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私大の力

<42> 地方創生の10年
どう評価するか?
「統合・再編」欠かせぬ視点

平山一城

国立大の授業料値上げも検討というが...

 政府が「地方創生」の取り組みを始めてから丸10年となり、その評価がさまざまになされる。さて、各地の大学はどう見ているだろうか。
 本紙では5月22日付から、1面で「アルカディアの灯―地方私大からの緊急提言―」をスタートした。どのような意見が表明されるか注目される。
 地方創生は2014(平成26)年5月、民間団体「日本創成会議」が全国896の自治体(市区町村)を「消滅可能性都市」と判定したことをきっかけにしている。
 ショッキングな発表を受け、政府は「まち・ひと・しごと創生本部」を設置した。地方創生担当相のポストに衆院議員、石破茂を任命して総合戦略を練り、約1千億円の交付金を設け、自治体に効果的な使い道を考えさせた。
 しかし今回、岐阜協立大学(岐阜県大垣市)の教授、竹内治彦は「自治体間の競争をあおり、少ない若者を奪い合う施策を競うことになった。若者は日本に未来を感じられず、出産を控えてしまう可能性がある」(5月18日付岐阜新聞)とコメントした。
 ほかにも、「卒業生たちが地元に残れるよう、企業誘致を通じた雇用確保などを自治体に働きかけたが、思うような成果がない」「就職や結婚、ゆとりある子育てなど若者の希望をかなえる環境を地域につくることを優先すべきだ」といった大学側の声も見聞きする。
 日本創成会議の座長をつとめた元総務相(現・日本郵政社長)の増田寛也も、『中央公論』6月号で「地方創生の掛け声のもと多くの自治体で人口減少対策が進められたが、その施策の多くが結果として、人口という限られたパイを奪い合うゼロサムゲームに陥ってしまった」と認めている。
 「まち・ひと・しごと創生本部」はその後、「デジタル田園都市国家構想」「デジタル行財政改革」と看板を書き換えたが、中身の骨格は変わらない。むしろ問題は、自治体や政府では3年くらいで担当メンバーが交代するため、政策の狙いや責任の所在があいまいになってしまうことだという。
 デジタル田園都市国家構想を掲げた岸田政権では、昨年9月の内閣改造で、デジタル行財政改革との新名称のもとに、地方創生担当相とデジタル相が職務を分けることになり、「わかりづらい」との声がしきりだ。
 自民党の教育・人材力強化調査会(会長・柴山昌彦)は、少子化を踏まえた大学の統合・再編や、定員規模の適正化などを促進する提言をまとめ、政府が今月中にもまとめる「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針2024)に反映させるという。
 現在、文部科学省の中央教育審議会大学分科会の特別部会でも検討されているが、高等教育の「在り方」はこの国を形づくる重要な課題であり、文科省だけでなく他省庁や自治体と連携したバランスある論議が欠かせない。
 提言では、国際競争力を強化するため、値上げも視野に国立大学の適正な授業料設定も検討すべきという。国からの支援規模の私立・国立の格差是正は公正な競争環境を実現するうえで欠かせない課題であり、注視していきたい。

