特集・連載
私大の力
<36> トビタテ第2ステージ
拠点事業もGO!
留学「早期化」で回復加速へ
■佐々木選手のアメリカ進学が注目され
甲子園に2度出場し、高校時代の3年間で140本のホームランを記録した花巻東高(岩手県)の佐々木麟太郎が来年、アメリカの大学に進むという。
日本のプロ球団も注目する逸材だけに、早くも、「留学先の大学はどこに、そのままアメリカの大リーグに入るのか」と報道合戦がにぎやかだ。
もちろん日本の大学への進学を表明していたら、獲得競争も激しかったことだろう。
花巻東は「社会人の資質」の大切さを掲げる私立高で、野球部から大谷翔平、菊池雄星というアメリカで活躍するスター選手を生んでいる。彼らを育てた監督は佐々木の父親でもあり、注目度がさらに増すことになった。
息子の選択に、「海の向こうの先輩方からも、判断材料となるアドバイスを受けた」と言う監督は、「野球がうまいだけの人間になってほしくない」が選手の育成方針で、部員が2年生になると、個別に面談を重ねて進路相談にのるという。
佐々木も「野球だけでなく、人生の可能性を、学びながら広げていく」との父の教えを受けて決断したというが、さて、大谷や菊池の助言はどんなものだったか。
コロナ禍が落ち着き、日本の若者の海外留学もようやく回復基調にある。佐々木のように高卒で海外の大学を目指すというケースも珍しいことではなくなった。
文部科学省と日本学生支援機構は10月11日、「トビタテ!留学JAPAN」の第2ステージ 「新・日本代表プログラム」の募集要項を公開し、高校生等・大学生等の両コースに分け、12月にかけて説明会を開いている。
「トビタテ!」は大学生中心でスタートしていたが、今回の募集は高校生700人、大学生250人と高校生の比率を高め、「産官学が協創し、高校段階からのグローバル人材育成に取り組む」ための「拠点形成支援事業」も新設している。
政府の教育未来創造会議は4月の第2次提言で、海外留学者をコロナ禍前より増やすことを目指し、2033(令和15)年までに日本人学生の留学者数を50万人、外国人の受入数を40万人とする目標を掲げた。
この際も「中学・高校段階からの国際交流の推進」を謳っており、留学の「早期化」はこの方針に沿ったものだ。一方、日本国内の大学については「国際化の一層の推進や、外国人材への魅力的な教育環境整備」を求めている。
各大学とも、コロナ後のグローバル戦略を本格化させるなかで、とくに地元自治体や産業界と連携した留学事業を重視している。「トビタテ!」第2ステージも、高校との連携を含めた体制の再整備につなげたいところだろう。
■コロナ禍の「内向き傾向」跳ねのけよ
「トビタテ!」の募集要項によると、第2ステージの実施期間は今年度から2027(令和9)年度までの5年間で、「コロナ禍で落ち込んだ留学生数をコロナ前の水準に早期に回復させること」を当面の目標に掲げた。
「新・日本代表プログラム」と名付けた趣旨について、文科省のホームページには「日本の未来を創る<CODE NUMTYPE=SG NUM=7078>グローバルリーダー像<CODE NUMTYPE=SG NUM=7A76>と留学を通じた学びをアップデートし、日本の社会課題解決や新産業創出に貢献する人材の育成を目指す」とある。
その財政的な支えとして、民間企業などからの寄附の目標額を100億円とし、「5年間で高校生等4000人、大学生等1000人の計5000人以上の生徒・学生に経済的支援を中心とした留学支援を行い、留学機会を創出することを通じて、日本の留学機運を再度盛り上げる」としている。
文科省の国際教育課によると、「トビタテ!」は官民協働のもと「社会総がかり」で取り組む海外留学支援制度として2015(平成27)年度にスタートした。当初、2020年までの予定だったが、コロナ禍のために昨年度まで延長していた。
この第1ステージに海外に留学した大学生は6082人、高校生は3389人の総計9471人となっている。
日本では、海外留学を希望する若者の割合が他国に比べて少ないことがたびたび、指摘されてきた。2018年の調査では、欧米や韓国では50%以上になる留学希望者が、日本は30%ほどだったという。
