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私大の力

<39> 変わる大学図書館
「コロナ」とデジタル化
「能動的学修」10年の積上げ

平山一城

■「アクティブラーニング」の言葉で始動

 10年ほど前、イメージを一新する大学図書館が次々に誕生し、驚いた。
 2012(平成24)年の創立100年事業で新設された成蹊大学(東京都武蔵野市)の図書館は一部が高さ約20メートルの天井まで吹き抜け、そこに「プラネット」というガラスドームが浮いている。
 プラネットごとに机と椅子が置かれ、20人ほどが書架から本を持ち出して閲覧できる。周辺には、研究テーマなどについて議論できる「会話ゾーン」も設けられた。
 東京理科大学では新しい葛飾キャンパスに、玉川大学(町田市)でも新築の教育棟にと、それぞれ新タイプの図書館を開設しており、そのスケールの大きな空間とともに、旧来の概念をくつがえす作りが印象的だった。
 玉川大図書館の当時の館長は「パソコンなどデジタル機器も利用できる公共の場、アメリカにある『ラーニングコモンズ』という考え方で構想しました。静かに1人で学修するスペースもありますが、学生たちが集い、長い時間を過ごしながら自己啓発や、そのヒントを得られる『滞在型図書館』という理念を取り入れたものです」と語っていた。
 こうした型の図書館を設置する動きは2012年、中央教育審議会の答申(「大学教育の質的転換にむけて」)のなかで初めて公に使われた『アクティブラーニング(能動的学修)』という考え方に対応していた。
 デジタル時代を見据え、従来の大学教育で用いられてきた学修・指導方法を転換しようとするもので、高校までの学習指導要領のなかでも「主体的・対話的な学び」との表現で取り入れられた。2020(令和2)年度の文部科学省の調査によると、アクティブラーニングのスペースを設けている大学は全体で543大学(68・6%)に達し、図書館も同様の理念で再構築されるところが増えている。
 現在の大学生はデジタル機器に囲まれて育った、いわゆる「Z世代」となり、教育の現場でも、知識重視型から能動的に課題解決力を磨ける「アクティブラーニング」へと、この10年余、様々な試みがなされてきた。
 そこに新型コロナウイルスという未曾有の経験が加わり、大学図書館の在り方にも新たな発想が求められている。

■文末「 。」を「マルハラ」と怖がるZ世代

 「Z世代」は本を読まない、活字離れが進んだと言われるが、彼らの気質を象徴するあるエピソードが2月6日付の産経新聞に掲載された。
 LINE(ライン)などSNSで、中高年から送信される「承知しました。」「連絡ください。」のように文章の最後に句点がついてくると、「(相手が)怒っているのではないか」と恐怖心を抱く若者が多い。文末のマル「 。」から、これを「マルハラ(マルハラスメント)」と表現し、中高年との間に認識のギャップが生まれたというのである。
 これを知った歌人の俵万智は自身のX(旧ツイッター)で、この現象について、「句点を打つのも、おばさん構文と聞いて...」と前置きし、「優しさにひとつ気がつく ×でなく〇で必ず終わる日本語」という短歌をアップした。
 大きな反響があった。投稿から3時間あまりで200件以上のコメントがSNSに寄せられ、そこには「『、』『。』があるから、ホッとするし、テンポもいい」「おじさん構文、おばさん構文と揶揄(やゆ)するのは異常。優しい日本語を正しく使っていきたい」といったものもあったという。
 産経の記事には、「中高年は主にメールを使っていたため文章が長く、句読点も多い。若者はリアルタイムのチャットのようなやり取りで、句読点を打つタイミングで送信するため、あえて句点を付けると相手に威圧感を感じさせるのではと考えるようだ」との成蹊大客員教授、高橋暁子の話が載っていた。
 一般に、1980年代からの「デジタル化の時代」のうち1995(平成7)年頃までに生まれた世代を「ミレニアル世代」、その以後が「Z世代」と呼ばれている。
 この世代はすでに20歳代の後半までを占め、間もなく社会の中心を担う存在になる。その彼らが学ぶ「大学図書館の今」に、ことのほか興味が沸くのである。

