特集・連載
私大の力
<21> 留学生回復の目標
コロナ前の水準へ
グローバル化「公約」の壁は
■5年後、再び「30万人超」を目指す
選挙が終わり、国会は新しい勢力図になった。今回選ばれた参議院の議員さんには、衆議院のような解散もなく、6年間という任期が保障される。
ときに「良識の府」とも呼ばれるが、それは、より長期的な視野での政策実現への関与、いわば大所高所からの見識を期待してのことだろう。
コロナ後の日本社会をどうするか、立法府は重要な局面にある。緊急時への迅速な対応と国家の長期的な基本戦略の推進、その双方をどう均衡させるか。衆参両院の各議員には、是非とも緊密な連携プレーを求めたい。
長期的視点の必要性といえば、その筆頭は教育政策だろう。文部科学省は先日の中央教育審議会大学分科会(分科会長・永田恭介)で、「高等教育を軸としたグローバル政策の方向性(素案)」を示した。コロナ禍で減少した外国人留学生の受け入れと日本人学生の海外留学を、5年後の令和9(2027)年をめどに、少なくともコロナ禍前の水準まで戻す。今月中にも正式な目標プランとする方針だ。
これは1つの「公約」のようでもあり、その方向性に的確な筋道を与えていくのも、重要な国会の役目だろう。
日本学生支援機構によると、大学などに在籍する外国人留学生は、コロナ前の令和元(2019)年には過去最多の31万人を超えていた。しかし、同3年には24万2444人と2割も減少した。留学生の国内就職率も元年度の5割から2年度は4割に落ち込んだ。
日本人留学生も平成30(2018)年には11万5146人を数えたものの、令和2年には1487人にまで急減している。
大学分科会に示された「方向性」では、この外国人留学生を30万人超、日本人留学生も10万人超に戻すことが5年後までの目標とされた。
平成20(2008)年、政府は「留学生30万人計画」を立て、令和元年には31万人を超えて目標を達成していた。もしもコロナ禍という断絶がなく、あのまま留学生が増えつづけていたら...との思いは、どの大学の関係者にも共通のものだろう。
とくに地方の大学は、18歳人口の急減で直面する入学者の減少(定員割れ)を補完する潜在的な機能を外国人留学生の増加に期待し、実際にその恩恵を受けていた。私立大にとっては死活にかかわる問題でもあった。
■「重点分野・地域の再設定」という視点
今回のプランで目につくのは「戦略的な外国人留学生の確保」として、「重点分野・重点地域の再設定」を求めたことだ。
文科省は10年ほど前に「外国人受け入れ戦略」を発表したが、そのときとは日本を取り巻く国際環境は大きく変化した。1つは、ロシアのウクライナ侵攻に伴う外交・安全保障環境の急変であり、もう1つは経済成長のエンジンとなる科学技術分野での日本の立ち遅れが目立つことである。
大学分科会でも、世界的に優秀な学生の獲得競争が激しくなるなか、「(留学生の)数だけではなく質が問われる」「各大学が魅力的なプログラムを提供できるよう推進してほしい」といった意見が相次いだ。
素案では、日本への外国人留学生は文系を専攻する傾向が強いこと、たとえばアメリカに留学する外国人は理・工・農学といった理系が5割を占めるのに対して、日本は2割にとどまることなどが指摘された。さらに、海外に留学する日本人学生も文系の割合が高く、「理系の学生は、日本国内における学生の専攻分野比率と比較すると、非常に低い」という。理数系を専攻する大学生の減少は、すでに教育関係者の共通の危機感になっているが、海外で学ぼうという学生の理系の割合はさらに低く、このことが今後の日本の成長に大きな影を落としている。
実際、国内企業を対象とした調査では、とくに技術者の不足が予測される分野として、機械工学(12.4%)、電力等(7.5%)、通信・ネットワーク等(5.8%)、ハード・ソフト・プログラム系(5.7%)、土木工学(5.5%)―とある。
こうした危機感が、理数系を「重点分野」として再設定させる。そして、そのことが「重点地域」の変動と重なることが、現在の困難さをさらに複雑にしている。
