特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<78>地域の健康づくり支援
学生ボランティア活発 人生設計できる就職支援
仙台大学
体育学部の単一学部の大学で、様々な学科・コースを設置している。仙台大学(朴澤泰治学長、宮城県柴田郡柴田町)は、企業等における健康管理・健康指導の企画・実施担当者の育成、各種の運動機構等における実技指導者、学校体育の指導者を養成している。建学の精神「実学と創意工夫」を基盤に据えつつ、「スポーツ・フォア・オール」を新たな基本理念に定めた。「スポーツは健康な人のためだけでなく、すべての人に」を志向する。地域の健康づくりの支援と、一人ひとりがしっかりと人生設計できる就職支援体制が特長。2011年の東日本大震災の被害から立ち直りつつある。競技スポーツにも力を入れ、ボブスレー、リュージュ、スケルトンなどの競技に五輪代表選手を数多く輩出している。「学生・卒業生から五輪メダリストを出したい」という学長に、学園の歩み、現状とこれからなどを聞いた。
(文中敬称略)
基本理念 スポーツ・フォア・オール
「スポーツ・フォア・オール」について、学長の朴澤が語る。「乳幼児からお年寄りはもちろん、寝たきりのお年寄り、トップアスリートまで。楽しんで、身体的ハンディキャップを克服しながらスポーツをする人、スポーツを観ることが好きな人、男女を問わず、すべての人を対象にスポーツを科学的に探求することを『スポーツ・フォア・オール』という言葉に託しています」
仙台大学の淵源は、創始者の朴澤三代治が1879年、仙台市本荒町に創設した松操私塾である。革新的な裁縫一世教授法として知られ、裁縫教員養成等に携わった。戦後の1948年、学制改革に伴い、朴沢女子高等学校(1992年に明成高等学校と改称)を設置。
仙台大学は、1967年に開学(体育学部体育学科)。95年、健康福祉学科を増設、98年、大学院修士課程を開設(スポーツ科学研究科スポーツ科学専攻)。
建学の精神は、松操私塾の「創意工夫と先見性をもって実学を志し、実学に根ざした人格形成と人材育成を図る」の理念を受け継いだ。「社会で充分活動できるための知識と技能力を鍛えた心身ともに健康である人間をつくること、このため心身の健康育成を重視した教育を実施しています」
2003年、運動栄養学科、07年、スポーツ情報マスメディア学科、11年、現代武道学科と相次いで学科を増設。現在、5学科に2432人の学生が学ぶ。
一連の学科増設について。「運動栄養学科は、主に運動に関わる栄養士を、スポーツ情報マスメディアは、情報戦争になっているサッカーやバレーボールなどの競技に対応、現代武道学科は、就職のさい、警察消防といった公務員だけでなく、安全安心を仕事にする民間企業を想定しました」
学び。コース制を取り入れている。体育学科には、スポーツコーチング、スポーツトレーナー、スポーツマネジメントといった各コースがある。
「体育学部という単一学部のなかに様々な学科・コースを設置することにより、競技技術や知識はもとより、様々な領域の専門的な知識・技術を獲得し、スポーツ指導面でそれぞれの領域も分担・担当できるスポーツ指導者の育成を目指しています。
これを補完するものとして、学生が興味を持つそれぞれの競技種目ごとに、学年を超えた授業クラスを設置。スポーツを通じて人間関係の形成も含めた幅広い現代的教養を身に付けています」
あの東日本大震災では、3人の学生が犠牲になった。学内に建立された慰霊碑の碑文には、こう刻んである。「時代を担うべく学に勉めんと本学に籍を置きしに志むなしく生を終え本学の礎となりし御霊をここに慰めん」
大震災の「災害ボランティア活動報告書」(2012年3月)がある。教職員、学生によるボランティア活動、活動実績、大震災の各種資料が載る。学習支援のボランティア活動した健康福祉学科の女子学生の所感が目にとまった。
「活動を通して、どんな児童でも、様々なことを知りたい、わかるようになりたいと思っていて、それを手助けできるのが教師であることに改めて気が付きました。子どもたちに学ぶ喜びを感じさせ、共に成長していけるような教師になりたいと言う思いが一層強くなりました」
仙台大学女子バレー部へのお礼状。「生徒たちは、みなさまがひたむきにボールを追いかける姿を目のあたりにしました。被災した子どもたちに勇気と活力を与えてくれました。これは、いつの日か、この町を復興させる強い力になると確信しています」(石巻市の中学校バレーボール部顧問)
地域貢献では、教育・医療・福祉の分野で健康に関わる指導者を目指す学生が多い特徴を活かしている。東日本大震災後は、健康づくり運動サポーターの資格を持つ学生たちが女川町・亘理町などの被災地に赴き、仮設住宅生活の方々に廃用症候群や孤独死を防ぐ運動指導のボランティア活動を行っている。
就職について。「中高の体育の教員になりたいという学生が多い。しかし、少子化もあって希望通りにはいかないのが現実です。教育の質を保証しつつ、もうひとつの付加価値をつける意味から学科も増やしました」
平成24年度の就職実績。就職希望者399人のうち内定は372人、内定率93.2%。就職先は、教員(臨時含む)51人、公務員・公的施設46人、スポーツ関連36人、医療・福祉27人、栄養系15人、一般企業186人。
「ここ数年、高い内定率を維持しています。スポーツ関連、公務員や教職への就職はもとより、学科ごとに身につけた技術や知識を活かした分野や、一般企業では販売、サービス業界を中心に様々な分野へ進んでいます」
海外の大学と交流盛ん
国際交流も盛んだ。スポーツ科学を中心とした分野で中国・韓国・フィンランド・ドイツ・アメリカ・タイ・パラオ・ベラルーシ、前年度からデンマークやベトナムなどの大学等と交流を深めている。「日常の大学生活から離れて未知の世界を経験することは、既成概念を打ち破り、新たな視点を切り拓くきっかけになります。国際感覚を身につけ、国境を越えて人々をつないでいく人材を育てていきたい」
近年、問題となっているスポーツにおける暴力、体罰について。「今、スポーツ指導における暴力(体罰)が解決しなければならない大きな課題になっています。もとより、スポーツ指導面において、暴力(体罰)は決して許されるものではありません。
今日、スポーツ指導でも、単に競技技術や知識だけでなく、人間の心理、栄養、怪我の防止など様々な専門的領域の関与や機能分化が必要になってきました。こうした方向性が暴力(体罰)問題を解決する糸口になるかもしれません」
こう付け加えた。「本学のような体育系大学は、スポーツマンとしての良き人格を体得することがベースにあります。スポーツ指導と暴力といったスポーツ界の大きな課題の解決を託されており、前向きに取り組んでいきたい」
大学のこれからを聞いた。「中教審は、大学教育の大きな目標を、予測困難な時代、生涯、学び続け、どんな環境においても “答えのない問題”に最善解を導くことができる能力を育成すること、を指摘しています。
人間社会の様々な場面で生じる“答えのない問題”あるいは“解決が難しい問題”にぶつかったとき、その都度、最善解を導くことができる能力を身につけた学生を育てていきたい」
地域に研究成果還元
こう付け加えた。「スポーツはもともとグローバルであり、実践科学なのです。その実践の場として地域は密接不可分です。『オール』の対象である地域社会に教育研究の成果を還元していきたい。これからも地域と共にある大学でありたい」。朴澤の思いは、「スポーツ・フォア・オール」に帰るのだった。