加盟大学専用サイト

特集・連載

私大の力

<19> 「定員割れ」の扱い 地域貢献の的確評価を
未来創造は官民格差の是正から

平山一城

■「私学助成の厳格化」提言に懸念あり

 政府の教育未来創造会議はこのほど、「我が国の未来をけん引する大学等と社会の在り方について」と題する第1次提言をまとめ、これに基づき今夏までに、政府としての政策の工程表がつくられる運びだ。
 この会議は、岸田政権がこれまでの教育再生実行会議を廃止して設け、首相が議長、官房長官と文部科学相が議長代理をつとめ、関係閣僚もメンバーに加わった。
 そして、元慶應義塾塾長の清家篤(日本私立学校振興・共済事業団理事長)を座長に8人の女性を含む15人の有識者メンバーで構成する「ワーキング・グループ」を立ちあげ、大学院生の卒業後の所得に応じた「出世払い」の奨学金制度や社会人が学び直す「リカレント教育」の充実などの施策をまとめた。
 国の成長の基盤となる人材育成では、「文理の枠を超えた課題解決に取り組める」ようSTEAM教育の場を拡充するとともに、進路選択で理系に進む学生(とくに女性)の数を増やす努力の必要性もうたわれた。
 数々の難題に直面する日本社会の停滞感を打破し、新たな地平を拓こうとするものとして歓迎したい。特に若い世代が将来への希望を持ち、その力が日本を再び成長軌道に乗せる原動力となるためにも大学の責任は大きい。
 私大側としても、同様の危機感から高等教育のパラダイムシフト(構造的大転換)を訴えているが、ひとつだけ、今回の提言で見過ごすことのできない論点がある。「定員割れ(未充足)の大学への私学助成の減額率引き上げ」「教育の質向上を図るインセンティブ(刺激策)としての私学助成の厳格化」が、それである。
 文科省はかねてから、経営努力が足りないとする大学への私学助成の減額率を拡大しているが、今回の提言にも、この「経営努力と定員割れをからめる姿勢」が踏襲されているようなのである。
 「定員割れしている大学のすべてが経営努力を怠り、進学先としての魅力に乏しいというわけではない」という意見は文科省内にもある。日本私立大学協会(私大協)も、「定員割れは主に、現在の都市と地方の構造的な問題に起因し、各私立大のみの自助努力の範囲を超えている」と主張してきた。
 そうした反論について政府として今後、どのような姿勢を取るのか見極める必要があることを強調したい。

■進学率上昇の受け皿という役割の重さ

 私立大は、進学率上昇に伴う学生数の増加の受け皿として、この30年間でも約240校が新設された。しかし18歳人口は20年で40万人も減少し、日本私立学校振興・共済事業団によると、令和3年度の入学者は46%の私立大で「定員割れ」した。
 特に小規模大学では規模の縮小と定員割れが深刻化する一方、大規模大学では反対に規模拡大と採算確保が実現されている、という「二極化」の進行が指摘される。
 入学定員の充足率を地域別に集計すると、東京、京都・大阪は依然として高水準だが、中国・四国ではさらなる定員割れが進行し、北関東や北海道でも定員を割ることになった。
 平成13(2001)年と最近の数字で比較すると、規模拡大によって充足状況が改善された大学もあるが、そうしたケースは少数派で、多くは「定員を減少させる策」に出たものの、なお充足は困難な状況がつづいている。
 定員管理の厳格化や東京23区の新たな抑制策によって、大規模(8000人以上)の大学では一定程度減少する現象もみられるが、こうした地域・規模の格差解消からはほど遠いのが現状だ。
 今回の提言は、日本の教育を成長のエンジンへと押しあげていくには、科学技術・イノベーションの力が不可欠であり、大学など高等教育機関が未来を支える人材育成の中核を担うため産学官が一体となって、その機能強化を図っていくことの必要性を強調する。
 そして、「厳格な卒業認定を行う『出口の質保証』の確立を図るとともに、真剣に学び、育った学生が社会において正当に評価される環境」の充実を訴える。
 そのため、教員1人あたりの学生数(ST比)の改善などを通じて、密度の高い主体的な学修を実現するための適正な教育環境が整備され、学修成果や大学の教育研究の状況が高い透明性をもって公にされることも必要である、と指摘する。
 ここまでに異論はないが、懸念されるのは次のような表現である。
 「18歳人口の急減期を見据えて、学生の確保の見通しが十分でない大学学部の新設が増えつづけ、経営困難な大学が出る事態から学生を保護する観点から、大学全体としての定員規模の抑制を図る仕組みを導入するとともに、定員未充足大学への私学助成の厳格化や、大学の経営困難から学生を保護する視点で、経営改善の見込まれない大学について計画的に規模の縮小や撤退等がなされるよう経営指導を徹底する」
 こうした観点から、教育の質や学生確保の見通しが十分ではない大学等の定員増に関する設置認可審査の厳格化を図るなど、少子化を見据えた大学全体の規模を抑制する仕組みを整備する。
 私学助成では必要経費の実態を踏まえた配分・単価の見直し、特に定員割れの大学の減額率の引き上げや審査の厳格化を進め、定員数を減らすことで教育の質を向上させるインセンティブを強めるなど全体的な構造の見直しを進める、という。

