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私大の力

<46> 「国力維持」の改革 デジタル化の壁も
「知の総和」とリカレント

平山一城

■「世代間の情報格差」国民的統合に影響?

 大学問題のキーワードとして登場してきた「知の総和」には、いろいろ考えさせられる。
 昨年秋、中央教育審議会大学分科会に設置された「高等教育の在り方に関する特別部会」の初会合で、部会長の永田恭介(筑波大学長)は次のように発言した。
 「文部科学大臣からの諮問内容は基本的に、少子化の中で我が国の『知の総和』は変えない、もしくは増やすということが前提です。これを減らしてしまうと、ただでさえ研究力が云々される日本がますます弱体化します。ですから、知の総和を増やすということをまず頭に議論を進めたい」
 「知の総和」は、日本の人口に国民一人ひとりの「知」を掛け合わせて出てくる。日本の人口は確実に減っていくが、それでも、国民一人ひとりの「知」のレベルをあげれば、「国力」も維持できるではないか、というのだ。
 日本の大学は4年制だけで810校あるが、私立大学ではその6割で定員割れを起こしている。このままでは大学が疲弊して、教育の「質」の低下はまぬかれないから、大学を縮小・再編することが急務だ、という。
 しかし、この縮小・再編を日本の「国力」を下げずに実現したい、そのために大学はどうあるべきか。特別部会はその姿勢で議論を重ね、「中間まとめ」を出した。
 高等教育の「質」の高度化、全体規模の適正化、「アクセス」確保という3点を柱として、関係団体からのヒアリングも実施された。
 考えるのは、デジタル時代の「知」というものである。大学関係者に取材すると、「インターネット世界に生きるZ世代の『知』と、55歳以降のシニア世代の『知』の性格は異なり、総和としてまとめるのは極めて難しい」という意見が多かった。
 若い世代はデジタル世界を生きているが、シニアはなかなか追いつけない。そこに世代間のギャップ(壁)ができているというのである。
 先日、フランスのパリでのオリンピックの際、国際オリンピック委員会(IOC)の会長が来春での退任を表明した。報道によると、「これからのオリンピックを率いるには、デジタル時代の新たな考え方や情報伝達に深い理解を持つことが必要だ。私の年齢では、そのかじ取りをする最善の船長ではない」と語っていた。
 会長は1953年生まれの71歳だが、世界的には70歳で引退できるにしても、少子化日本で70歳以上の人たちが引退してしまったら、どうなるか。高齢者が大きな割合を占める日本では、その人たちが踏ん張らなければ、「日本丸」は沈んでしまう。シニア世代も若い人たちといっしょに、国を盛り立てていかなければならない。
 その世代間のギャップを埋める手立てとして「リカレント教育」の重要性が叫ばれるが、受講生は増えていない。
 どうすれば、デジタル世代とシニア世代の「知」を融合することができるのか。特別部会では、そのことにも力点を置いて議論してほしい。

■大学の社会人講座は増えるも参加は横ばい

 「中間まとめ」の中で、「リカレント教育」の重要性が指摘されている。端的に言えば、「社会的な変化の波に適応して、自己実現を図りたい」と考える人たちのための教育プログラムである。
 日本の大学入学者は25歳未満に偏っている。18歳と19歳が95%を占め、他の年齢層に広がる気配がない。社会人の入学者数は2001(平成13)年に約1万8000人を記録したが、その後は横ばいで、通信課程でやや増加しているだけ、大学院の社会人入学者も全体の17・6%と頭打ちの状態にある。
 私立大学でも、「社会人向け講座」は広がりを見せてはいる。
 東京の立教大学では2008(平成20)年から、50歳以上を対象にした学びの場、立教セカンドステージ大学(RSSC)を運営している。人文学的教養を基礎に「学び直し」「再チャレンジ」「異世代共学」を掲げ、「新たな学びにチャレンジする仲間たちが集い、多様性を認め合う共生社会に参画することで、充実した人生を創造すること」を目的としている。
 東京都市大学のように、ビジネスのデジタル化に対応したプログラムなど現役世代向けの講座を設ける大学数も堅調に伸びている。
 政府でも、文科省はじめ厚生労働省、経済産業省などの各省庁が連携してリカレント・リスキリング教育の推進につとめてきた。
 文科省の大学リカレント教育推進事業は、大学が企業やハローワークなどと連携して就職や転職に役立つプログラムを提供するもので、すでに多くの大学のプログラムが採択されている。文科省の情報サイト「マナパス」には、リカレント教育に関する支援制度を知りたい人たちのために大学・専門学校などの4000以上の講座情報が掲載されてもいる。
 大学での学び直しは、「民間事業者の社会人向け講座にはない、高等教育機関ならではの『専門的で体系的な質の高い学び』を、志を同じくする仲間とともに体験できる」と謳う。
 「最近は、通信講座やオンライン講座があふれており、どのような学びやプログラムを選んだら良いか迷うことがあるが、大学の講座ならば安心だし、社会人大学院なども充実してきています」とする専門家もいる。
 しかし、こうした努力も「知の総和」の要員として大きなボリュームを占めるシニア世代をどう取り込むかとなると、ほとんど具体策がないように見受けられる。

