特集・連載
私大の力
<28> コロナ3年の就活
自己PRに不安も
学業こそ「ガクチカ」の主軸に
■来春卒業も「力を入れたもの」不足?
来年春に卒業する大学生の就職活動が3月1日、企業説明会の解禁によって本格的にスタートした。卒業式や入学式でのマスク着脱が自由になるなど、コロナ後の日常がようやく見えはじめたが、就職を目指す現在の3年生は、入学時からコロナ禍に見舞われ、特別の悩みを抱えている。
就職活動で希望先に提出する書類(エントリーシート)、多くの企業はここに「学生時代に力を入れたこと(通称・ガクチカ)」を記載する欄を設けるが、コロナ禍で学生生活を送った学生たちは、その「ガクチカ」不足が心配だというのである。
学生生活で打ち込み、自分をPRできるもの、学生の考える「ガクチカ」について人材会社が今春の卒業生に聞くと、1位が「アルバイト」で全体の61%を占め、2位は「サークル・部活」「ゼミ・学業」の39%だった。しかし、コロナ禍によって留学など海外渡航は制限され、アルバイトやサークル活動も十分にできなかった。
このため自治体や就職支援会社では、「学生たちのPR材料になるようなもの」を探す手助けをする試みも広がっていた。
一方、見逃せないのが、採用側の変化である。「ガクチカ欄」をやめて、別の形で自己PRしてもらう項目を新たに設けたり、学生の本分である「学業重視」に回帰したりと、学生たちの人柄や能力をどう見極めるかという古くからの課題が表面化しているという。
人材研究所代表の曽和利光は「本来の採用は、学生の『人となり』、性格や能力、価値観を企業側が知って、仕事や文化とフィットしているかを確認する。だから学生は派手なエピソードよりも、コロナ禍でも比較的影響が少なかった学業について話せば十分に自己PRできるはず」(日経デジタル)と言う。
学生が「学業」以外の成功体験にこだわる、その原因は採用側にあった、と曽和は語る。かつて大学がレジャーランド(遊興場)化したというイメージが広がり、「学業の話を聞いても仕方ない」という採用担当者が増えた。それが学生にインパクトのあるエピソードを求めるガクチカ欄につながっている。
このコロナ禍を奇貨として、「学業の舞台で何をしたか、どんな科目を選択して学んだのか、授業やグループワークでどんな成績を修めたのか」などを中心に聞く方向に転換すべきだ。それでも十分に、その「人となり」を知ることができる、という。
こうした指摘に大学側として、どう考えていくべきなのか。今年の就活では「ガクチカ」をめぐって学生、企業の双方が難しい対応を迫られている。
■私立大の多い埼玉県、独自の支援事業
私立大を中心に40近い大学を抱える埼玉県では昨年11月下旬から、「埼玉ガクチカクラブ」という事業を展開中だ。「県の事業を学生に手伝ってもらい、ガクチカの候補の1つにしてもらおう」という趣旨で、大学院、大学、短期大学、高等専門学校、専門学校に在籍中の学生を対象に今月末までつづく。
県のウェブサイトによると、「学生のガクチカ形成の促進や、県内企業をより詳しく知る機会の確保を目的として、クラブ活動を実施する。県内企業への取材体験や県就活イベントの広報企画体験など、希望に応じて参加が可能です」とある。
これまで20人ほどの学生が参加し、地元企業をPRする県の冊子を作成したり、企業インタビューで原稿を執筆したりといった活動に取り組む。地元サッカーチーム「浦和レッズ」とサポート企業とのイベントで、SNS(インターネットの情報サービス)を効果的に活用した広報を県の担当者と共に検討したグループもある。
大学生の就職活動では、企業説明会は3年生の3月、選考は4年生の6月に解禁という政府主導のルールがある。インターンシップのピークは2月だが、全国的にみても、今年は例年以上にインターンシップ活動に力を入れる学生が目立つ。これも「ガクチカ」に不安のある学生の増加と関係しているのではないか、と専門家はみている。
