特集・連載
私大の力
<25> サッカーW杯代表
大学出身選手が9人
「多様性の大舞台」で牽引力に
■「はざま」の扱いを抜け出した存在感
サッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会が開幕した。7大会連続出場となった日本代表は監督、森保一のもと過去最高(ベスト16)を超えるベスト8を目指し、まず予選ラウンドで23日(日本時間)にドイツと戦い、27日にコスタリカ、12月2日にスペインと激突する。
4年に1度の大舞台に挑む代表26人のうち、イングランド、ドイツ、ベルギー、スペイン、ポルトガルなど海外のクラブチームに所属する選手が過去最多の20人となった。ちょうど20年前の日韓大会での4人の5倍に増えた。
日本の若手スポーツマンの海外進出がいかに目覚ましいかを証明している。
大学サッカーの経験者が9人というのも、1998(平成10)年フランス大会の11人に次ぐ2番目だ。大学サッカーは93年にJリーグが始まって以降、高校とプロとの「はざま」の扱いを受けてきた。
優秀な選手は高校やJクラブの育成組織から直接プロ入りするのが主流になり、注目度でも高校サッカーやJリーグに及ばず、存在感は薄れる。日本代表に選ばれる大学サッカー経験者もフランス大会をピークに、近年の大会では2、3人にとどまっていた。
今回選ばれた経験者はすべて関東大学リーグに所属していた。GKシュミット・ダニエル(中央大)、DF長友佑都(明治大)、DF谷口彰悟(筑波大)、MF伊東純也(神奈川大)、DF山根視来(桐蔭横浜大)、MF守田英正(流通経済大)、MF相馬勇紀(早稲田大)、MF三笘薫(筑波大)、FW上田綺世(法政大)の9人である。
関東大学連盟の理事長も務める流通経済大監督の中野雄二は朝日新聞の取材に、「このリーグのクオリティーが選手を育てている。どこの学生であっても、可能性はみんな秘めている。成長曲線はみんな違うし、それぞれがどこで気付くかだ。自分自身で気付いた人間は、グンと伸びて、プロに行っても代表まで届いている。近年は、Jリーグでも大学経由の選手の活躍が目立っており、今回の代表選考には、その流れが反映された」と語っている。
その流経大は毎年多くのプロ選手を輩出するが、W杯では今回、全日本大学選手権で最優秀選手(MVP)となったこともある守田が初めてメンバー選出された。
先輩の活躍に同大2年生の現役、藤井海和(かいと)は「(守田は)自分もやれるかもしれないという希望を見せてくれている。環境が同じなので、いいわけはできない。自分次第だと思いながら、毎日練習している」と目を輝かせた。
■初出場シュミットの父は東北福祉大教授
30歳で初選出された中大出身のシュミット・ダニエルの父親、シュミット・ケネスは東北福祉大の教授である。今回、読売新聞の取材に「大学時代に全日本大学選抜にも選出され、その頃から『日本代表になる』と口にするようになった」と振り返った。
日頃の会話でも、海外でのプレーを意識して英語を使うようになり、代表合宿前の今年4月に帰省した時は、「日本代表としてプレーするのは大きな刺激」という力強い言葉を聞いた。外国勢との試合で雄たけびを上げる息子のすがたに、父親もテレビの前で一緒に叫んだ。「ダン(ダニエルの愛称)の挑戦を静かに見守ってきた。30歳までずっと頑張って、これまでの努力が報われた」と喜ぶ。
1m97の長身と足元の技術の高さが強みのシュミットはアメリカ出身で2歳から仙台で育った。東北学院中学、高校から中央大に進み、2014(平成26)年からベガルタ仙台などJリーグでプレーした。
代表から漏れた前回ロシア大会後にベルギーリーグ1部・シントトロイデンに移籍し、海外での活躍が評価されたシュミットはオンライン記者会見で、「1つの夢が叶いました。仙台の子どもたちに夢を与えるのが自分の使命です」と意気込む。
中学、高校とサッカー部のチームメートだった会社員の三嶋良太(東京都在住)は、「ダンが本当にW杯メンバーに選ばれるなんて...」と喜んだ。三嶋によると、シュミットは高校に入って守備的ミッドフィールダー(MF)からゴールキーパー(GK)に転向した。2人は正GKを競って切磋琢磨した仲で、2年生の秋に負傷で長期離脱した三嶋に代わってチームを牽引していたという。
