特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<175>相模女子大学
都市と地方が学生介し繋がる
学園祭では食を通じて地域に貢献
神奈川県相模原市は、同県内横浜市、川崎市に次いで第3の人口を擁する。都心まで鉄道で1時間弱。東京のベッドタウンという側面が強く、また、西部を相模湖や丹沢山地で占められる自然豊かな地域でもある。その南の玄関口となるのが小田急線相模大野駅であり、駅から徒歩10分に相模女子大学(風間誠史学長)が立地している。学芸学部、人間社会学部、栄養科学部を擁し、学生数約2998名、教員数119名(2016年5月1日現在)の都市部の小規模大学である。同大学は、日経グローカル誌が毎年行う「地域貢献度ランキング」において、全国女子大学で5年連続第1位となっている。その取り組みについて、本橋明彦大学事務部長、有田雅一連携教育推進課長に聞いた。
●地域連携活動に熱心な女子大
相模原・町田地域では、2002年に大学地域連携方策研究会が発足し、近隣大学間や自治体、NPOの連携が模索された。その後、名称を現在の「相模原・町田大学地域コンソーシアム」に代え、代表と事務局は2007年から相模女子大学が務めるなど、相模原市と相模女子大学の繋がりは特に強いと言えよう。市と大学は独自に包括連携協定を結び、相模原市ボランティア認定制度を設け、市内での公益的な活動に参加した学生を表彰するなど積極的な連携活動を展開している。
息の長い公開講座である「市民大学」は、1965年から始まり約50年も続く相模原市と同大学の代表的な連携事業であり、全国的に初めての試みでもあった。各所で連携活動を行っているせいか、同大学は「産学連携の常連」というイメージを持たれているようで、実に多くの連携オファーがあるという。特に、食品系企業との新商品開発では、味付け、マーケティング、パッケージデザイン、販売まで全て学生が担える学部構成(短期大学部食物栄養学科も含む)でもある。
例えば、大学内で収穫した梅を用い、地元の久保田酒造と協同で開発した梅酒や、やはり梅を用いたケーキの開発、ホテルと共同開発した弁当などなど。一方、相模大野において、子供が楽しみながら仕事体験をしたり社会の仕組みを知る「こどものまち」プロジェクト、「海外に子ども用車いすを届けよう!」プロジェクトなど国内外で多種多様な取り組みを行っている。
学校法人相模女子大学では、2013年に「Sagami Vision 2020」をとりまとめ、これに基づいて「中長期計画」を策定した。スローガン「見つめる人になる。見つける人になる。」に込めた思いは、まさに先述のように学生が学外に飛び出す後押しとなった。この中で「社会連携教育の推進」を明記し、教育の重要な柱の一つに据えた。また、2008年に行った学部・学科改編が、より実学志向へと大学の雰囲気を変えた。事務組織の「連携教育推進課(社会連携推進室)」が、これらの取り組みを支えている。「本学の教員は、実学やフィールドワークを重視していますから、社会連携には前向きな雰囲気はありました。また社会連携推進室の職員はよりフットワークが軽いメンバーが多いですね」と本橋部長は述べる。谷崎昭男理事長(前学長)も風間学長も地域連携教育には非常に積極的で、自ら農作業を行っているという。こうしたトップの理解も重要であろう。
●全国に展開する課外プログラム
近隣での取り組み以上に、特筆すべき地域協働活動がある。
同大学では、年間を通じて週末、あるいは、長期休暇中、全国の地域に入り込み3日~1週間程度過ごす課外プログラムを実施している。地域により年に数回、一度に5名~40名程度の学生が現地を訪問する。積極的に関わるのは全学生の3割強。「正課や義務ではなく、あくまで課外活動ですので、やる気のある学生しか参加しませんが、だからこそ、一人一人が熱心です」と本橋部長は述べる。
元々は、社会マネジメント学科の学生向けに三重県・熊野で体験プログラムを行っていたもので、平成20年度に文部科学省「質の高い大学教育推進プログラム」に採択されて全学プログラムとなり、同時に農林水産省の「田舎で働き隊!(現・地域おこし協力隊)」に全国で初めて女子大生が参加したことや、数名の教員の研究フィールドと結びついて連携地域が拡大した。現在は、福島県本宮市、北海道標津町、京都府和束町、長野県生坂村、三重県熊野市、群馬県富岡市・沼田市、新潟県佐渡市、福岡県糸島市で、農業体験や特産品の販売、伝統芸能体験などを行う。公民館で寝袋に寝たり、民家に宿泊したりと、地域によって体験内容は様々である。中でも本宮市は同大学専用の農地を用意してくれた。「マーガレットファーム」と名付けられたこの農地で、学生たちは農業体験を行う。佐渡市では、伝統芸能である「鬼太鼓」を学び、毎年8月13日に開催される「たかち芸能祭」で島民に披露する。
この課外活動プログラムは、『マーガレットスタディ』という名称で学習プロセスが体系化されており、①自己分析・目標の設定、②地域フィールドで実践、③活動の振り返り、④スキルの補強、そして、①に戻るというサイクルによって学生たちは発想力を養っていく。「関わろうとする意欲は高いですから、飛躍的に成長する学生が多い」と有田課長。
