特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<19> 福井大学
Web活用して情報提供
適時・独自の企業説明会 地方のハンディ、逆手に
「氷河期の再来」ともいわれる大学生の就職戦線。そんななか、北陸にある国立大学が、ひとり気を吐く。福井大学(福田 優学長、福井市文京)は、卒業生の就職率(08年度)が97.2%という高い実績を残す。この就職率は国立大学では3年連続ナンバー1(07~09年度)。教育地域科学部、医学部、工学部の三学部、学生数5000人という典型的な地方の国立大学。就職率が高ければ、志願者は増え、優秀な学生が集まるという相乗効果も生む。「教員一人ひとりの研究を尊重し、地域と密着した特色ある研究で、世界的に優れた成果を発信。就職指導・相談などのサポートの充実が、高い就職率につながっています」と要因を述べる。しかし、これだけで国立大学トップの就職率が保てるのか、と疑問を抱いた。高い就職率の秘密を探ろうと、福井大学を訪れた。
(文中敬称略)
高水準の就職率 国立大学でトップ
この連載企画では、学長が登場する大学が大半だ。今回は、テーマを就職にしぼり、その秘密を聞き出すというねらいから就職現場の責任者にした。この狙いは、結果的に成功したと思う。学務部就職支援室長の青山傳治。青山は、71年に奉職、庶務・会計、大学病院の医療サービス課、総務企画課などを担当、07年から就職支援室長になった。就職担当になって4年目と、いま脂が乗っている。
「学生にとって、就職とは人生設計をしっかり考え、自ら学んできたことを糧に社会に飛び出す極めて大事な第一歩。支援室の仕事は社会人へとステージを変える学生すべてが進路を決定し、社会人として大きな第一歩を踏み出せるよう、全力でサポートすること」
青山から秘密を聞き出す前に、福井大学を紹介しよう。淵源は、1873年創立の福井師範学校の小学師範学科。1949年、福井師範学校・福井青年師範学校・福井工業専門学校を母体として新制福井大学が発足、学芸学部・工学部を設置。66年、学芸学部を教育学部に改称。
99年、教育学部を教育地域科学部に改称。2003年、福井大学と福井医科大学が統合し、(新)福井大学となる。04年、国立大学の独立行政法人化により国立大学法人福井大学に。
3学部の小さな大学で、文京キャンパス(福井市)と松岡キャンパス(永平寺町)で大学院生を含む学生が学ぶ。工学部は50%が大学院(修士)に進む。「リーマンショック以降、企業は高度な専門教育を学んだ学生を望むようになりました」と青山。
本題に入る。まず、就職実績から。学部別の09年度卒業生の就職率は、教育地域科学部97.6%、医学部96.4%、工学部98.0%。「教育地域科学部の教職を取った学生と医学部の学生の就職は心配ない。教育地域科学部の教職を取らない学生と工学部の学生をどう就職させるか、に腐心しています」
単刀直入に、高就職率の秘密は?と聞いた。「私達の使命は、すべての学生が進路を決めて、元気に社会に出られるように支援することです。就職率を上げるために仕事をしている訳ではなく、あくまで最終的に結果がついてくる話です」。まずは模範解答。
「具体的に?」と突っ込むと、就職関係の資料を見せながら話し出した。青山の話から、引き出した“秘密”は三つ。
ひとつが、Webを活用した情報提供。「求人票閲覧システム」は、大学に対する全求人票(約2900社)をパソコンや携帯メールで検索、閲覧できる。「学生支援e‐supportシステム」は、学生の携帯メールに、求人情報、企業説明会案内を全員・学科別・個別に配信する。
「3、4年次の学生には『就活メルマガ』を配信。就職未定者に対しては、個別に希望業種の求人情報や激励メールを送っています。システムは、自主登録制ですが、ほぼ全員が加入。既卒者も登録できます」
ふたつめが、企業説明会。「学内合同企業説明会」は、OB・OGが在籍する企業や、同大学生を採用予定の人事担当者を招いて開催。福井県内だけでなく全国から400社以上が参加。「志望先は大企業に集中しますが、中小企業に目を向けるよう指導。組織の歯車になるより、将来性、やりがいのある優良な中小企業をさがせ、と」
新たに始めたのが「個別企業説明会」。参加する企業は一日一社。企業側は、採用したい学部・学科の学生を指定。企業を招くことで学生は気軽に参加でき、経済的、時間的ハンディを縮減できる。「就職支援室は、支援システムを使って企業の『売り』を事前に配信。その企業への関心が高い学生が、説明会に来ます」通年開催し、昨年度参加企業は141社。
三つめが、「助言教員」という制度。全教員が助言教員として、入学時に教員1名が学生数名を担当し、3年次まで継続的な指導を行う。4年次については、卒業研究指導者が全般について指導を行う。学生の孤立化対策にも一役買っている。「入学時から3年間、同じ教授に師事できるために、さまざまな悩みを相談しやすい。就活がうまくいかなくても、ドロップアウトしない仕組みができています」
以上が、青山から聞いた“秘密”だが、正直なところ、同じように取組んでいる大学もありそうだ。「福井大学と同じ事をやれば、就職率は上がるということですか?」と嫌な質問をした。
「うーん」と首を傾げ、短く笑った。回答を求めるのは酷なので、青山が、さりげなく述べた話に着目。こっちも三つあり、秘密を補完するものだった。
ひとつは、福井県の県民性。福井県は共稼ぎ率約40%で全国一。女性の労働力人口比率は53.5%、女性の常勤雇用は80.6%と全国一。3世代同居率は20.2%で全国2位。完全失業率は4.2%で日本一低い。
「福井県人は働き者で芯が強く頑張りや。3世代同居率の高いことは、女性の働きやすい環境があり、礼儀やマナー、コミュニケーション力などが世代を超えて身につき、働くことの大切さを学んでいます」
二つめは、福井大学の卒業生の離職率の低さ。同大が卒業生の就職した企業380社に3年以内の離職率をアンケートしたところ、3年以内の離職率は8.8%(全国の大学平均35.9%)、2年以内7.0%(同25.5%)、1年以内1.1%(同12.9%)だった。
「しっかりした職業観を持つことを強く指導しています。自分の可能性を広げるため、企業とのミスマッチを生じないよう、学生は幅広く業界研究を行い、自分が目指す企業を見つけるよう指導してきました」
三つめは、2004年からの国立大学の法人化。教職員は国家公務員から行政法人職員となった。自分の大学の学生の就職率を上げて、ブランド力を高める動きも出ている。福井大学もそうか?と問うと―。
「特色を出さないと生き残りは厳しくなるという認識は持った。繰り返すが、就職率を上げるのが目的ではない。学生数が少ないからきめ細かなフォローができるし、大都市の大学のように情報に惑わされることはない。地方の大学のハンディをプラスにしてきたという自負はあります」
青山にも最近、悩みが…。働く意欲がわかないといった、しっかりした職業観がもてない学生が急増中。Webによる就職活動の氾濫で就職活動をやっている気持ちになっているだけの学生が見られる。
「入学時から将来を意識して大学生活を送るのが大事。学生の社会的・職業的自立には、企業とのさらなる連携が重要。意見交換などOBと触れ合うことで、仕事に対する姿勢や情熱を感じ、働くことの大切さを学ぶ機会を増やしたい」
青山は常に先を見ていて、次の手を打つ。これまでのきめ細かい就職支援が活かされるのはいうまでもない。こうした現場を知る就職支援室長がいる福井大学。ここの学生にとって心強いし、安心して学べる。