特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<37>日本橋学館大学
「人間力」溢れた学生を育成
初年次教育と少人数教育が柱 実学と教養の統合目指す
建学の精神は「質実穏健」。「剛健」ではなく「穏健」としたのは、「飾らない真面目な姿勢で、常識をふまえて冷静にものごとを進められる人」を育てていきたいという願いから。日本橋学館大学(横山幸三学長、千葉県柏市)は、明治37年に東京・日本橋地区の子女を教育すべく設立された日本橋女学校がルーツである。「実学と教養の統合」が教育理念で、自由な心で主体的に生きるための「人間力」を高めるリベラルアーツ教育を行う。特長は、「教員の目が学生に行き届く少人数授業と、学ぶ意欲を伸ばす独自の履修システム、万全の学生生活サポート」だという。昨年秋、一部週刊誌に恣意的な記事を書かれて教職員、学生、卒業生らが悲しい思いをした。しかし、毅然たる態度で対応、それを乗り超えた。「これからも『人間力』溢れた学生を育てていきたい」という学長に日本橋学館大学のこれまでの歩みとこれからを聞いた。
(文中敬称略)
建学の精神は「質実穏健」
日本橋学館大学が千葉県柏市にある理由(わけ)から入る。同大教授で日本橋学研究所所長の五藤寿樹が同大のHPに記述している。要約した。
〈日本橋学館大学は、明治22年、日本橋地域で安田善次郎、三越得右衛門らが設立した日本橋区教育会が設立の母体。日本橋区教育会は、明治37年に日本橋女学校の設置を決議し、明治38年から学校運営を開始する。
昭和15年(1940)、日本橋区議会は、千葉・柏の地に区民健康施設を設置することを決議。この時に本学にも使用権が与えられる。昭和26年(1951)、中央区は、この施設を中央区立柏学園とした。
本学は、昭和62年(1987)、この地に日本橋女学館短期大学を設置。そして、平成12年(2000)に、男女共学の4年制大学、日本橋学館大学(人文経営学部1学科)を設置して現在に至る〉
2004年、人文経営学部を3学科(人間関係学科、国際経営学科、文化芸術学科)に改組。09年、人文経営学部をリベラルアーツ学部(総合経営学科、人間心理学科、総合文化学科)に改組した。460人の学生が学ぶ。
学長の横山が学部改組を語る。「06年に着任、中堅若手教員を集め将来計画委員会を立ち上げて検討。前年に中教審が機能別分化のひとつとして総合的教養教育をあげました。大学院もない小さな大学として進むべき道は、リベラルアーツ教育であると舵を切りました」
横山は、前職の筑波大学時代から「学部教育は教養教育で、専門は大学院」が持論だった。「人文経営学部が7専攻あって教員も多彩でバラエティーに富んでいたこともリベラルアーツ学部にした理由です」
こう続けた。「91年の大学設置基準の大綱化で教養教育が崩壊しましたが、いま復活の兆しがある。教養教育をしっかりやり、社会に役立つ人間を育てたい。本学は、実学と教養の統合が教育理念。自由な心で主体的に生きるための人間力を高めるリベラルアーツ教育を目指しています」
日本橋学館大のリベラルアーツ教育とは?「教育目標を設定します。①基礎力を固める、②専門性を高める、③幅広い教養を身につける。この教育目標に基づきながら、社会人基礎力とも言える体力、コミュニケーション力、気力、知力、実践力を備えた『人間力』を4年間で培うのです」
学びの特色は3つある。ひとつが少人数教育。「一人の教員に対する学生の数は、現在13人強です。教員との対話の中から、これまで気づかなかった自分の可能性を発見することだってあるかも知れません」
2つめは、コース制度とクロスオーバー履修。「多彩なコースを参考に、自分自身の関心で科目を選ぶこともできます。クロスオーバー履修は、専門以外の分野に好奇心を持ち、授業を通して広い視野と柔軟な思考力を身につけられる」
3つめは、キャンパスライフのサポート。「ゼミ選びや将来の進路などの相談に教員が対応。多感な大学時代の悩みや問題について一緒に考え、解決へと導いてくれる学生相談室のカウンセラーも頼りになる存在です」
1年次の「初年次教育」プログラムでは、履修の方法やパソコンの操作など、大学生の基礎的な能力を習得する。基礎力リテラシー(読み書き能力)は選択科目で、入学直後のテストで点数が低かった学生に受講を薦めている。
週間誌が恣意的報道
この基礎力リテラシーが週刊誌に恣意的に取り上げられた。同大HPで公表しているシラバスの中から、基礎力リテラシーの英語、数学、国語が中学生レベルだと、あたかも全員がABCの書き方から勉強するかのように書かれた。「売らんがための刺激的な見出しが新聞広告で使われ、遺憾に思い、記者に説明。翌号で、本学の主張を記載、日本の高等教育の実状を踏まえての教育で、教育評論家や企業の採用担当者らからも本学の教育が支持されている内容になっていました」
学生は一時、実態を理解しない、心ない報道に心を痛めましたが、市民や高校の先生、卒業生らから激励のメールなどが届いた。「大変心強く、本学の教育に確信を持ちました」。精神保健福祉士として民間企業で障がいのある方の就労支援をする卒業生のメール(要約)を紹介する。
〈中学時代は不登校で、あまり勉強していませんでした。しかし、生きづらさを感じた自分自身を振り返り、高校時代に心理学に興味を持ち、日本橋学館大学に入学。ゼミでは岩崎先生にお世話になり、友人がたくさんできました。
母校がここでよかった
精神科医師である岩崎先生には現場でしかわかりえないことを色々教えていただきました。岩崎ゼミで、あの友人がいて…色々なことを感じ考えることができた大学にとても感謝しています。母校が日本橋学館大学でよかったと思います。私も経験と知識をもっと身につけ、自分を成長させます。当時の先生方の教育があったからこそ、いまの自分がいると思います。橋館は橋館らしく、今のまま少しづつ成長していってほしいと思います〉
横山が振り返る。「本学は基礎教育に力を注ぎ、回り道をしてでも、基礎を鍛え、そのうえで専門教育を身につけた学生を社会に送り出すという方針です。入学時は学力が低かった学生が卒業時、教員とともに『こんなに伸びたじゃないか』と喜び合う。それこそが教育だと思う」
地域貢献にこだわり
地域貢献には、こだわりがある。「図書館や学食は市民に開放しています。図書館ボランティアには二一人の市民が登録、図書館二階の小ホールで頻繁に開く演奏会や朗読などのライヴも職員とボランティアが一緒に企画運営しています」リベラルアーツへの理解を得るために新学部立ち上げ時には、学長自ら柏市中心に高校訪問を行った。「地元に立脚した大学になるには、地元の高校から学生を送って頂かないとだめです。地域の皆さんに可愛がってもらい、開かれた大学であり続けたい」
大学のこれからを聞いた。「教育こそ国力の源泉だと思っています。今後とも、社会をしっかりと支える中間層を育てていきたい。中間層を育てることこそ、国力を高めることだと確信しています」
こう続ける。「本年度がリベラルアーツ学部の完成年度。4年間の成果や反省点を検討して次なる飛躍を考えたい」
同大では、現在、遠隔地出身の学生には住宅補助(年間25万円)を出している。「寮がないので、寮代わりの学生サービス」と横山。「『質実穏健』を踏まえ、リベラルアーツ教育で人間力を培うにはアメリカのリベラルアーツカレッジに多くある全寮制教育が理想なんです」。小さな大学の学長のめざす「大学のかたち」はでっかい。