政府はアメリカ、オーストラリア、インドと組織した「Quad(クアッド)」でも知的連携を急ぎ、人工知能(AI)や量子技術など最先端分野で開発を急速に進める中国に対抗する方針だ。これは、軍事や経済面の安全保障に直結する。この夏、クアッドの4か国は産官学連携で大学院生を相互就学させる新たな制度を発足させた。最先端技術分野での競争力の強化や専門家の育成とともに、機密情報の流出防止などでも協力するという。
これに対して中国は、ブラジル、ロシア、インド、南アフリカとの新興5か国(BRICS)への加盟国拡大を進め、アメリカ主導の対中包囲網に対抗する姿勢を強める。
日本としても、ハイテク製品に欠かせない材料の確保や、海外留学生・研究者の受け入れ審査の厳格化など経済安全保障面での見直しも急務となっている。「重点分野・重点地域の再設定」には、こうした背景がある。
■「延長線上にはない世界」への危機感も
先月閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」は、「我々はこれまでの延長線上にない世界を生きている」と強調した。
そのうえで、重点施策として人への投資と分配、質の高い教育の実現を掲げ、「給付型奨学金と授業料減免を、必要性の高い多子世帯や理工農系の学生等の中間層へ拡大」する。そして、大学の機能強化の必要性を訴え、「複数年度にわたり予見可能性をもって再編に取り組める支援の検討や、私学助成のメリハリ付けの活用はじめ必要な仕組みの構築を進めていく」とした。
理系分野を専攻する学生を増やすため、今後5~10年の間に集中的に「意欲ある大学の主体性をいかした取り組み」「文理横断的な入学者選抜や学びへの転換、文理の枠を超えた人材育成」を加速するという。
留学関連では、平成26(2014)年にスタートした「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」について、「(その)発展的推進を含め、若者の世界での活躍を支援し、コロナ禍で停滞した国際頭脳循環の活性化に取り組む」と言及した。
この民間の寄付で成り立つ制度について、中教審会長の渡辺光一郎は大学分科会で「トビタテは骨太の方針にも入れてもらった」と発言、経済団体の幹部として今後もこの制度への支援をつづける意思表明と受け止められた。
また大学分科会では、10年の期限付きの「スーパーグローバル大学創成支援事業」が来年度で終わることから、この事業の検証の必要性も議論された。教育の国際競争力の向上を目的とし、世界ランキングトップ100を目指す力のある大学、グローバル化を牽引する大学を選んで、それぞれ重点支援してきた。
果たして、どのような成果があったのか。専門家のなかには「飛びついた大学もあったが、たとえば受験生はほとんど反応しなかった。支援事業に振り回され、疲弊している現場もある」といった指摘もある。
世界のトップ100どころか、ランクされる大学数の減少が目立つ現状のなかで、事業の在り方を再検討するのは重要なことだろう。
■地方活性化にらんだ長期の制度設計を
文科省素案では、今後の具体的なグローバル対策として、トビタテのような高校段階からの留学生交換とともに、外国人留学生の日本での就職・起業への支援強化や、国内での就職に必要なビジネス日本語教育の充実、日本の大学の留学海外拠点づくりのための対外広報機関と連携した情報発信強化―などが示された。
指摘したように、「留学生30万人計画」は結果的に、定員割れに直面している国内の多くの大学の危機回避的な機能をも持っていた。文科省もそうした事情を認識しつつ私立大に対して留学生増加の中核的な役割を担わせ、公的資金援助などの私学助成にも反映させていた面は否めない。
コロナ禍の前には、その「私大誘導策」は成功していたわけである。
率直に言って地方の私立大が注目するのは、新たな留学生増加策に対応してどのような公的支援が設けられるか、だろう。骨太の方針のいう「私学助成のメリハリ付け」とはどのようなものになるのか、その点も注視している。
大都市に人口が集中し過ぎている日本の社会構造が地方大学の定員割れの大きな要因であり、地方が活性化して元気にならなければ、高等教育の充実もこの国の将来もおぼつかないことは一般の共通認識となっている。
任期6年という安定的な地位を得た参議院の議員さんにはぜひ、長期的視点を踏まえて、国会での政策論議が間違いのない方向に進むよう努力してもらいたい。