特集・連載
大学は往く 新しい学園像を求めて
<2>日本社会事業大学
社会福祉に決意と自負
卒業生が就職支援 グローバル化にも対応
「福祉の東大」と呼ばれている。どうして、そう呼ぶのかという疑問から取材に入った。日本社会事業大学(髙橋重宏学長、東京都清瀬市)は、国(厚生労働省)の委託を受けて開校、日本の社会福祉教育のパイオニアとして、ソーシャルワーカーや福祉職の公務員、福祉関連団体の職員ら福祉の第一線で活躍する人材を輩出してきた。同大の校歌には「社会の福祉 誰が任ぞ」という一節がある。社会福祉に対する決意と自負が刻み込まれている。国の委託による運営のため、学費は国立大学の標準額に準拠している。社会福祉系大学や学部が増えるなか、同大の存在感は屹立している。益々、重要さを増す社会福祉、この分野にも押し寄せるグローバル化の波…。これらにどう立ち向かうのか、「福祉の東大」のこれまでの歩みとこれからを学長に聞いた。(文中敬称略)
資格試験
高い合格率 「福祉の東大」の教育力
日本社会事業大学は、1946年に開校した日本社会事業学校が前身。58年、日本社会事業大学(社会福祉学部社会事業学科・児童福祉学科)になった。キャンパスは89年、それまでの原宿(東京都渋谷区神宮前)の旧海軍館から現在地の清瀬市に移転した。
現在、社会福祉学部(福祉計画学科/福祉援助学科)の1学部。大学院、専門職大学院(専門職学位課程)、通信教育科(社会福祉主事、社会福祉士、精神保健福祉士)を含め約2500人の学生が学ぶ。通学生だけだと976人の小さな大学。
学長の髙橋が大学を語る。「戦後の明日の生活さえも分からない困窮した生活、焼け果てた焦土の中で、本学は、民主社会、福祉国家を建設するには社会福祉が必要不可欠と、「忘我の愛と智の灯」のスローガンのもとに誕生しました。
建学の精神、使命は「ウブゴエカラ灰トナリテマデ」というアガぺの像や校歌にあるように、福祉サービスを必要としている人々、生活問題を抱えている人々に寄り添い、その人々の自立生活を支援する実践者たれ、ということです」
戦後日本の社会福祉のパイオニアとして、指導的な社会福祉従事者の養成や社会福祉に関する教育研究を行い、多くの成果をあげてきた。ソーシャルワーカーを育てる大学をめざす。髙橋が学生を語る。
「うちの学生は、社会福祉の道に行こう、という意志が強固な“確信犯”です。社会福祉職員として専門性をもって仕事に就けるよう、全学生が国家資格の社会福祉士を取得する教育課程と受験資格を取得できるカリキュラムを整備。精神保健福祉士、介護福祉士、保育士のなど資格も取得できるようにしてあります」
私的なことで恐縮だが、10月初旬に母をがんで亡くした。亡くなる前、母の介護ケアなどを病院のケースワーカーに相談したところ、身内のように対応してくれた。その仕事は大事で重たいものだと実感した。
このソーシャルワーカーの仕事は現在、孤立している人の社会的な居場所や安心して援助や支援が受けられる環境を作ったり、高齢者や問題を抱える子どもを支援したり…さまざまな分野に広がっている。
社会福祉士の国家試験の合格率(受験生が200人以上の大学)は、07年以来、65%前後で全国トップを維持している。同国家試験の昨年度の大学別現役合格率(同)でもトップを占める。
04年、大学院に、わが国唯一の社会福祉の専門職大学院である福祉マネジメント研究科を設置した。髙橋が説明する。
「社会福祉の現場で働いた人がリカレント教育、生涯研修の一環として、より高度な技術、知識を身につけるために学ぶ1年制の専門職修士課程。自治体職員らが専門知識だけでなく経営・マネジメントも学んでいます」
04年には、「介護実習棟」ができた。高齢者福祉の介護保険制度に続き、障害者福祉への支援費制度の導入、全室個室ユニット化の新型特養の制度化など、福祉を取り巻く環境が著しく変化。それらに対応した介護に関する最新の知識や技術を修得できるようにした。
厚生労働省の委託を受けて設立の大学なので学費も国立大学並み。奨学金制度も充実している。
「本学独自の『チャレンジ支援奨学金』は、世帯収入だけでは計りきれない各家庭の事情を鑑みて、高い修学意欲を持つ学生を支援しています。授業料の半額または全額を給付しています」
就職力には定評がある。『不況に負けない!「就職力」が磨ける大学』として雑誌に紹介されたことがある。10年3月卒業生の就職先は社会福祉施設(31%)、公務員(20%)、福祉関係団体(12%)がベスト3である。
卒業生の支援も役立っている。「1万3000人を超える卒業生が行政機関や社会福祉施設、医療機関、福祉関係団体などで働いています。大学は学生の希望する職種の卒業生を紹介して助言を受けるよう、支援しています」
地域貢献も、この大学らしい。実習教育は『地域型実習』を導入、清瀬市などの社会福祉法人や医療機関などと連携して行っている。また、埼玉県との連携で『開放授業講座』を開催、社会福祉科目の授業を公開することで地域や社会に貢献することをめざしている。
ボランティアサークルが多いのも特長だ。「子どもや高齢者、障害を持つ人たちを手助けしようと、実習以外でも、福祉の経験を積みたいと積極的に参加しています」
社会福祉のグローバル化へ向けての対応を髙橋が語る。「日本の国民の幸福と安寧を願うだけでなく、国際的な飢餓や様々な生活課題を抱えている全世界の人々に思いを馳せる必要がある。それには、世界規模でのヒューマンセキュリティ(人間安全保障)も考えられる人材の育成が求められています」
附属の社会事業研究所にアジア福祉創造センターを設置。アジア諸国の社会福祉のリーダー養成などを担う。同時に、世界の大学と学術交流協定を結び、研究者の交流を行い、世界的な社会福祉教育研究のネットワークの拠点づくりをめざす。
11月には社会事業研究所の主催で「日本社会事業大学アジアウィーク」を開催。「ソーシャルワークの定義の検討」、「フィリピン移住女性と子どものエンパワメント」などについてアジア各国の学者らと討論する。
近年、子どもや高齢者の虐待などの問題が多発している。社会で孤立化する人々が増えているためだという。髙橋は「虐待の場合、親から子どもを離すだけでは解決にならない」とこう続けた。
「相手の状況を理解して、その人を支えていく体制を整えていくことが重要で、専門性を持ったソーシャルワーカーの力が必要不可欠です。ソーシャルワーカーは、まだ社会的に十分な認知を受けていない。もっと専門家を養成、責任ある仕事を任せる必要がある。このことを本学から広く発信していきたい」
日本社会事業大学が日本の社会福祉をリードしてきたのは間違いない。髙橋の言葉には「これからも」、という強い決意がみなぎっていた。