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特集・連載

私大の力

<38> 理事長アンケート
現状に強い危機感
「経営改革の正念場」を占う

平山一城

■「躍進期」後に描くべき高等教育の姿は

 2016(平成28)年、日本私立大学協会(私大協)が作成した「創立70周年記念誌」の年表には、戦後私立大の歴史を4つの時期に分けてある。
 1974(昭和49)年からが、3番目の「教育改革期」だった。「学園紛争を乗り越えて」の節目であり、そしてもう1つ、私立大にとって象徴的な意味があった。
 「私学への経常費助成(人件費を含む)」がスタートして5年目、文部省の目標の通りならば、この年、経常費の半額助成が実現しているはずだった。
 しかし、財政事情によって大蔵省(現・財務省)のストップがかかり、その目標は今に至るも、いまだ果たされていない。
 ただ、これを機に私立学校振興助成法が成立し、文部省(現・文部科学省)による「助成」と「規制」をからめた誘導策のなかで私立大は、その独自性を維持しながら「教育の質保証」のための改革に向かっていく。
 その転機が1974年にあったという見方から、70周年記念誌は「教育改革期」の始まり、と位置づけたものと思われる。
 このあと1996(平成8)年からの20年間は「躍進期」と名付けられたが、私立大の経営面から見ると、少子化に転じた社会情勢のなかでの苦闘が始まるのである。
 これを、ある専門家は「90年代はじめの18歳人口のピークまでは『万年成長産業』だった私立大が、今後は確実に『慢性構造不況産業』の仲間入りをする」(黒羽亮一著『戦後大学政策の展開』)と表現している。
 さて、冒頭から、こんな歴史を振り返ったのは、文部科学省が来年度(令和6年度)からの5年間を、高等教育の「集中改革期間」と位置づけ、本腰をいれて再編・統合の論議を促す姿勢を見せているからだった。
 昨年秋、文科大臣は中央教育審議会にその旨を諮問し、「将来を見据えたチャレンジや経営判断を行う私立大・短大・高専への総合的支援を充実」することで、主体的な改革を後押しするとしている。
 先月発行されたリクルート社の『カレッジマネジメント』誌は、「この5年間が大学経営改革の正念場になる」として「理事長の視界から考える法人経営の課題」についてアンケート調査を実施し、その結果を掲載していた。
 果たして、これから5年後、10年後の日本の高等教育の姿はどのようになるのか。「躍進期」の後に、日本の私立大はどのような発展過程を目指すべきなのか、大切な時期が始まるのである。

■9割近く「淘汰・再編は避けられない」

 『カレッジマネジメント』誌のアンケートは、学校法人東京家政学院理事長(筑波大名誉教授)、吉武博通の監修のもと、東北大大学教育支援センター学術研究員、和田由里恵の協力で実施された。
 質問用紙を大学・短大を設置する全国の学校法人の理事長660人に送付し、161人からの回答を得たという。回収率は24.4%だった。
 「大学においては『存続』や『危機回避』のための、より確かな将来構想と、リアリティある具体的な戦略、柔軟でスピーディな意思決定がこれまで以上に不可欠となっている」。そうした観点から、学校法人の経営責任者である理事長たちの認識を問うのがアンケートの目的だった。
 質問事項には、現状認識、課題認識、取組評価、今後の取り組みに当たっての課題の4つの大枠を設けた。
 まず、「現在の経営状況に関する認識」については、回答した理事長の9割近くが「淘汰・再編は避けられない」と考えているのが目立つ。「現時点において経営面で特段の不安を感じていない」とする回答は1割にとどまった。
 大学全体の入学定員数に対して未充足の状況にある法人は42%あり、「すでに一部の学部が未充足」「近い将来の定員割れを危惧」まで含めると約7割が定員充足での強い危機感を抱いていることが分かった。
 こうした傾向は「多くの大学がひしめき合う三大都市圏」でも同じようにみられ、危機意識が地方だけでなく全国的に深まっている。規模別に見ると、学生数1000人未満で最も高く、次に1000人以上2000人未満とつづき、小規模校ほど厳しさを実感していることが裏付けられた。
 経営の今後の方向性について、「今後3年程度の間に教育組織の改組を考えているかどうか」を尋ねたところ、約65%の大学が改組を検討していると回答している。
 具体的な検討内容を複数回答で聞いたところ、「既存学部の改組・分割を予定または検討中(学部名称変更を含む)」が36・6%、「新たな学部の設置を予定または検討中」が19.9%、「既存学部間の統合再編を予定または検討中」17.4%、「既存学部の廃止を予定または検討中」5.6%などとなった。
 回答者の6割近くが「(法人の)収支バランス」を極めて重要な課題と認識し、そのうえで重要度・緊急性の高い経営施策として、学生募集、教育力の強化、広報・ブランディング戦略の強化をあげている。一方で、社会人に対するリカレント・リスキリング教育、受け入れ留学生の増加については重視する考えが示されているものの、「極めて重視している」は30%台にとどまった。

