特集・連載
私大の力
<40> 新幹線の福井延伸
学生募集にも影響?
首都集中か沿線大に恩恵か
■観光に、震災復興にも追い風というが
北陸新幹線の金沢から福井県・敦賀への営業が始まった。東京―敦賀間が直通だと3時間8分に縮まり、この便利さを地域の活性化にどう結びつけるか。沿線では「百年に一度の好機」とする声もある。
富山国際大学が2月に富山市で開いた「敦賀開業記念フォーラム」で、同大准教授の大谷友男は「観光に追い風、震災復興の後押しも」として、「乗り換えなしで東京から福井県まで移動できるようになった意義は大きい。北陸の企業が東京や関東とのつながりを深めたり、東京では北陸からの人材確保の動きを強めたりすることになる」と分析した。
では、沿線の大学にとってはどのような影響があるのか。学生集めや就活などにも大きな変化をもたらすのだろうか。
北陸の各大学では9年前の東京―金沢間の開業時から、首都圏での進学説明会や入試を実施するところもある。反対に、長野県や首都圏の大学も北陸地域の高校に足しげく通い、学生獲得に力を入れている。
新幹線が福井県まで伸びたことによって、こうした大学間のしのぎ合いがさらに強まることも予想される。
一方、関西から見ると、複雑なものがあるという。金沢までの新幹線が先に開業したときから、北陸からの人の流れが首都圏に向いて、関西圏の私立大を志願する高校生の数が減少しているという。
京都、大阪への延伸計画はあるものの、その見通しは立っていない。「ただでさえ東京一極集中が進むなか、新幹線が福井までで途切れていることはハンディになる」と、関西の大学も対応策を考えている。
中央教育審議会大学分科会は「高等教育の在り方に関する特別部会」での議論を加速させるが、最大の課題は「大都市圏と地方」である。
少子化、過疎化に悩む地域において、質の高い高等教育へのアクセスをどう確保していくか。地方にとって、交通網の利便性が人口流失を加速する「逆のアクセス効果」を生むようでは困る。
新幹線が地域格差を食い止める効果を生むよう、沿線大学の奮闘とともに産業界、自治体からの支援策も注目される。
■福井県内の4駅周辺の大学それぞれに
福井県内に誕生した新幹線の駅は、芦原温泉、福井、越前たけふ、敦賀の4つ。同県内には、国立1校、公立2校、私立3校の6つの大学があるが、ホームページを見ると、学生たちも参加しての歓迎事業が確認できる。 私立の仁愛大学(越前市)は「越前たけふ駅」に近く、人間学部コミュニケーション学科の3年生(升田法継ゼミ)が、越前市の広報紙づくりに参加して、新駅のPRに一役買っている。升田は一昨年から広報紙の表紙づくりを引き受け、今年2月に県知事賞(広報紙部門)を受賞した。「これまでとは異なり、メッセージ性が高まった」と評価されたもので、ゼミ生たちもマーケティングの学びを活かし、「人の心に届く、人の心を動かす」情報発信を考えながら取り組んだ。
大学近くにできた新駅の写真撮影に臨んだ学生たちは、「思っていた以上にイイ感じの駅だった。私たちも積極的に魅力発信したい」と語り合った。福井市とあわら市にキャンパスのある福井工業大学でも、「福井県を盛り上げたい」と街おこしの住民グループに参加する学生たちもいる。
国立の福井大学は4年前から、東京の共立女子大学と「福井新幹線プロジェクト」に取り組んでいる。国際地域学部3年のゼミ生と共立女子大の学生たちが県外へのPR動画づくりを始め、コロナ禍のなかでもオンラインで地域振興のためのアイデアや意見を出し合う活動をつづけた。
福井県によると、福井、石川、富山の北陸3県の高校生の域外への進学先は従来、京都府がトップ、2位は大阪府だったが、東京―金沢間が開通した9年ほど前から、石川、富山の両県では東京都がトップに立ち、「首都圏志向」に変わった。
今回の新幹線延伸で、福井県の高校生の動向が注目されるのである。
関西圏からは、これまで金沢まで運行していた北陸本線の特急「サンダーバード」が大阪―敦賀間だけの運行となった。その先の福井市や金沢方面へ向かうには、敦賀駅で乗り換えなければならない。大阪から金沢まで22分の時間短縮になるとはいえ、乗り換えの影響は大きい。