プログラムは学生自身が地域のキーパーソンと連絡を取って行う。各地域の自治体と連携協定を結ぶことはあっても、実際に学生の受け入れをコーディネートしてくれるのは、農家や民宿の協議会や生産団体のトップといった地域のキーパーソンである。「彼らとの信頼関係の構築こそが最も重要です」と本橋部長は述べる。逆に言えば、こうしたキーパーソンが地元の活性に熱心であり、学生に可能性を見出してくれるからこそ、実現できる取り組みなのである。本宮市は高松義行市長が熱心で、学生の訪問時に必ず、市長、副市長、教育長が迎え入れてくれるほど。高松市長は学生の顔と名前を覚えてくれていて、「この前、発表していた〇〇さんだね」と気軽に声をかける。市長たちとの会話を通じて、学生も度胸がつく。成長のきっかけはいたるところにある。
●特産品を学園祭で販売
有田課長は説明する。「地域の方々は決して悲観的ではありません。都市部の人たちが思っている以上に元気で楽しそう。何か新しいことをしなければ、あるいは、したいと思っています」。教職員が固い話をするのではなく、女子大生が地域の人たちの懐に飛び込み、一生懸命に取り組みながらも無邪気に「楽しい!」と笑う。地域の人たちは彼女らの素直な姿勢や成長する姿を見て、「まるで娘ができたようだ」とやりがいを感じ取るのではないか。新事業自体をそうやって一度始めてみると、案外うまくいきそうだと分かる。結果、「来年もやりましょう」という連絡が地域から大学側に入る。
「学園祭「相生祭」では地域物産展を開き、各地域の名産物が勢ぞろいします。地域と地域を食で結び、食を通して地域の活性化をめざすイベントです。2017年で第10回を迎えます。今では2日で2万人の来場者があります。各地域でお世話になった学生が、来場者に地域を紹介します。この物産展を楽しみにして頂いている来場者は多く、長蛇の列ができることも。地元新聞の折り込みに案内を入れているので、宣伝効果は十分にあります」と本橋部長。この場で交流した全国の地域や企業がさらにコラボして新商品の開発に繋がったケースもあるという。
在学中に何度も訪問し、地域の人たちと交流することで、学生たちも大きく成長し、あるいは、学習意欲に火が付く。地域側も女子大生ということで、警戒のハードルを下げ、「また来なさい」と受け入れてくれる。一度ならず二度三度、リピーターとなって同じ土地を訪れ交流を深める理由について、風間学長は、「そこに都会では見えてこない、人の営み、本来の生活があるから(「大学案内」)」だと考察する。今やこの教育は同大学の看板プログラムになりつつある。
女子大学ということで、保護者から不安の声はなかったのだろうか。本橋部長は「当初より全く保護者からの心配の声はなく、むしろ積極的に関わらせたいという方もいらっしゃいます。現在は取り組みが知られてきたので、それを理解している入学者がほとんどと言えます」と説明する。学内の教員への取り組みの浸透度もほぼ完了している。
●第二の故郷を持つということ
同大学の取り組みから、都市部からの地方創生が見えてくる。
一つ目に、「第二の故郷」という長期的な関わりである。同大学では、第四のポリシー「キャリア形成支援ポリシー」を制定し、この取り組みをその中に位置付けている。コミュニケーション力や意欲といった非認知能力の獲得はもちろんであるが、地域の人たちと交流することで、自分の人生や生き方は都市部だけではない、ということに気付いていく。現地に就職した卒業生もいるし、結婚をした卒業生もいる。結婚して子供が生まれて家族で毎年訪問する卒業生もいる。卒業生が佐渡の人たちと連絡を取り合いって「たかち芸能祭」で集まっている。「第二の故郷」を持つことは、これからの日本で「人生の豊かさとは何か」を考える上で重要なことではないだろうか。
二つ目に、都市と地方が学生を介して繋がるということである。相生祭での物産展の拡大版として、小田急百貨店町田店と連携して年に一度、「相模女子大学地域連携フェア」を開催、やはり各地域の物産を販売している。「プロのマーケターが物産の売り方や見せ方をアドバイスします」と述べるように、地域の物産をいかに都市部で魅力的に販売するかを小田急百貨店町田店と協働していく。
都市部の大学の地元の百貨店・スーパーなどと連携して、当該大学が繋がった地域の物産を直販するルートを確保する。地域は販売促進に繋がり、百貨店やスーパーは企画が得られる。大学は、そこに学生が絡むことで実践的な学びに繋げることができる。地域・大学がwin-winで繋がるのである。さらに踏み込めば、全国地域への旅行プランを学生が企画・ツアーガイドをして、都市から各地域に滞在する施策を推進することも考えられよう。
同大学は、東日本大震災後の本宮市の農産物を相模大野駅前で販売し続け、風評被害の払しょくにも貢献し、高松市長も視察に訪れた。学生が地域間を動くことで都市と地方が繋がり、そこに物流が生まれる。これこそが、大学が行う地方創生モデルでもあろう。
「地域の人たちもまた、学生たちによって少しずつ意識が変化していきます。人の意識の変化こそ、まちづくりに重要ですから、地域活性にも本学は役に立っていると考えています」と本橋部長。学生の変化ももちろんだが、最近では、地域のためにこれがしたい、という学生の主体的な気持ちと行動を支援するプログラムを行っていくという。
まさに、相模女子大学の学生は「地域を見つめて、できることを見つける」のだ。