コロナ禍によって、この「内向き傾向」がさらに強まったとする指摘もある。オンラインでの授業や海外交流に慣れたことにより、外国に出て行くことを億劫(おっくう)がる若者が増えているという現場の声も聞く。
今回の第2ステージで「早い時期」、とくに高校段階からの留学支援を打ち出した背景には、そうした背景もある。
「高校生等」コースの対象は、高校のほかに中等教育学校の後期課程、特別支援学校の高等部、高等専門学校(第3学年以下)、専修学校の高等課程に在籍する日本人生徒などが含まれる。こうした学校の生徒たちを勇気づけることで、停滞する留学熱を高めていくのが狙いだ。
■指定地域コンソーシアムに大学も参加
今年度から始まった「拠点形成支援事業」には、滋賀県、静岡県、石川県の3地域が採択された。すでに地域の高校生らを対象に「産学官が協創して、留学機会の提供と留学機運を醸成する活動」を始めている。
採択地域ごとに毎年、最大で50人を選抜し、それぞれの目的に応じた通常コースに、「地域探究」という特別コースを加えた留学プログラムを提供する。
文科省では、その活動主体として、高校・大学に産業界、自治体が加わる「地域コンソーシアム」を想定している。「組織を立ち上げ、軌道に乗せるためのアドバイスや一定の資金援助をします。今年度は申請のあった3県が対象ですが、来年度からも順次、拠点事業への申請を受ける予定です」(国際教育課)という。
滋賀県ではすでに、教育委員会のホームページで拠点事業に採択されたことを報告し、文科省の募集開始の告知を受けて10月10日、「滋賀留学支援コンソーシアム」の役員会を開いている。
県知事の三日月大造が会長となり、県教育長や県商工会議所連合会長、高等学校関連団体の代表らが名を連ねた。大学からは、県内にキャンパスのある立命館大学長、仲谷善雄も加わる。仲谷は県内の大学で組織する「環びわ湖大学・地域コンソーシアム」の理事長でもあり、大学側から新事業を支える。
ホームページには「生徒自らが探究活動を伴う留学を計画し、海外での探究活動を通じて得たものを社会に還元し、地域にイノベーションを起こすグローバル探究リーダーを育成するプログラムです」と謳われている。
一方、静岡県では2017(平成29)年、「トビタテ!」の「地域人材コース」に採択され、「ふじのくに地域・大学コンソーシアム」を組織して活動を続けてきた。その成果もあって第1ステージでも、他県に比べても多い83人の高校生を海外に送り出すという実績をあげた。
「県内企業からの寄附金と、国・県の補助金をもとに奨学金を給付し、海外留学を支援してきましたが、今回、拠点地域に採択されたことで、さらに高校生等の留学支援に力を入れることになります」。県の担当者は張り切っている。
■大谷選手らの海外雄飛も刺激になるか
「野球がうまいだけの選手になってほしくない」。この監督の方針で育てられた大谷翔平は、謙虚で他人を思いやり、球場のゴミを拾うといった行動が、北米の教育界でも注目される。ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう』のハーバード大教授、マイケル・サンデルは、大谷の偉業の道徳的な意義を語っていた。
カナダでは、50年以上の教師歴を持つトロントの大学講師が、ファンクラブを自ら立ち上げ、日本の伝統と文化に誇りを持つ大谷のエピソードを「道徳授業の教材」として用いているという。
大谷を指導した監督の息子である佐々木のアメリカ留学には、あちらでも注目が集まるだろうが、こうした海外雄飛の話題が、コロナ禍で消極的になりがちな日本の若者の留学意欲に火をつける刺激剤になることを期待したい。
最近のウクライナ侵攻や中東危機が国際情勢を劇的に変化させ、円安に航空運賃や物価の高騰が加わって海外留学には逆風が吹いている。費用が上昇したため、やむなく留学を断念する学生も少なくないという。
しかしグローバル化が進むなかで、留学経験のある人材を増やすことが日本社会の急務であることに変わりはない。家庭の経済状況に左右されず、できるだけ多くの希望者が留学できるよう、政府や産業界、そして大学も裾野を広げる取り組みを進めるべきだ。
「トビタテ!」第2ステージには、そのための強い基盤になることが期待される。(敬称略)