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私大の力

<20> 外国人観光が再開へ コロナ期の低迷を脱し
「観光立国」は大学にも勢い

平山一城

■「地方創生」に不可欠の力が戻ってくる

 新型コロナウイルスの水際対策で停止していた外国人観光客の入国が今月10日から再開する。観光目的の入国を認めるのは約2年2か月ぶりだ。
 政府方針では、まず感染リスクが低い98か国・地域からの添乗員付きのパッケージツアー客に限定し、段階的に対象を拡大する。すでに3月から観光目的以外での外国人の新規入国を認めており、今回の措置でウィズコロナ・アフターコロナの「新しい日常」に一歩近づくことを期待したい。
 大学にとっても大きな朗報だ。日本政府は「観光」を成長戦略の柱、地方創生への切り札として平成28(2016)年に「明日の日本を支える観光ビジョン」を策定し、訪日旅行者(インバウンド)数を令和2(2020)年に4000万人、令和12年には6000万人にまで増やす目標を掲げた。その取り組みの結果、令和元年の訪日旅行者は3188万人と7年連続で過去最高を更新していた。
 多くの大学が、この「観光立国」政策を好機ととらえて、観光関連の学部・学科を新設し、国際化する観光業の拡大に対応すべき人材育成を本格化しようとしていた。
 その矢先のコロナ拡大は、そうした期待を大きく狂わせていた。訪日旅行者はほぼゼロに近い状態となり、国内でも観光需要は大きく減少した。全国の旅行業、宿泊業はもとより、地域の交通や飲食業、物品販売業など多くの産業に深刻な影響が生じた。
 せっかく観光教育のカリキュラムを構築した大学は肩透かしをくらう形となった。「コロナ禍でオンライン授業となり、観光教育には欠かせない『フィールドワーク』ができなくなった」といった悲鳴が聞かれた。
 とくに外国人の多い観光地の大学では、実際に街にでて訪日客との接し方やホスピタリティ(接客マナー)を学ぶという実践教育も棚上げされた。
 その外国人観光客がようやく戻ってくる。わが国が観光立国を目指すうえで重要な基盤であり、コロナ禍という厳しい試練を経て、再びその夢への航路が開かれることを期待したい。それは大学人にとっての共通の願いでもあるだろう。
 とくに日本の津々浦々で頑張っている私立大学は、その地域の観光業を含む産業界と切っても切れない連携関係を築き、「地方創生」という共通の課題の先兵となっている。
 再び、観光によって地域が活性化することは、日本のバランスある発展に欠かせないことであり、大学の役割を高めるチャンスともなる。

■新たな旅のスタイルを念頭に教材開発

 関係者には広く知られたことだが、日本の大学での観光教育は昭和42(1967)年に東京の立教大学が社会学部に観光学科を設置したことから始まる。
 政府が平成10(1998)年に、「大学での観光分野の人材養成」をうたった答申を出したのを機に、その学科を観光学部に昇格させ、同時に大学院も設けた。
 この後、国内各地の大学、とくに私立大で続々と観光関連の学部・学科が設置されるようになっていく。
 文部科学省によると令和3(2021)年現在、観光関連の学部・学科などのある大学の数は39大学39学部43学科にまで増えた。なかには「ツーリズム」や「ホスピタリティ」といった言葉を冠する大学も含まれる。
 もちろん、こうした学部・学科を特別に設けずに、国際化や文化交流をはかる観点からの教育を進めるなかで、観光分野を目指す人材育成につとめている大学は相当な数にのぼる。航空業界のプロを招聘して客室乗務員(CA)やパイロットの養成などに実績をあげているところも少なくない。
 政府はこの3月から、観光目的以外で外国人の新規入国を認めており、出入国在留管理庁によると、4月には外国人留学生4万6889人、技能実習生3万7689人が入国している。
 日本の大学の留学生派遣も再開され、玉川大学(東京・町田市)観光学部では必修としているオーストラリア留学が復活した。「3月から学生たちが次々と日本を出発し、念願だったオーストラリアの地を踏むことができました。半ば諦めかけていた現地への渡航だっただけに喜びもひとしおのようです」。ホームページにはそうある。
 訪日外国人の入国緩和が発表されると、大阪市長の松井一郎は記者会見で「観光産業を盛り上げたい。購買意欲の高い海外の人に日本を楽しんでいただくと同時に、消費していただくことが経済にとって重要であり、お店の売り上げがコロナ前に戻るように...」との期待を表明した。
 とくに3年後の令和7(2025)年の「大阪・関西万博」について「万博の頃には世界の人が自由に往来できるようにしてほしい」と、さらなる緩和の必要性を訴えた。関西圏は京都、神戸、奈良と日本有数の観光地がそろっているだけに、地元の大学からも期待の声が高まる。
 観光業への就職にも力をいれる関西外国語大学(大阪・枚方市)の担当者も「コロナ後の旅のスタイルに適応した観光経営を見据え、インバウンド観光の新たなステージに対応できる人材育成を目指した教育プログラムの開発に着手しています」と力説した。

