特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<18> 日本獣医生命科学大学
就職に強い「いのち」の大学
地域貢献も独自色 専門性を活かす各学科
「いのち」の大学である。日本獣医生命科学大学(池本卯典学長、東京都武蔵野市境南町)は、獣医学部(獣医学科、獣医保健看護学科)と応用生命科学部(動物科学科、食品科学科)の二学部四学科の小さな大学。どの学科も専門性を生かし「就職に強い」のが特長だ。一九五二年、日本医科大学と合併、医学及び獣医生命科学の総合学園というユニークな大学でもある。全国唯一の四年制の獣医保健看護学科は、獣医療の補助職、動物行動科学の専門職として新分野の開拓に意欲的。大学附属の動物医療センター(犬・猫中心の小動物診療)は、外科系および内科系の診療科に分かれ、MRI、CT、Rinac、超音波診断装置、内視鏡などの画像診断装置など人間を治療するのと変わらない高度の治療装置を備え、高度な獣医療を行う。学長に、獣医科大学のこれまでとこれからを聞いた。
(文中敬称略)
獣医学部と応用生命科学部 学是は「敬譲相和」
日本獣医生命科学大学は、1881年(明治14年)、東京・文京区音羽の名刹、護国寺の別院伝通院の一隅を借り、若き獣医9人が17人の青雲の志に燃えた学生を集めて開学した。設立は、明治維新の熱醒めやらぬ時代、富国強兵が叫ばれ、それに不可欠の軍用馬の育成と獣医療及び農業の発展に寄与する家畜の獣医療を担当する獣医師の育成が急務だった。
学長の池本が大学を語る。「教育理念は『愛と科学の心を有する質の高い獣医師と専門職及び研究者の育成』で、学是は『敬譲相和』です。創造力・実践力に満ち、謙譲と協調、慈愛と人倫を弁(わきま)え、人間性豊かな学生の育成です。開学時から、獣医学を担っており、倫理観豊かな学生を育ててきました」
池本は、優れた業績を挙げた先輩を二人あげた。狂犬病や牛疫のワクチンを開発し、多くの患者や動物を助けた梅野信吉博士、病原細菌のサルモネラ、下痢性大腸菌、ビブリオと近縁菌等の分類学と細菌毒性学で名を馳せた坂崎利一博士。
池本が学長になったのは、1999年。大学の沿革をみると、池本の学長就任直後から改革が行われたのがわかる。時系列に追ってみると―。
2000年、畜産食品工学科を食品科学科へ名称変更。01年、畜産学科を動物科学科へ名称変更した。03年、教育組織と研究機構の改革を行い、獣医畜産学部を改組して獣医学部に改め、獣医学科と獣医保健看護学科にした。同時に、応用生命科学部を新設して動物科学科と食品科学科を設置した。
「当時、生命科学、食品科学、環境保全といった分野も新しい時代に入りました。そこで、この新時代の先駆けとして、本学は、時代を築く人材を育成したいという思いから学部や学科の新設再編を行ってきました」
05年、獣医学部に獣医保健看護学科を開設。 06年4月から、校名を日本獣医畜産大学から日本獣医生命科学大学に変更した。現在、2学部に約1500人の学生が学ぶ。男女比は男子4、女子6で、近年、女子が増えている。女子は牧場での実習などでも頑張っているという。
「どの学科も定員は80人。教職員は150人と学生数に比べて多く、私塾的な少人数教育を行っています。学年担任が復数名ついて、学業、生活、将来の進路など様々な相談に応じています」。池本は「私も年間20コマの講義を持ち、食事は学食を利用しています」と付け加えた。
高度な動物医療展開
最新の医療設備で高度な獣医療を展開する動物医療センターを池本に案内された。たまたま、犬の手術を行っていた。手術台を囲み、病気の犬を切開手術する獣医師、助手、獣看護師の様子は、一般の総合病院の手術室と変わりなかった。設置されているMRI、CTといった最新医療機器は、「しばしば使われています」という。犬や猫の病室も見学した。個室ではなかったが、それぞれ金網の小屋に入っていた。なかには、寝たまま点滴を受けている猫の姿もあった。
「動物医療センターは、種々の疾患に病んだ、物言わぬ犬、猫を中心とした伴侶動物の診断、治療を目的に開設。来院する飼い主とコミュニケーションを十分に取り、信頼関係を得て質の高い獣医療の提供に腐心しています。盲導犬や介助犬の無料診療も行っています」
「就職に強い大学」について聞いた。同大学は、進路支援センターが学生の進路支援をサポートする。同センターは、各学科代表の教員から成る進路支援委員会委員によって組織され、事務は学生支援課が担う。池本が説明する。
「就職支援については、ガイダンス、各種筆記試験対策や模擬面接、グループディスカッション対策講座などを通して、学生の職業意識の向上や就職活動の早期対策を進めています」
具体的には?「特に力を入れているのは、専門のキャリアコンサルタントによるマンツーマンの就職相談と模擬面接。動物科学科と食品科学科では、就職のための総合講座を正規科目として開講しています」
高い獣医師試験合格率
各学科とも、専門的な学びを通して取得できる資格がある。「獣医師の資格は、毎年3月に実施される獣医師国家試験の合格によって取得できるもので、本学は、例年高い合格率を誇っています」池本によると、獣医学科は、農協や動物病院で獣医療に携わるものが圧倒的。次いで国家・地方公務員、薬品会社、動物園・水族館などが多い。獣医保健看護学科は、動物看護師や動物園や地方公共団体で動物に係る仕事が多い。
動物科学科は、畜産業・農業、薬品など製造業、JAなど農業関係団体、動物関連サービス業から卸・小売業・外食産業など多岐にわたる。食品科学科は、国家・地方公務員、高校や中学校の教員、食品衛生監視員・食品衛生管理者・環境衛生監視員などになる。
日本医大と共同研究
日本医大との関係は?「FDの合宿を一緒に行ったり、教員の交流も盛んです。医学と生物が一緒になったことで共同研究が行われ、教育施設やコンピュータを共同で使うなど1プラス1が3になっています」社会・地域貢献も、この大学らしさがある。「親と子の乗馬教室」は、地域住民を対象に基本的な馬学の講義、学生の模範演技のほか、児童園児に乗馬体験を行う。「犬のしつけ教室」は、愛犬の上手な飼い方やしつけをサポートするため近隣の獣医師会と協力して定期的に行っている。
「牧場体験実習」は、同大の富士アニマルファーム(山梨県富士河口湖町)で、地元の小中学生を対象に年2回、牛の乳搾りやチーズ作りを体験する。武蔵野地区に所在する4大学と「武蔵野自由大学」を開設、獣医学、生命科学、食の安全など専門分野の講座で協力している。
獣医系大学のこれからを池本に聞いた。地球は今、経済不況、衣・食・住の貧困、格差の増大、国際・国内紛争も絶えない。その一方で、BSE・SARS・豚インフルエンザなど動物由来の疾病が猛威を振う。こう警鐘を鳴らす。
「地球は、今世紀のクライシスといわれています。動物由来の疾病原因の発見と蔓延防止は獣医学部が、健康な食用動物の生産及び安全食品の供給は応用生命科学部が、恒久的なテーマとして担っていきたいと思っています」