そのような折、政府は昨年6月、インターンシップで受け入れた学生の情報を、その後の採用選考に使うのを認めてこなかった方針を転換し、今年から一定の条件を満たせば認めることとした。
■日常の変化で自律的な学生が表面化
日本私立大学協会(私大協)では昨年11月、就職部課長相当者研修会を開き、「学生の自律を促すキャリア形成支援」というテーマによるパネルトークで意見交換をした。
パネリストの増本全(全国求人情報協会新卒等若年雇用部会前事務局長)は「今までの生活ががらりと変わる中で、企業側が見るポイントも、学生たちがどう環境変化に対応できているかに移ってきた。自分の判断で主体的にものごとに関わり、課題を見つけて解決していくというようなことだろう、と思う」と、コロナ禍に対応する企業側の変化について語っている。
これに対し私大協の就職・キャリア支援委員会の委員長、住田曉弘(東京都市大学)は「今後10年くらいで、社会がどのように変わるかが見えてくる。それを大学教育や学内システムに反映させる重要な役割を担うのは、現場を知るキャリア担当者だろう。東京都市大では、学生たちが自律的に動けるよう『eポートフォリオ』を開発し、卒業時に『何を学び、どんな力がついたか』を学生自身も教職員も確認でき、社会的にも可視化するシステムを構築した」と、独自の取り組みを披露した。そのうえで「今後は、社会の変化に気付き、新しいカリキュラムを考え、教育内容を変えようという意思を持って行動できる大学と、そうでない大学とは、どんどん差がついていくのではないかと個人的には思っている」と語った。
副委員長の山本啓一(北陸大学)は「コロナ期に成績が上がった学生と下がった学生がいたが、上がった学生に聞くと、自分なりの勉強法を確立していた。たとえば課題が出たらその日のうちにやるようにしているとか、ノートをきちんと自分で取るとか。そういう自律的な学修ができている学生が表面化したような気がする」と述べた。
こうした発言からは、学業(学修)面ではコロナ禍による悪影響よりも、「自律的な学修者」を増やした可能性が考えられる。山本も「今までは就職支援でも、面倒見がいい、大学として手をかけるのがいいとされていたが、実際には、手をかけるほど学生の主体性が失われがちだ」と指摘していた。
■採用担当者「人事のホンネ」に変化が
「学業重視の企業はさらに増えるだろう。もちろん大学の勉強は『就活のため』ではないが、企業側の変化を頭の隅に置いておくことが就活にもつながる。大学の授業で、どういう科目を選択し、どう取り組んだのかといったことが以前よりも重要視される」。朝日新聞の就活サイトに、こんな分析があった。
理系学生の研究内容には関心を持って採用に臨んできた企業側だが、ここに来て文系の学生についても、自らの研究分野など在学中に主体的に取り組んだ体験を聞こうとする傾向が強まる。「机にかじりついて頑張った勉強を評価する企業もある」と語る三菱UFJ信託銀行の採用担当者の「人事のホンネ」を次のように紹介した。
「会社や仕事には『やらなければいけないこと』『やるべきこと』がある。嫌なことでも全力疾走が求められる。学生にとってはまずは学業が大切ということ。成績がいい、悪いではなく、どう取り組んできたか。大学に入った目的や、どう向き合ってどうクリアしてきたのかを聞きます」
前述の私大協のパネルトークを聴取した中にも、この意見と同じような感想を述べる大学関係者がいた。
「就活では何よりもまず『学修』成果で勝負してほしい。『ガクチカ』についても、学生はその言葉の響きや就活マニュアルにある事例から、『成果』を挙げたものを書かなければいけないと考え、『経験』がないから『ガクチカ』もない・書けないという発想になってしまう。しかしガクチカ欄に書くべきは『プロセス』であり、どのような工夫によって対応したか、困難を乗り越えたか、という自分自身の変化である、と思う」と。
確かに、「ガクチカ」の主軸に「学業(学修)」が戻れば、「大学=レジャーランド」などといった、かつての風評が立ち上るようなこともないだろう。