■「魅力度ランキング」で世界の第1位に

 先月スイスで開かれたダボス会議で、日本が「旅行・観光の魅力度ランキング」で117か国・地域のなかで初めて1位になったことが発表された。
 ジュネーブに本拠を置く非営利財団の世界経済フォーラムが主催する会議での調査で、2位以下は米国、スペイン、フランス、ドイツがつづく。調査は隔年で実施され、日本は前回は4位だったが、今回(2021年版)の評価基準で計算し直すと2位だったという。
 コロナ禍で外国人観光客の受け入れ停止がつづいたなかでも、日本は新幹線や高速道などの交通インフラや文化面での豊かさが評価された。感染症対策を討議するセッションで、日本のインフルエンザ対策が成功事例として紹介される場面もあったようだ。
 項目別では「航空インフラ」「文化資源」が4位、「地上・港湾インフラ」が6位と評価が高かく、「自然資源」は12位だった。改善すべき分野としては、107位の「気候変動への対応」などが挙げられた。
 「訪日観光客の受け入れ再開と前後して発表されたランキングの結果は、日本の観光業にとって大きな勇気づけになっている。さらなる緩和によって国際交流がコロナ前の上昇軌道に戻ることを期待したい」。旅行業界からの歓迎の声が相次いだ。
 とくに、このところの円安もあり、訪日外国人の旅行者の数字が急速に回復することも十分に考えられる。「コロナが収束したら日本に行きたいか」というアンケートに対し、アジア圏の多くの国々で「行きたい」という回答が過半数を占めたというデータもある。
 観光庁は再開に伴う感染再拡大などのリスクを検討するため実証事業を実施しているが、この結果次第では、日本の水際対策が大幅に見直されて入国制限が緩和され、一気に観光産業が息を吹き返す可能性も考えられるという。

■デジタル田園都市構想との連動に工夫も

 首相の岸田文雄は「自由で活発な人の交流は、経済・社会の基盤だ」とし、「今後も感染状況を見ながら、段階的に平時同様の受け入れを目指していく」と強調している。これに対して野村総合研究所のエコノミスト木内登英は「これまでより幅広い国・地域から訪日観光客を呼び込むことが重要になる」と注文する。
 訪日観光客の需要拡大を日本経済の潜在力向上につなげるには、それが持続的であるとの事業者の期待を高めることが欠かせない。その持続性に不安があり、長続きしないと考えると、ホテルの新設など企業の新規投資は増えず、結局、日本経済の潜在成長率の向上につながらない。
 その分、宿泊先の手配が難しくなり、日本人の観光客が外国人に締め出されて不満を高めるといったマイナス効果も生じ得る。
 とくにコロナ前の訪日観光客が中国と韓国に偏っていたことに問題があったという。日本とこの2つの国との間の外交関係が悪化すると両国の観光客が一気に減少し、外国人全体の数が大きく減少してしまうリスクがある。実際のところ、観光にかかわる多くの事業者は、そうした懸念を持ちつづけている。
 そこで、より幅広い国・地域から訪日観光客を呼び込むことこそが、需要の持続性への期待を高め、企業の新規投資を促し、生産性向上、潜在成長率上昇といった日本経済の潜在力の向上に貢献することになる、という。
 その際、地方の大学が政府に望むのは、東京一極集中の是正を念頭に、「デジタル田園都市国家構想」などの政策と観光立国の戦略を連動させ、訪日観光客を地方に誘導して地域活性化につなげることだ。日本経済の潜在力に大きな影響を与え、地方の成長の起爆剤ともなり得る観光戦略の再構築を急がなければならない。
 地方創生に大切な役割を担う大学が期待を寄せるのはその点だろう。
 (敬称略)