も近い。「小学校の頃は、海で泳いだり、小川でザリガニを取ったり、野山で遊んでいました」
中学校は、1学年12クラスもあるマンモス校。「当時、荒れる中学が問題になりましたが、その通りでたばこを吸ったりする生徒もいました。クラブ活動は運動部には入らず、吹奏楽部でパーカッションを担当しました」
多賀城市は2011年の東日本大震災で大きな被害を受けた。「市内の3分の1が津波の被害を受け、多くの犠牲者が出ました。震災によって街の景色がすっかり変わってしまいました。私の家は高台にあり無事でしたが...」
「(勉強は?)国語も好きだし、文系も理系もとくに嫌いな科目はありませんでした」。進学校の県立仙台第二高校に進む。弁論部に入った。「弁論大会で、宮城県は捕鯨の伝統があり、捕鯨をめぐる日本と海外の考え方の違いを話した記憶があります」
自治医科大学(栃木県)に進学する。医者を志願したのは?「中学の終わりから高校入学の頃、目に見え、人の役に立つ仕事がしたいと考え、一つの選択肢として考えました。身近な地域医療に携わりたいと自治医大を志願しました」
「高校時代は勉強したほうではないかな」。現役で自治医大に合格。自治医大は、6年間、全寮制で、奨学金も月5万円支給された。卒業後9年間は出身地の医療機関での診療が義務づけられる。「学費がかからず、親孝行したと思いました」
「大学時代は、いろんなサークル活動に参加しました。音楽バンドを組んだり、精神医療の研究会に入ったり。旅行サークルに入って、夏休みには、一人で全国各地のユースホステルを泊まり歩きました」
医師国家試験に合格、1993年の卒業後、最初の勤務地は、出身地に戻り、国立仙台病院。「内科、外科、小児科、産婦人科、麻酔科などを回って研修しました」。2年間の初期研修のあと、登米郡東和町の公立米谷病院に内科医として赴任。
「医師3年目で、患者さんの病状などを自分で判断しなければなりません。内視鏡や超音波検査は自治医大に通って研修しましたが、この2年間は厳しかった」。岩出山病院で1年間勤務の後、「研究を深めたい」と自治医科大学大学院医学研究科に進む。
大学院進学が、温泉入浴に関わる転機となった。「地域医療学教室に所属。担当教授から研究テーマを求められ、それまでの調査などでは、高齢者の入浴事故の現状が明らかでないことや介護の現場でお風呂に入れる温度の判断基準がないことなどを知り、高齢者の入浴を研究テーマに選びました」
大学院の4年間は、地域診療も重複して行った。最初の1年間は、東日本大震災で大きな被害があった南三陸病院。「住んだ病院宿舎もなくなり知っている風景がみななくなりました」
大学院に進む前から温泉など入浴に係る調査を行ってきた。最近では、静岡県熱海市と連携した温泉と健康との因果関係の調査では、温泉を引いている家庭では、降圧剤を内服している者の割合が少ないことがわかった。
「おんせん県」として名高い大分県の県庁職員3900名を対象にした調査で、温泉入浴による体調の変化を自由に回答してもらったところ、最も多かったのは「温泉に入ると夜良く眠れる」で回答者の20%に上った。
早坂さんが監修した「入浴のタイプ別診断調査」では、安全かつ健康な入浴は"時間10分以下×温度40℃以下"の「健康手抜き風呂」。これを実践している人は約2割で、頭痛や便秘、薄毛、冷え性の悩みも少なかった。41℃以上の「江戸っ子風呂」・「熱中症風呂」の人ほど高血圧という結果も出た。
博士論文は、「高齢者の入浴」。異色のテーマで、どこで発表するかで悩んだという。戦前からの歴史ある『日本温泉気候物理医学会』という学会があるのを知った。「論文と親和性があり、発表も理解されたのではないでしょうか」
「博士論文は、実験が重んじられますが、私は、疫学調査をもとに書きました。実験室もなく研究できるテーマで、入浴事故は、高血圧が命取りになるという話がテレビ等で報じられていたし、硬い論文にお風呂も出てくるので注目されたようです」
自治医大大学院を修了して博士(医学)を取得。大学院修了後の3年間は、蔵王の麓にある七ヶ宿町国民健康保険診療所。
「人口2000人、雪深い町で、町内に医者は私1人。家族を連れて赴任しました。高齢者も多く、吹雪の中、往診したり、夜も正月も診療しました。つらかったが、やりがいもありました」
浜松医科大学医学部で講師、准教授になり、そのあと大東文化大学教授に。2015年から東京都市大学人間科学部教授を務める。
人間科学部の児童学科で、保育士や幼稚園教師をめざす学生たちを教えている。「子どもの健康について講義をしています。子どもの食と栄養や公衆衛生などがメインで、将来の保育士や幼稚園教師に体得してもらいたい授業です」
「研究面では、子どもの健康にとって生活習慣は大切。様々な生活習慣と健康の関係について、主に疫学的・統計学的な手法で幅広く研究をしています」
今の学生について。「私は、地方の高校で大学進学など危機感を持って学んでいた気がしますが、今の学生は、家庭も裕福で就職も売り手市場だし、危機感があまり感じられない。勉強はもちろんだが、アルバイトもほどほどにして自由な時間をつくって、いろんな経験をしてほしい」
自身のこれから。「東京都市大学に来て四年になります。昨年11月に大学の総合研究所に子ども家庭福祉センターが設置されました。保育士や幼稚園教諭も現場で悩みや疑問を抱えています。これを集めて科学的手法で研究して成果を出したい。本学には工学部もあるので協力して児童の保育器具の開発なども手掛けたい」
温泉医学などの研究は?「現在、東海大学とともに、入浴事故の減少や適切な温泉利用を目指し、Twitterの発信情報を基に、温泉が心身に与える影響について調査を開始。利用者の多いTwitterを活用して、多くのデータを集めて適切な温泉利用に生かしたい」
温泉は好きですか?「大学が栃木で、那須、塩原、鬼怒川といった温泉が身近で、時間があれば『温泉でも行こうか』となった。9年間の研修をした宮城も温泉があり、よく通いました。宮城時代は、遊びでなく調査研究が主でしたが...」
最後に、入浴健康法をアドバイス。新社会人にとって新生活が始まるシーズン。「環境の変化による疲れやストレスが溜まりがち。忙しくストレス解消の時間も取りにくい時期なので、毎日の入浴時間で効果的に解消していきましょう。交感神経の高ぶりを抑えて副交感神経を優位にする簡単な方法は、『ぬる湯に15分の全身浴』です」。「温泉博士」の異名は伊達ではない。
はやさか しんや
1968年生まれ。宮城県出身。93年、自治医科大学医学部卒業後、地域医療に従事。2002年、自治医科大学大学院医学研究科修了後、同大学医学部総合診療部、大東文化大学スポーツ・健康科学部教授などを経て、現在、東京都市大学人間科学部教授。一般財団法人日本健康開発財団温泉医科学研究所所長。博士(医学)、温泉療法専門医。専門分野・テーマは、医療・医学、特に公衆衛生、小児保健、産業保健、疫学・統計学、地域医療、総合診療、温泉医学、入浴医学など。著書に、『たった1℃が体を変えるほんとうに健康になる入浴法』(KADOKAWA)、『入浴検定 公式テキスト お風呂の「正しい入り方」』(日本入浴協会)。