■法人内での「改革意識」の醸成がカギに

 今回の調査結果について、監修者の吉武は「最も気になった点」として、経営改善に向けた取り組みはしていても、その内容の「評価」には満足していないとの回答が全ての施策において圧倒的に多かったことを挙げた。
 そして「成果に対する評価が、どちらともいえないとの回答が意味するものは何であろうか。『やってはいるが手応えを感じない』という感覚に近いようにも思われるが、取り組みそれ自体の評価、成果をめぐる評価をより明確化することで、経営の質をさらに一段高めることができる」と指摘した。
 吉武はそのうえで、組織運営での最大の課題を「構成員の能力向上・意識変革への問題意識」とし、「大学は教員と職員という2つの職種によって機能が維持されている。この問題をどう解決するかに大学の将来がかかっているといって過言ではない」と訴える。
 つまり、資金面の制約を克服しながら、教職員の意識変革を促し、それぞれの対応能力を高めることができるかどうかがカギになるという。
 実際にアンケートの回答でも、「課題」とした割合の順位は教員の意識(60.2%)、資金面の制約(59.6%)、職員の意識(56.5%)、職員の職務遂行能力(53.4%)、教員の教育研究力(52.8%)となっていた。
 同誌編集長の小林浩は、「大学には、それぞれ組織文化がある。改革に積極的な学校法人はその成果が実感できるから、改革を止めることを恐れる。一方、そうでない法人では、改革を特別のものとする意識が定着し、改革・改善をすること自体が怖くなってくる。理事長が考える課題として、教職員の意識改革が上位にあるのは理解できる。法人内で改革推進の組織文化をどのように醸成していくか、『集中改革期間』とされた今後5年間が大学の経営改革の正念場となるだろう」と総括している。

■地方創生でも役割を果たしている自信を

 今月中旬、日本の名目国内総生産(GDP)がドイツに抜かれ、アメリカ、中国、ドイツに次ぐ世界4位に転落した、との発表があった。私大協が創立80周年を迎える2026(令和8)年にはインドにも抜かれるとする予測もある。
 最近の円安や過去のデフレなどが要因との分析もあるが、18歳人口の減少が確実かつ急速に進むなかで、大学の事業構造も変わらざるを得ない。これからの大学の在り方を占う大切な時期であり、悲観してばかりはいられない。
 日本各地の私立大は、21世紀に入って国が「地方創生」を最重要政策とするなかで、多様な教育を実践し、地域に根ざした取り組みを行うことで、地方における人材育成や課題解決に貢献してきた。
 そのことに自信を持って前に進むことだろう。国も、私立大の振興を図り、各大学が蓄えた経験や、知的・人的資源をさらに活用することが、日本経済の再浮上につながることを忘れずに政策を施してほしい。
 私立大は、地域社会からの要請を背景に設立され、それぞれ建学の精神を掲げて多様かつユニークな発展を遂げてきた。「人生100年時代」が現実味を帯び、ますます複雑化する社会にあって、あらゆる世代に開かれた知の拠点として一層の発展を目指さなければならない。
 そうした私立大の「使命」を果たそうという覚悟こそが今、各大学の経営陣、教職員に求められているのだろう。(敬称略)