■歴史的な文脈欠く「インターネット情報」

 こうした世代間ギャップを指摘する識者は少なくないが、最近、話題になったのがベストセラー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』 (集英社新書)である。
 著者の三宅香帆は30歳、「子どものころから本が大好き」で京都大学の文学部・大学院を修了した文芸評論家で、同書の中で「(シニアが多数を占める)読書世代とインターネット世代の情報感覚や価値観の違い」を論じている。
 それによると、デジタル社会では「本」がインターネットに取って代わられ、「求めている情報を即座に読むことができる」という便利さから、「いま役に立つこと」が重んじられる社会への変化が急速に進んだ結果、読書や教養よりも、情報処理のスキルが重宝がられるようになった。
 若い世代にとっては、じっくりと時間をかける読書が時に、日常生活に入り込む雑音のようにすら感じられるのだという。
 さらに、インターネット情報は歴史的な文脈や、個別の社会が持つ文化や習慣からは切り離されがちであることから、伝統的な道徳や倫理といったものにも不感症になることすら懸念されるとしている。
 心配なのは、若いインターネット世代が日本の歴史や文化・伝統に関心を失うことで、シニア世代の「知」との乖離を急速に拡大し、「知の総和」を全体として高めようという大学分科会特別部会の課題を困難にしてしまうのではないかということである。

■シニア層、「リカレント」にどう取り込むか

 9月末の特別部会のヒアリングで、日本私立大学協会会長の小原芳明(玉川大学理事長・学園長)は、「パートタイム学生の収容定員への加算」を提言する中で、「我が国の『知の総和』を維持・拡大するため、社会人に対するリカレント、リスキリング教育に期待が寄せられており、社会人を中心としたパートタイム学生を大学の収容定員に参入すること」を求め、アメリカで実施されているシステムを紹介して、この方策が大学の定員維持に果たしている役割を説明した。
 日本でもリカレント教育の重要性が叫ばれて久しいが、その参加者がなかなか伸びないのはどうしてだろうか。とかく、30~40代といった働き盛りの世代を対象にしがちだが、日本の国力維持のためには、すでに述べてきたように、世代を超えた総力戦を意識しなければならないだろう。「知の総和」を高めていくためには、シニア層をこのシステムにどう取り込んでいくかも各地の大学の課題になる。
 特に、高齢者が大きな比重を占める地方の大学にとって重要なテーマであり、一度リタイアした人たちでも、デジタル社会に積極的に加わり、若い世代と意見交換するような場を拡大することが、ひいては「地方創生」の刺激剤になることも考慮すべきである。
 今年の「高齢社会白書」によると、65歳以上の高齢者のうち、親しい友人・仲間が「たくさんいる」と答えた人の割合は7・8%と、6年前の前回調査より16・9ポイントという大幅減少になっている。
 コロナ禍で人付き合いが制限されたことも影響したとみられるが、今後は、シニア世代が積極的に社会に目を向け、リカレント教育の現場にも関心を持ってもらうようにすることが、大学にとって重要な検討課題になっているように思う。