特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<23>ヤマザキ学園大学
学生の就職の道は多様
ペット産業大きな需要 豊かな人間性と教養育む
日本初の動物看護学部を持つユニークな大学である。コンパニオンアニマル(伴侶動物)の健康と医療を支える動物看護師を養成するヤマザキ学園大学(山﨑 薫理事長、中村經紀学長、東京都八王子市南大沢)。動物看護学部の一学部で、「生命に対する深い畏敬と豊かな人間性、幅広い視野を備えた動物看護師を育てる」のがねらい。前身は、1967年に創設したイヌのスペシャリスト養成機関で、専門学校、短大と発展、動物看護のパイオニアとして40年を超える実績がある。4年制大学として開学したのは昨年で、現在は1、2年生だけの360人が学ぶ。飼い犬が1300万頭、飼い猫が1000万頭を超える日本では、ペット対象のサービス産業は大きな需要があり、学生の就職の道は多様に開かれているという。「大学の完成年度(1年生から4年生まで揃う)に向けて一層、教育内容を充実させたい」と前向きな理事長に動物看護の歩みと今後、そして課題を尋ねた。(文中敬称略)
専門学校で実績 日本初の動物看護学部
最初に、「動物看護師」について記しておきたい。動物看護師は、動物病院で働く動物医療のパートナーとして、手術の準備、入院した飼育動物の世話や健康管理などを行う。しかし、その職務には法的整備がなされていないのが現状である。
動物の診療は獣医師の独占業務で、獣医師でない者は診療を業務としてはならないが、何が診療行為かという明確な規定はない。人間の医療における看護師と異なり、国家資格でも公的資格でもない。様々な団体が独自の基準で資格を与えている。この問題は後述する。
ヤマザキ学園大学は、1967年に理事長の山﨑 薫の父、山﨑良寿が東京・渋谷に設立したイヌのスペシャリスト養成機関である『シブヤ・スクール・オブ・ドッグ・グルーミング』が淵源。
早大商学部卒業を目前に学徒出陣した山﨑は復員後、教育の道へ。動物好きだったことと、文部省に設置された新教育制度審議会の部会に参加した経験から、女性に向く職業を開拓したいと動物ケアのスペシャリスト養成校を創立した。
「父が力を注いだのは、動物ケアに多様な学問を取りいれることでした。人間の医学、看護学、獣医学、動物心理学といった専門分野の先生を招聘しました」
1990年、良寿が死去、翌91年、薫がその跡を継いで学長に就任する。薫は、サンフランシスコ州立大学芸術学部を卒業、就職しての自立も考えたが、帰国後は父の仕事を手伝っていた。
薫が、最初に着手したのは、学園の社会的認知度をあげるため、学校法人の認可を取得することだった。申請から3年半後の94年6月に認可を取得、理事長になる。その後、「父親の悲願だった高等教育機関の設立」に邁進、04年、短期大学を開学。2010年、4年制の大学を開学した。
薫が振り返る。「短大設立に10年かかりました。学園用地からカリキュラム、教員配置などハードルが高かった。申請用紙に使ったコピー用紙は8万枚、私は9キロも痩せました。大学開学は、これで父との約束が果せたという思いでいっぱいです」。いま、笑顔で話す。
大学開学は教育の規制緩和も味方したが、動物をとりまく環境が変わったのも大きかった。「動物が生命を持つ存在として、人間のパートナーとして、共に生きる存在になりました。専門学校認可時は『動物看護』という概念が文科省に受け入れられませんでしたが、短大は『動物看護短大』として開学できました」
法律も後押しした。1999年、「動物の保護及び管理に関する法律」が、「動物愛護及び管理に関する法律」に改正され、初めて法律上の文章に、動物は『命あるもの』という文言が入った。02年には「身体障害者補助犬法」が成立した。
この頃、動物看護系の学科を設置する大学が続いた。01年に帝京科学大学にアニマルサイエンス学科、05年に日本獣医生命科学大学に獣医保健看護学科、06年に倉敷芸術科学大学に生命動物科学科が設置された。
この背景には、動物医療の高度化に加え、ペットの食餌、美容、健康、ホテルなどペット関連ビジネスの拡大もある。民間市場調査機関の調べでは、09年度のペット関連産業の国内市場は前年比1.3%増の1兆306億円にのぼった。
薫がヤマザキ学園大学を語る。「教育理念は『生命を生きる』。動物看護にかかわる基本的な理論・技術を身につけ、高度化・専門分化した動物医療に対応できる、豊かな人間性と高い教養を備えた良質な動物看護師を養成するのが目的です」
教育の中身を聞いた。「1、2年次は教養教育科目を重視。動物臨床看護学、コンパニオンアニマルケア、動物臨床検査などの実習などは1年から4年次を通して行います。3年次からは、将来の進路や自分の興味に合わせて動物看護、動物応用、動物介在福祉の3コースの中から選択、専門性を深めます」
1年次は、都心の渋谷キャンパス、2~4年次は八王子市の南大沢キャンパスで学ぶ。渋谷1号館には、動物病院とグルーミングサロンが隣接。捨てられたり、迷子になったりしたイヌやネコを新しい飼い主が見つかるまで預かる施設もある。
南大沢1号館には、実践的な実習が可能なティーチングホスピタルを完備。コンパニオンアニマルケア実習室、行動観察室、南大沢2号館には動物臨床看護実習室、実習室(ドッグカフェ)などの最新設備が整っている。
動物病院実習が必修で、関東圏を中心に600を超える動物病院と連携。動物愛護の精神から学内では犬を飼育していない。「実習で使うモデル犬は、一般の家庭から提供してもらっています。モデル犬の登録数は、3500頭を超え、小型犬から大型犬までの実習ができます」
就職について問うた。「専門学校時代から動物看護の道を拓き、動物看護師という職業人を確立し、社会に送り出してきました。その数は1万人近くにのぼります。06年に1期生を出した短大も新設校にもかかわらず、多くの求人と高い就職率を維持しています」
短大の就職先をみると、動物病院が75%と圧倒的で、次いで、動物サロン・ショップ10%、ペットフード関連など動物系企業8%、テーマパーク4%で、動物と関係のない企業は3%だという。
社会貢献は、動物看護と密接だ。91年に発足したボランティアクラブは、95年の阪神・淡路大震災、00年の三宅島噴火に際し、被災した動物の救護を実施。今回の東日本大震災でも、有志の学生と教職員が被災地に送る支援物資(ペットフード等)の仕分け作業等を新宿御苑動物支援センターで行った。
大学の今後を聞いた。「大学の完成年度には、第1期生を送り出します。卒論を仕上げ、希望する職場に就職させるのが私どもの責務。学生たちに伝えたいのは、私たち人間がどのような努力をすれば、多様な命が共生できる社会にできるのかということを考え続けてほしい」
最後に、冒頭の「動物看護師」の問題を尋ねた。同大は、NPO法人日本動物衛生看護師協会に加入。米国では、動物看護師を公的な資格として認めている州もある。日本でも動物看護職の主要5団体が来年2月に初の動物看護資格の統一試験を行う。
「動物看護は、まだまだこれから発展する可能性を秘めた分野です。動物看護師の資格も、今はまだ民間資格ですが、将来、獣医師や人間の看護師と同じように、国家資格になるよう、国などに働きかけていきたい」
薫は、専門学校の理事長時代に麻布大学大学院に社会人入学して博士号を取得。自らも大学で教鞭をとる頑張り屋さん。これまでを振り返る話よりも、大学や動物看護のこれからについて語るときに言葉が弾んだ。“細腕理事長”は、ひたすら前を向いて歩む。