政府の責任でこの10年間の施策検証を

 日本創成会議が「消滅可能性都市」のリストを発表してから10年が経った今年4月、今度は「人口戦略会議(議長・三村明夫)」が、全国の744の自治体で人口減少が深刻化し将来的に「消滅の可能性がある」との報告書を発表した。
 先にこの10年間を「限られたパイの奪い合い」と表現した増田は、人口戦略会議でも副議長をつとめ、その報告書では、消滅可能性を896自治体とした2014年に比べて一定の「改善」が見られるとする一方で、「少子化基調は変わっていない」と結論づけた。
 今回は14年からの経過を踏まえつつ、新たな視点として、人口の「自然減対策」(出生率の向上)と「社会減対策」(人口流出の是正)の両面から分析している。
 政府には、こうした結果をもとに全国的な人口減少対策の検証が求められている。
 経済産業研究所上席研究員の近藤恵介は「2014年の報告書によって地方創生の機運が高まったが、それから10年がたち、今回の分析結果を含めて、さまざまな観点から批判的に検証されるべき段階にきている」として次のように論じている。
 「消滅」という言葉は、危機感を高めて自治体に取り組みを促すという狙いだったろうが、その危機意識が過剰に高まることで意図せずに、若い女性を含む若年層の地域からの流出を逆に引き起こした面があったのではないか。
 人口減少対策は本来、国全体で取り組むべきなのに、地方創生という名のもとに各自治体間で若年層や子育て人口の奪い合いにつながってしまったという批判もある。そして、そうした反省は今回の人口戦略会議の報告書でも指摘されている。
 福島民友新聞の「社説」は、「消滅可能性自治体に分類されたか、されなかったかで一喜一憂する問題ではない。国が存続できるかどうかが問われている」とし、「再び鳴らされた警鐘は、人口減少に歯止めをかけられない政府に向けられたものだ。政府にはもっと危機意識を持ち、日本全体の少子化対策に取り組む責任がある」と主張した。
 今回は、人口流入が多いものの、出生率が低い自治体を「ブラックホール型自治体」と名付け、東京23区の多くや京都市、大阪市など25の自治体が該当するとされた。地方の人口が減ると、ブラックホール型自治体が集中する大都市圏にも影響するから、地方の人口問題は人ごとではないはずだ、という。
 消滅可能性自治体は東北地方が165にのぼり、数も割合も最多となった。

大学のデータサイエンス人材に期待も

 先に紹介した岐阜協立大のある岐阜県でも全42市町村のうち38%に当たる16市町村が消滅可能性とされた。竹内は同大経営学部教授で、2014年の公表後、県人口問題研究会の座長を務め、県内の人口減少の展望と対策をまとめてきた。
 竹内は今回の報告書について「自治体はますます少ない若者を奪い合う施策を競うことになる。若者は日本に未来を感じられず、出産を控えてしまう可能性がある」と危惧する。
 報告書が根拠として示した「20~39歳の女性が半減する」という推計も「女性たちは、自分の幸せや自己実現よりも国のために出産だけを期待されていると感じるのではないか。若い女性の声に耳を傾ける姿勢になっていない」と非難する。
 自治体の役割は「最前線の窓口として、若年世帯に寄り添い、現場に密着した直接的な支援をすること」であり、「財源的な支援や制度設計は国が主導すべきこと。低所得者層への経済的支援や子育て支援制度の充実など、出生率向上のための施策を全国一律に国のリーダーシップで打ち出す必要がある」と訴える。
 「高校卒業後の就職先が少なく域外への転出者が多い」として、Uターン組などを増やすための魅力あるまちづくりを目指して、「若い男女の出会いの場を設ける」「企業誘致を通じた雇用の確保などに努める」といった取り組みが各地の自治体で進められている。
 その際、地元の大学との連携を重視している自治体も少なくない。この10年間で多くの大学がデータサイエンス人材を育てるようになり、地域のさまざまな分野でのデータ分析に活かすべきだ、との指摘もある。

「適正な定員管理」バランスある対策を

 大学の統合・再編や定員問題を「骨太の方針」に反映させるという自民党は「入学者が減少していくなかで、高等教育機関の再編は避けることができない」として、「私立大への助成金にさらなるめりはりを付けるとともに、教育の質を保証できない大学などには撤退を促す」と言う。
 しかし、この10年の地方創生策で見えてきたのは、地方の人口の安定維持こそが大都市圏での持続可能性ともリンクしているという事実であり、東京一極集中を是正する方向を目指して、都市と地方のバランスを取らなければならないということだ。
 進学や就職を機に若者が大都市に流出する社会構造を変えることが重要であり、各地に所在する私立大学と地元自治体・産業界との連携が求められる。
 現在の大学定員の管理政策は、地方私立大を量的に縮小させる方向ばかりが突出している。しかし、地方の高等教育の維持・発展のためには、各地の成長分野に見合った教育内容の充実や、社会人教育の拡充などによって地域需要に応える施策こそが必要なのだ。
 私立大学が、「定員管理」ばかりに偏らず、「定員未充足大学にも、各地域における新たな教育展開を可能にするような支援と、適正な定員管理につながる施策」を国に求めているのは、そのためである。(敬称略)