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私大の力

<32> 少子化ショック
「構造調整」急ぐ韓国
大学リストラ8年後の現実

平山一城

■昨年の政権交代によって第2周期へ

 韓国の大学入試の日の光景が、日本でも毎年、恒例のニュースになる。
 11月の寒空の下、会場に遅れそうになる受験生をパトカーが運んだり、英語のリスニング試験の間は、飛行機の離着陸が中止されたり、校門の前では、母親たちが必死に祈りを捧げる姿がテレビ画面に映し出される。
 どの大学に入るのかによって、その人の将来が決まる、という学歴社会・韓国の象徴として一般に紹介されるのだが、しかし、こうしたニュースを最近の日本の大学人たちは、冷めた目で見ているに違いない。
 私立大の高等教育に占める割合が約80%と日本と似た構造を持つ韓国では、日本以上のスピードで少子化が進み、大学の名前さえ気にしなければ、どこかに入学できる全入時代がいち早く到来している。
 入試の日のあのドタバタ劇はあくまで、知名度の高いエリート校をめぐる光景であることが、日本の教育界でも広く知られるようになった。
 そして、一方で、過去8年間に大学の入学定員の約10%を削減する韓国政府による「構造調整」という名のリストラ策が進んでいることも。
 流通経済大教授(日本私立大学協会附置私学高等教育研究所研究員)の尹敬勲は2015(平成27)年、本紙アルカディア学報に寄せた論文で、当時の韓国の朴槿恵政権が打ち出した構造調整策を紹介していた。
 それは「教育部(日本の文部科学省)が、定量・定性指標を活用して、計298校の大学をA・B・C・D・Eの5つの等級に区分し、D・Eランクで『不良大学』の烙印を押された大学が生き残るためには、ランク別に教育部が示した水準の定員削減を実施するしかない」というドラスティックなものだった。
 この政策は、政権交代によって一時緩められたが昨年5月、尹錫悦政権が誕生したことによって再び、加速化する様相をみせている。
 8年にわたる「構造調整」によって、韓国にどのような変化が起きているか。その点を尹敬勲に聞いてみると、大学の消滅した街の「ゴーストタウン化」が進んでいるという驚くべき実態が分かった。
 日本でも、中央教育審議会の大学分科会が5月スタートした今年度の審議で、少子化に対応した高等教育全体の「適正規模」について検討を進める、という。
 分科会長の永田恭介(筑波大学長)は、「日本の人材育成力を高度化し、国の総合力の低下を招かないよう大学のレベルアップが必要で、最終的には『選ばれる大学』ということになる」と所信を述べている。
 審議では、韓国と同様に、受験生が大都市圏に集中しすぎたために、定員割れを起こしている地方大学の問題が焦点の1つになるだろう。しかし、くれぐれも、地方での立地の意義に配慮したバランスのある審議を望みたい。

■2年で1万6000人削減の荒療治

 韓国の中央日報(日本語版)が昨年9月16日付で報じた記事によると、継続している構造調整政策は「大学適正規模化計画」という名称で報じられている。
 それによると、韓国の大学の入学定員は2025(令和7)年までに、トータルでさらに1万6197人減らされる。
 教育部はこの計画に参加する大学96校を発表したが、削減数の内訳は、一般大学55校が7991人、専門大学41校が8206人となっている。学部の定員を大学院に移したり、一般人の学習者に転換したりすることも含めた数値という。
 地域別では、ソウル首都圏以外の大学が74校で全体の削減規模の88%を占める。首都圏は22校で12%にとどまる。
 教育部は、この定員削減の見返りとして、96大学に支援金という名目で総額1400億ウォン(約143億円)を配り、このうち、非首都圏の大学に約1200億ウォンが配分されたという。
 教育部は、地域別に大学定員の適正基準を定め、今年度から基準に及ばない下位30~50%の大学には「適正規模化」を勧告することにし、これに従わない場合は、翌年から財政支援を打ち切ることとした。
 この計画には、朴槿恵政権の次の文在寅政権が定員削減を大学の自律に任せたことによって停滞していた構造調整を、元の軌道に戻す狙いがあった、と中央日報は指摘する。
 しかし、支援金を口実にした定員削減は、首都ソウルのほとんどの大学にはそっぽを向かれている。「過去に定員を減らし、1回限りの支援金を受け取った大学は後悔している。支援金は長期的には意味がない」と話す関係者もいる。
 このため長引く構造調整では、地方大を中心に定員が減ることになり、従来から問題化している首都圏集中に一層拍車がかかるとの批判も出ている。

