特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<170>愛知東邦大学
学生の夢実現、地域と共に
自立した職業人育成 きめ細かな少人数教育
学生の夢を実現し、地域と共に歩む。愛知東邦大学(榊 直樹理事長・学長、名古屋市名東区)は、2001年に開学した新しく小さな大学。その淵源は、1923年に開校した東邦商業学校である。現在、経営、人間健康、教育の三学部で、他者から真に信頼される能力と人格を持つ、自立した職業人を育成している。初年度からマンツーマンでのきめ細かな少人数教育や充実したインターンシップ・実習によるキャリア支援などが特長。地域との連携に基づく「就業力育成教育プログラム」の展開や沖縄県の学生を受け入れ、沖縄に就職する「Uターン留学」など新機軸を打ち出す。学生一人ひとりを大切にする校風の中で、「規模が小さい分だけ、学生ときめ細かいコミュニケーションを図り、それぞれの思いや夢、個性を尊重する教育を実践。地域との連携もますます強めていきたい」と語る学長に学園の歩みなどを聞いた。 (文中敬称略)
2001年開学3つの学部 新しく小さな大学
キャンパスは豊かな緑に囲まれた丘陵地にある。新設されたラーニングコモンズ棟がまぶしい。同法人の設置する東邦高等学校も隣接。同高校野球部は、春のセンバツで4回全国制覇を達成した全国屈指の野球名門校である。
学長の榊は、中央大学法学部卒業後、毎日新聞記者となり、政治部副部長、論説委員を歴任。2006年に曽祖父の創設した東邦学園に転じ、08年から愛知東邦大学理事長、15年から学長に。「大学人になる迷いはなかった」と話した。
「若い頃から憧れた職業がジャーナリスト、政治家、教育者。私の中では繋がっていました。実社会で培ったものを生かす機会が訪れたと感じました。記者時代も教育者としての今も原点は同じです。誰もが一人の人間として尊重され、認め合い、一人ひとりが社会を支えていく世の中にすることです」
続けて、自身の大学論を繰り広げた。「東京などの大規模大学は情報、人脈、予算、学生募集などあらゆる面で優位な立場にいます。小規模な大学は、同じようにコストがかかるのでどこも苦労しています。戦後の日本の発展の原動力となった中間層を支えてきたのは中小規模の大学。いま、中間層が崩れつつあるが、誰が支えるのか。日本の大学生の7割を占める私学への支援は、特に小規模校への支援を手厚くしてほしい」
愛知東邦大学の前身の東邦商業学校は、1946年、東邦中学校(旧制)を開校。48年、新学制の発足と同時に、東邦高等学校と新制東邦中学校を設立。65年、東邦学園短期大学(商業科)を開学した。
「東邦商業学校の創立者は中部財界の重鎮で、政治家としても活躍した下出民義先生。先生の掲げた建学の精神『真に信頼して事を任せうる人格の育成』と校訓『真面目』は、不朽の柱です。全教職員が『All for you 成長を、支えるチカラになる』をモットーに学生と接しています」
2001年開学の東邦学園大学は、経営学部(地域ビジネス学科)の1学部だった。07年、大学名を現在の愛知東邦大学に改称。人間学部(人間健康学科・子ども発達学科)設置。08年、東邦学園短期大学を閉学。
14年、教育学部(子ども発達学科)を設置。16年、経営学部に国際ビジネス学科を開設した。現在、3学部に1246人の学生が学ぶ。
3学部の学び。経営学部は、2学科。地域ビジネス学科は、4コースで、地域連携を重視し、アクティブな授業を展開。「大きく変化するこれからのビジネスシーンを見据えて、東海地域に根ざし国際的にも活躍できる人材を育てます」
国際ビジネス学科は、海外でのインターンシップがある。「モノ作りの中心・東海地域には世界とつながる企業が多い。この地域で働く上で、グローバルな能力が必須と考えています」
人間健康学部は、学生一人ひとりの目標が達成できるよう、専門分野の教員による実践的な演習・実習を多く取り入れている。「卒業後は、各種スポーツ指導者、中学・高校の体育教師、福祉の視点にたった健康づくり指導者を育成します」
教育学部は、「表現力」豊かな保育士・幼稚園教諭・小学校教諭を養成。「サービス・ラーニングを展開。正規の授業で、2年次以降に実施される保育・教育実習の事前準備としても位置付けています」
「就業力育成教育プログラム」は、自ら学ぶ、仲間と学ぶ、体験的に学ぶ、社会で学ぶ教育を、入学から卒業後までの全学的なサポート体制のもとに進めてきた。プログラムの中核となるのは、PBL(Project Based Learning)。
教育学部が導入した「サービス・ラーニング」が代表的。「運動会や授業参観など機会がある度に地域の小学校を訪れ、教員の手伝いをする中で『教師になる』という実感から育てる教育に取り組んでいます」
「Uターン留学」は、4月から沖縄の読谷村との間で始めた。読谷村は沖縄本島中部の中頭郡に属する村。人口4万人を超え、日本の村としては最も人口が多い。Uターン留学とは?