「乗り換えは面倒だ。サンダーバードを金沢まで残してほしかった」という関西の人たちの不満の声も聞かれる。福井県としても、温泉客や名所を訪れる観光客の約7割を関西や東海から集めてきただけに、影響を心配する。
■域外の視点を取り入れた取り組みも
こうした新幹線の経済効果には、東北や北海道の人たちも関心を寄せている。
東京―青森間は東北新幹線、青森から函館までは北海道新幹線が8年前に開業し、6年後には札幌までの延伸を予定している。
青森県ではこの1月、新幹線フォーラム「『福井×青函圏』絆と未来―北陸・敦賀延伸から北海道・札幌延伸へ―」が開かれた。
青森大学の社会学部教授、櫛引素夫が主宰する「あおもり新幹線研究連絡会」が主催し、福井県や仙台市からの来場者、さらに北海道や神奈川県、福井県などからのオンライン参加も加えて約30人が研究報告に耳を傾けた。
櫛引は新幹線と地域の研究の第一人者で、日本各地の事例を踏まえて講演活動をしている。「あおもり新幹線研究連絡会」は櫛引の研究室が事務局を務め、青森大学、弘前大学、青森中央学院大学などで構成している。
フォーラムは北海道新幹線の札幌延伸と、そのころ現実化する青森県の「人口100万人割れ」の時代に向け、地域の活性化にいかに取り組んでいくか。「北陸新幹線の沿線地域にもたらす変化と北陸から学ぶべきこと」を明らかにして、「人口減少社会の再デザイン」を試みたいという。
昨年10月、福井県立大学が開いたフォーラム「北陸新幹線は福井をどう変えるか?」にも櫛引はパネラーとして招かれ、県内の人たちとも意見交換している。
このフォーラムでは、福井県が日本の「幸福度ランキング」で一番幸せな都道府県に選ばれ、北陸全体が高い評価を継続して維持していることなどにも言及され、地域特性としてPRに役立てることなども提案されたという。
県によると、女性の就業率は全国のトップクラスにあり、共働きの世帯の割合も全国平均を大きく上回る。「女性が常勤として長くつづけられる職業を持ち、暮らしやすい環境にあることが、子供の就職でも、企業の知名度や見栄えなどより、地に足のついた判断ができる」と関係者は胸を張る。
そうした背景もあって、福井の大学生は就職でも、大都市の学生より流行や知名度に左右されず、地元志向も強いことから、離職や転職も比較的少ないとされてきた。
■地元自治体との連携「在り方」も課題
しかし、その「地元志向」も新幹線の波を受けている。
福井新聞によると、福井県内から北信越(石川、富山、長野、新潟)の大学に進学した学生のUターン率に減少傾向が見える。新卒者のUターン率は、北信越では40%台前半を維持していたが、昨年春は前年比4・2ポイントも低下した。
県内に戻らない理由として、「北信越への交通アクセスが良くなり、リクルート活動を活発化させた関東圏の企業に就職する卒業生が増えたことも大きい」と見られる。
この2月、福井県は延伸を機に、「Uターン対策を強めたい」として北陸エリアで初めて金沢学院大学(金沢市)など2校と就職支援協定を締結した。「今後も、県として北信越の協定校を増やす」という。
9年前の北陸新幹線の開業直後から起きている変化は一過性でなく、首都圏―中部―関西という本州の半ばを覆う大きなスケールでの「人の動きや情報の変化」を伴っている。地元大学でも、「(福井延伸を機に)東京だけでなく、北関東や東北などからも志願者を集められるようにしたい」と意気込む。
中教審の特別部会では、地域における高等教育へのアクセス策の議論のなかで、さまざまな意見が交わされている。
そのなかには、「新卒者の地元就職率を上げるには、在学時に地元企業を知ってもらう努力を地方の大学に求めたい。地域の活性化には、卒業生も含めた地元定着率を高めることが重要だ」といった意見もある。
地域ごとに、その地域の将来像をどう描いていくか。大学には、そのための中心的な役割を担うことが期待されている。新幹線の福井延伸が地域の活性化とともに、地元大学の産業界や自治体との連携の「在り方」にも変化をもたらすのか、今後の地域の高等教育を占ううえでも注目される。
(敬称略)