特集・連載
私大の力
<43> 「エシカル就活」とは
学生たちの挑戦
企業が「選ばれる」時代に
■出身大の「学風の指針」を体現する活躍
就職活動(就活)の在り方に「大学生たちが自ら一石を投じた」として注目される事業がある。
「エシカル就活」と呼ばれるが、考えたのは、今年春、高千穂大学(東京・杉並区)の経営学部を卒業した勝見仁泰(きみひろ)らのグループだ。
エシカルは英語で「倫理的」「道徳的」という意で、「エシカル就活」とは「人や地球環境、社会に配慮した企業を選びたい」という学生たちに応えよう、という勝見自身の造語である。
2020(令和2)年2月、東京・渋谷で3日間にわたって「学生気候危機サミット」を開いた。全国から集まった高校生や大学生ら約100人のなかに就活中の参加者もおり、「温暖化対策の活動を就職後に続けるのは難しい」という共通した悩みが話題になった。
翌年、勝見は東京・渋谷で「エシカル就活」の専用サイトを運営する会社を立ち上げた。現在、サイトに登録される企業は130社余り、「気候変動」「貧困問題」など社会課題への取り組み状況を紹介、「ジェンダー」や「持続可能性」といったキーワード検索の仕組みも取り入れ、学生の企業選びを支援している。
高千穂大のホームページによると、勝見は当初、文部科学省の「トビタテ!留学JAPAN」によってドイツ、コスタリカ、アメリカに1年間の留学を終えて帰国し、留学テーマでもある「途上国の特産品を活用した有機化粧品」の事業化を計画していた。
ところが、新型コロナウイルスの拡大によって、当初の起業計画は諦めざるを得なかった。しかたなく就職しようと企業探しを始めたのだが、「どの就活サイトでも業界、年収、福利厚生などの情報しかないこと」に失望する。
「気候変動の原因の8割はビジネス」と知って企業選びに慎重になった勝見は、SDGs(持続可能な開発目標)という言葉だけでPRしている企業ではなく、気候変動の深刻さを理解し、変化している企業に就職したいと思うようになった。
就活中のZ世代と呼ばれる若者の多くは、業種や業界ではなく、「社会課題への取り組み」を重視するようになった。その際の課題が「学生時代に『気候変動』を考える活動をしても、実際には、この問題に熱意をもって取り組む企業を探すのが難しい」ということだった。
こうした声が、勝見に自らが代表の会社「Allesgood(アレスグッド)」を立ち上げることを後押しした。コロナ禍で社会のオンライン化が進んだことが、逆に「エシカル就活」の事業には幸いし、現在サイトを利用する学生は約1万5000人と、3年間で20倍以上に増えている。
勝見はこの5月、アメリカの経済誌『Forbes(フォーブス)』の世界の優れた若手起業家の一人にも選出され、母校・高千穂大が「学風の指針」とする「常に半歩先立つ進歩性」を体現する存在となっている。
■海外経験で「世界の貧困をなくしたい」
4年前に、一般財団法人地球・人間環境フォーラムが発行する「グローバルネット9月号」のインタビューを受けた勝見は、1998(平成10)年生まれで、高校時代は野球に没頭し、プロを目指したと語っている。
野球の強豪大学からも声がかかって入学も決まったが、野球部の寮に入る直前、「海外に行ってみたい」と1人で初めて訪れたフィリピンで世界観が変わったという。帰国後、この大学への入学を断わり、高千穂大に入って経営学部に所属した。
その後もマニラやインドの貧困地区に通い、文科省の留学支援制度「トビタテ!」にも選抜されて留学も経験する。
もともと、実家が八百屋だったこともあって、事業家に憧れがあった。やがて先進国と途上国の経済格差を見るうちに、「世界の貧困をなくしたい」とソーシャルビジネスに活動の場を求めるようになったという。
活動のスタートはコロナ禍のなかだったが、勝見は「今だからこそ始めなければと気付いた」という。「場所代などが少なく、経費もあまりかからないオンラインでのイベント運営から始めたことで、企業・学生の双方が地方からでも参加でき、可能性が広がった」と説明する。