「読谷村は本学の野球部のキャンプ地で、村長との話で実現しました。地元の高校と村長が推薦した学生を受け入れ、1年に2回、読谷村に戻って自分に合った仕事でインターンシップを行い、卒業後は読谷村に戻って仕事に就いてもらおうというもの。本年は1人入学しました」
読谷村からの入学生は、昨年開設した「ラーニングハウス」に入居する。「6人1部屋。地方の学生が集まり、にぎやかな寮になればいいと思っています。学生は別途ゲストハウスも運営します」
就職力。独自のキャリア形成プログラムがある。文科省から認定された就職合宿である。「就活のポイントであるエントリーや自己PR,志望動機、面接などを短期集中型合宿で身に着けます。学生自らを変え、大きく成長させます」
就職合宿とともに、「東邦STEP」という公務員を目指すプログラムがある。「就職予備校に通わず、学内でプロの講師による授業が受けられます。1年次からじっくりと実力を培います。独自の奨学金制度で授業料と東邦STEP受講料を給付します」
社会・地域貢献活動は活発だ。地域に開かれた大学としてコミュニティーカレッジは人気だ。「地域創造研究所は、地域防災について研究会を開催。学術的な研究にとどまらず、地域の住民の参加を得て減災に降り組んでいます」。中小企業のための若手社員活性化プログラムは文科省から認定された。
Jリーグの名古屋グランパスのクラブパートナー。「地域連携PBLなどを通して教育連携を深めています。夏季休暇にJリーグの試合運営やガールズサッカーフェスティバルへのコーチ派遣など学生は社会経験を積んでいます」
クラブ・サークル活動も健闘している。硬式野球部、男子と女子のサッカー部、吹奏楽団の四つは強化指定クラブ。「自分たちの目標に向かい、学部学年を超えて繋がり、協力し合い、全国大会での活躍を目指しています」
大学のこれから。「本学へ入って、自分らしさを取り戻せた、と言う学生がいた。学生にささやかな自信をつけさせ、誇りを持たせることが大事だ。これからも、教職員が一丸となって実社会を踏まえた実践的、体験的な教育を重視し、心身ともたくましさも身に付けた学生を育てていきたい」
さらに、少子化時代、大学の生き残り策を問うた。「高等教育の入学者は50%台で、まだまだ希望者はいる。この予備軍に手を差し伸べるのも大学の役割ではないのか。さらに、留学生を増やすことも大事だし、本学が始めた社会人対象のミニ大学院など生き残る道は残っている。ともかく、日本社会を支える中間層を維持することを軽視すべきではない。この中間層を輩出してきたのは中小規模大学なのです」
最後は大学論に戻った。新聞記者出身の理事長・学長の榊は、すっかり大学人になりきっていた。論客として、実践者として。