■「集い合い、学び合う場」の取り組みも

 昨年から「知の館 大学図書館を巡る」という企画が読売新聞で続いているので、いくつかの取り組みを拾ってみよう。
 帝京大学は2006(平成18)年、東京都八王子市のキャンパスの図書館を「メディアライブラリーセンター」に建て替えた。当初は目新しさもあって利用者数は伸びたが、次第に頭打ちとなったため、読書推進プロジェクト「共読ライブラリー」を始めた。
 センターの3階と4階の天井まで届きそうな書架、その側面を黒板にし、「お薦め」の本を紹介する。本を選び、イラストなどを交えて読みたくなる仕掛けを考えるのは「共読サポーターズ」の学生たち。推薦文の書き方を指南するセンター主催の研修を受け、合格した学部1年生から大学院生まで約50人がメンバーとなった。
 「本を保管し、貸し出すだけでなく、本に向き合う機会を作ろう」(職員の辺見純子)と2012年度からサポーターズを募った。教員たちも賛同し、八王子キャンパスで学ぶ1年生約4000人の担任140人全員の推薦本もコメントとともに並んでいるという。
 神奈川大学の「みなとみらいキャンパス」は2021(令和3)年に開設された。横浜市の港に面した一角、高層ビル群に立つ21階建ての建物全体がキャンパスだ。1階にはカフェやレストラン、観光相談のカウンター、ラウンジなどがある。
 学外にも開放されてショッピングモールのようだが、あちこちに書架が立っている。計約3800冊は2階と3階の図書館の蔵書(約16万冊)から選んだもので、学外者でも自由に閲覧できる。
 学生たちには、専用アプリでキャンパスのどこでも貸し出しができるシステムを導入した。全ての本にICチップを埋め込み、スマートフォンでバーコードを読み取ることで、図書館カウンターに立ち寄ることなく本を持ち出せる。図書課長の吉場千絵は「目指したのはキャンパス全体の図書館化です」と胸を張る。
 大正大学(東京都豊島区)の図書館は、キャンパスの正門を入ると広場の先に荘厳な建物が見えてくる。3階から4階への階段は半分がベンチで、書架に囲まれたテーブル席やバルコニー形式の席など様々な閲覧スペースがある。
 吹き抜けのホールは開放的で、テーブルと椅子が並び、学生たちが飲み物を片手に談笑する。他大学の学生や近くの住民も利用できる。
 夕方、制服姿の中学・高校生たちが目立つ。「どうやら、大正大学の図書館がすごいらしいよ」。昨年、こんなキャッチコピーのポスターと利用案内を、近隣の中高145校に配った。新型コロナが落ち着いたのに合わせ、利用者を増やそうと図書館が制作した。
 「集い合い、学び合う場所にしたかった」と、教職支援オフィス教授で図書館長の稲井達也は強調する。議論する場所、静かに思索や読書、研究に没頭できる場所と、穏やかに「すみ分け」ができるよう本の配置も工夫している。

■「ポストコロナ」の新しい価値観に対応

 大正大学図書館は昨年、そうした活動を『「学び」と「集い」の図書館に挑む 大学図書館の未来と創造』(大正大学出版会)という本にまとめた。
 館長の稲井は本の「はじめに」で「コロナ禍によって私たち1人ひとりが弱い存在であることが浮き彫りになり、社会が包摂から排除へと向かう傾向も顕在化しています。『ポストコロナ』に大学図書館を一般に解放するのは、私たちが集い、学び合うことによって、新たなつながりや発見が生まれる場になることを意図したものです」という趣旨のことを書いている。
 「ポストコロナ」は、単にコロナ禍が収束した後という時期的な意味の「アフターコロナ」とは異なる。ポストモダンやポスト冷戦といったように、ある事象を境とした「~以後」の時代へ、それ以前にみられた哲学・思想や価値観とは異なる新たな時代へのニュアンスが強くなる。
 「ポストコロナ」には、コロナ禍での経験を受けて、従来の延長ではない生活の変化への対応が必要になる。稲井は、そうした意味でこの言葉を使うのだろう。
 ほぼ10年前に提示された「アクティブラーニング(能動的学修)」という理念の意味も、コロナ禍を挟むことによって変化している。オンライン授業の急増のような目に見えるものだけではない、人間の生きざまに関わる価値観の変化をも意識しなければならない。
 大学図書館の担当者は、そうした点にまで配慮して新たな運営方法を模索している。