■大学の廃校で「ゴーストタウン化」も

 この大学適正規模化計画は、「文在寅政権での政策名であり、私が8年前の論文で紹介したランク付けを伴う第1周期の次の段階」と流通経済大教授の尹敬勲は言う。
 その上で、構造調整の8年間の結果について、「多くの大学が定員削減をし、財政支援大学や、特に不正があった大学は経営難に陥り、次々に学校閉鎖が起きている。とりわけ、2000年以降の廃校19校のうち18校が地方の大学で、このうち強制閉鎖が14校、自主閉校した大学も5校ある。これにより地方の大学周辺の街は、ゴーストタウン化している」という現況を教えてくれた。
 地方大は定員確保のため、アジアからの留学生招致にもつとめたが、不法滞在などの問題に直面する一方、海外展開の動きもあまり見られないという。ソウルとソウル以外の大学の格差は広がるばかりで、国立大を含めて地方では、一旦入学した学生が「仮面浪人」をしてソウルの大学を再受験して退学する現象も見られる。
 しかも韓国の私立大については過去10年間、「半額授業料」政策が実施され、入学金の徴収も禁止されてきた。このことも「大学のリストラ」に厳しさを加え、地方大同士の「チキンゲーム」の様相を呈している、という。
 尹敬勲は昨年、私学高等教育研究所の坂下景子とともに、韓国の漢陽大学校理事長の金鐘亮と大阪商業大理事長・学長(私大協副会長)の谷岡一郎によるオンライン対談を企画し、その内容を同年7月13日付本紙アルカディア学報に載せた。
 韓国の私立大の授業料収入に依存する収益構造が崩壊しつつある中で、漢陽大学校はホテル、証券、病院などの多様な分野で収益事業を展開している。
 一方、大阪商業大もホテル経営をスタートし、傘下の神戸芸術工科大ではアニメ制作関連会社を設けている。コロナ禍によって旅行者・観光客が減った時期、大阪商業大はホテルの一部を大学の女子寮や貸し会議室として運営したことで注目された。
 これらについて谷岡は、「あくまで収益ではなく、教育目的に主眼を置くよう心掛けている」と語っていた。
 地方大では各地で、目の前に迫る危機を乗り切るための多様な挑戦が試みられている。

■国公私立の役割分担、学ぶべき教訓

 日本の構造改革は、どのような方向に進められるのか。
 女子大の閉鎖が相次ぐなど私学法人の経営環境の厳しさが増す中で、文部科学省は今年度、韓国の構造改革を横目に見ながら、私立大に経営改善への一層の努力を促す一方、破綻ルールの整備にも乗り出した。
 6月28日付の本紙が報じた政府の「規制改革実施計画」(閣議決定)でも、「私立大の連携・統合および縮小・撤退の促進に向けた経営者の行動変容を促す措置」の検討が加速されることになった。
 18歳人口は、1992(平成4)年の205万人を境に減少に転じ、2022(令和4)年は4割減の112万人となった。日本私立学校振興・共済事業団の21年度調査では、私大を運営する568学校法人のうち、74法人が経営難で、12法人は4年以内に資金繰りがショートする可能性がある、という。事業団が学校法人向けに作成した経営改善のハンドブックは、大学の撤退や法人解散の手順までも示すような異常事態を象徴する内容になっている。
 文科省の破綻ルールでは、破綻した大学の学生を受け入れた大学については、定員超過を理由とした助成金減額の対象から外したり、学生募集を停止した大学が教員数を段階的に減らせるよう法令を改正したり、といった検討をする。
 文科省幹部は読売新聞の取材に「個別の大学の努力や工夫で乗り越えるのが困難な状況になりつつあり、手を打たなければならない」と話している。
 大学分科会は、高等教育全体の「適正規模」を視野に入れ、今年度中に一定の方向性を打ち出すというが、その際には、「国公私立の役割分担」の再設定が重要であるとの私立大側の主張を忘れないでほしい。
 ドラスティックな施策の結果、地方の疲弊を加速させたという韓国の教訓は何か、その点を念頭において審議を進めてもらいたい。
 (敬称略)