引退試合となった県大会準決勝は0―2で敗れた。2点目はシュミットのミスで失い、試合後、「チームを勝たせられなくてごめん」と泣いて頭を下げたシュミットとともに三嶋も泣いた。付き合いは続いており、「チームを勝たせられるGKになりたい、とダンは言う。W杯で日本を勝たせてほしい」とエールを送る。
■「ドーハの悲劇」を「ドーハの歓喜」に
今回の日本代表選考には監督、森保一の覚悟がみられた。その1つが、前回ロシア大会でベスト16入りに貢献したフォワード(FW)の大迫勇也を外したことだ。多くのサッカーファンを驚かせた。
森保は、世界の強豪に対抗する戦い方を模索するなかで得られた答えの1つが「脱大迫」だった。アジアでは大迫のポストプレーが威力を発揮したが、W杯で同組になったドイツ、スペイン相手には劣勢の時間帯が長くなり、そのポストプレーも通用しないことが想定された。「指揮官は、最前線から全員が連動して高い強度でボールを奪う守備で勝負する」(読売)という方針という。
鹿児島県出身の大迫は3歳から地元スポーツ少年団でサッカーを始め、中学進学前にはプロを目指すことを決意していた。高校では1年からレギュラーで活躍し、高校入学と同時にU―16日本代表にも選出された。全国高等学校サッカー選手権大会で初戦から大会史上初の4試合連続2得点といった華々しい成績を残している。
大迫はポストプレーだけでなく、ゴール前でシュートに持ち込む技術もトップレベルだ。ただ、最前線から追い回す守備は得意とは言えない。さらにここ1年はコンディションを崩し、3月以降の代表活動は選外だった。今回、代表に漏れると、予定していた記者会見を取りやめるなど、失望の色が隠せなかったという。
サッカー選手にとって、W杯は特別な大会だ。前回ロシア大会は35億人もの人たちがテレビ観戦し、熱狂に世界中が包まれた。さらに、日本にとって今回開催地のカタールの首都ドーハにはかつてアジア最終予選で、目前にあった出場キップを最後の最後で失うという無念の記憶が残る。
その「ドーハの悲劇」を「ドーハの歓喜」に、と意気込む日本勢の一員になることが選手たちにとってどれほど大きなものであるか想像に難くない。
■開催地カタールに「人権」めぐる批判も
今回大会には欧州、南米、北中米カリブ海、アジア、アフリカ、オセアニアの各大陸予選に参加した約200チームから勝ち上がった32チームが、全64試合の熱戦を繰り広げる。
代表戦には、チームごとに国民性や身体的特徴を生かした戦いが顕著に表れる面白さもある。日本は、その勤勉な国民性を象徴するような高い規律とともに、俊敏に忍耐強く戦いぬくことを持ち前としてきた。かつてアジア予選を突破できない時代にも、泥くさく世界に挑み、国民を感動させた。
しかし、各国の文化や宗教などの違いから、ときにトラブルになることもある。
今回は、カタールについてオーストラリア代表の選手らが「人権を侵害している」と批判する共同声明を発表した。出場チームからこうした動きが出るのは初めてだが、声明のビデオメッセージに登場した16選手は、カタールにおける移民労働者やLGBTQ+(性的少数者)の扱われ方を批判した。
カタールでは、同性愛は死刑になる可能性があることや、外国人労働者の処遇の悪さ死者の多さも問題視している。
こうした問題は、FIFA(国際サッカー連盟)が2010(平成22)年にカタールでのW杯開催を発表したときから批判を招いていた。
英紙ガーディアンは「カタールでの開催が決まって以降、インド、パキスタン、ネパール、バングラデシュ、スリランカからの出稼ぎ労働者約6500人が死亡している」と伝えた。カタールにある各国大使館の統計に基づく数字という。
カタール政府は、これらの死者がみなW杯関連プロジェクトで働いていたわけではないとし、その総数は誤解を招くと反論しているが、ヨーロッパの出場国ではオーストラリアに同調する動きも出ている。
試合が進むにつれ、出場国が威信をかける決戦がいよいよ熱を帯びてくる。試合結果に一喜一憂しながら、スポーツの最高峰の舞台を通じて出場各国の文化や習慣、宗教の違いに思いをはせることも、この広い多様性の世界についての貴重な学びの機会になるだろう。