勝見はそのうえで、「年間の就活生約40万人のうち1万人でも意識が変われば社会を変えられると思う。学生が何のために働くのかを見つめ直し、関心を形にできるような就職活動にしたい。初めは草の根の活動でも、学生や企業・大学を巻き込んだ大きな人材支援活動に広げたい」と語っている。
この発言通り、「エシカル就活で社会を変えたい」との思いが仲間を増やし、就活生と企業を結ぶオンライン説明会に「いいですね」と参加を表明する企業も増えていく。
「社会問題に取り組む学生は、能動的でバイタリティーがある。女性や障害者などの課題に取り組む学生団体ともコラボし、活動を広げたい」と挑戦を続けてきた。
■「環境問題での熱量」が選択の決め手に
先月7日、NHKテレビは「企業選びの新たな軸に?『エシカル就活』聞いたことありますか」といタイトルで企画ニュースを放映している。
ここでは、「グループの従業員10万人超のメーカーの内々定を断り、ベンチャー企業に入社することを決めた大学生」を取り上げ、その決め手は「脱炭素に取り組む社員たちの熱量だった」として、勝見の会社の事業を紹介している。
その東京都内に住む大学4年生の内田慶悟は、高校2年生のときに地元・広島県で西日本豪雨の土砂災害の被害を目の当たりにしたことから、地球温暖化をはじめとした環境問題に関心を持つようになった。
就活では、「脱炭素への取り組み」を軸にして企業を選ぼうと考える。一旦は、グループ全体の従業員が10万人を超えるという大手の電気機器メーカーからも内々定を得たものの、考えたすえに断りを入れて、都内のエネルギー関連のベンチャー企業に入社することを決めたというのである。
選択の決め手になったのは、そのベンチャー企業の「脱炭素に取り組む社員たちの熱量だった」と言う内田は、「温暖化によって地球規模の課題が深刻化するなか、やりがいのある仕事だと思いました。いま、どの企業もSDGsを掲げてはいますが、その本気度は違うと思います。会社の意向と自分自身の意向がマッチしているかどうかはとても大事にしていました」と話していた。
■学生の変化、自治体や地域産業界にも影響
就職情報会社「学情」が2025年春に卒業予定の大学生など550人余りを対象に昨年、インターネットで調査したところ、「仕事選びで社会課題の解決に貢献できるかを意識するか」という質問に対し、「意識する」または「どちらかと言えば意識する」と答えた割合が合わせて72%にのぼった。
社会課題への貢献が、若者の企業選びの重要な要素になっている。勝見の会社に面談での就職相談に訪れたある就活生は「自分が好きなことや、やりたいことができなければ、どれだけお金をもらっても、働いていてきつくなると思います。楽しいな、好きだなと思えて自分が輝ける会社から内定をもらいたいです」と話していたという。
Z世代の年齢層は、1990年代の中頃から2010年代初めに生まれている。リーマンショック(世界的経済不況)や東日本大震災といった大きな社会問題を経験して、ボランティア活動も身近になっている。大学の授業でも世の中の問題が扱われる機会が増える一方、大手企業の希望退職の募集や倒産のニュースも目にして、「今ある企業がずっと続くわけではない」と考えるようになっている。
そこへ「エシカル」やSDGsに取り組む企業が取り上げられることで、企業を選ぶ際にも、その規模や知名度ではなく社会課題への取り組み方を注視し、「脱炭素や地球人類のこれからに対して価値のあること、貢献できること」を働くうえでの「軸」にしたいと考える学生が増えてきた。
学生たちの企業を見る目が厳しくなるのに伴い、「社会課題での取り組みをうたいながら、その実態が不透明で説明も不十分」「SDGsが免罪符のようになり、本気で取り組んでいるのかどうかがわからない」といった声も増えているという。
学生の「売手市場」と言われ、内定を辞退するケースも増えている背景には、「就活は企業側が学生を取る時代から、企業が選ばれる時代になっている、という社会変化がある」と勝見は指摘する。
最後に、少子化のなかで卒業生の地元定着を切望する各地の産業界や自治体にも、自分たちの活動の理念をしっかり伝えていかなくては、学生たちを地域に引き留めることも難しくなっていることを書き添えておきたい。