■「都市と地方の調和ある発展」を掲げる

 財務省と文科省は平成29(2017)年、定員割れや財務情報の非公表の大学に対する減額率の強化とともに、教育の質に関する客観的指標の導入といった方向性について合意し、「経営努力が見られない大学への厳しい対応」の方針を打ち出している。
 これは財務省の財政制度等審議会などで「私学助成については、教育の質に応じたメリハリ付けを行い、定員割れや赤字経営の大学などへの助成停止も含めた減額を強化すべき」といった意見が出たことを考慮しての合意だった。
 この際、文科省のなかにも「定員割れした大学すべてが経営努力を怠っているわけではない。18歳人口の急減で学生確保は厳しいが、地域からは必要とされている大学も少なくない」といった反論があったことはすでに記した通りだ。
 こうした動きに対して私大協は翌30年3月までに、私立大学基本問題研究委員会に設けた小委員会で検討を重ね、「成熟社会における都市と地方の調和ある発展のための私立大学の役割」との報告書をまとめた。
 報告書は、都市と地方の調和ある発展のためには「現在の都市部に極端に人口が偏る構造は是正されなければならない」とする一方、財務省が主導する「定員割れがつづく私立大への助成費減額・停止」は、経済協力開発機構(OECD)諸国のなかで日本の高等教育への公財政支出が対国内総生産(GDP)比で最低であるなど、「政府の掲げる政策方針と実際の国家予算の割り振りが合致していないことに問題がある」と指摘した。
 地方の私立大の定員割れは都市部との構造的な問題に起因しており、私立大のみの「自助努力」の範囲を超えている。その施策は、「立地地域に果たす私立大の役割の多様性と重要性」を理解し、政府のみならず各地方自治体を含めた補助金拠出や事業委託などにより推進すべきもの、と主張した。
 日本私立大学団体連合会が策定したアクションプランも、国立大重視から私立大中心の文教政策への転換、つまり国公私立大の機能・役割を再定義しての「高等教育政策のパラダイムシフト」を訴えた。「高等教育への公財政支出GDP比0.5%から1%への拡充」や「私立大への経常費補助金の補助率2分の1の速やかな実現」は、そうした政策転換の第一歩である。
 つまり、私大側の考えるパラダイムシフトは財務省などの方針とは、その方向性が逆方向であることが強調されていた。

■私立のダイナミズムを取り入れるとき

 岸田政権は、新たな会議を立ちあげるに当たって「日本の社会と個人の未来は教育にある。教育の在り方を創造することは、教育による未来の個人の幸せ、社会の未来の豊かさの創造につながる」との認識を強調した。
 少子高齢化や第4次産業革命、グローバル競争の激化、地球温暖化といったさまざまな課題に向き合い、新たな価値を創造しながら、豊かな未来を切り拓いていくためには、国民一人ひとりの生産性を高め、生きていく力、柔軟な知を育むことが必要である。
 そのため、誰もが、家庭の経済事情に関わらず学ぶことのできる環境を整備することが重要であり、高齢になっても意欲があれば社会の支え手として生涯にわたり学びつづけることを推奨する。働くことと学ぶことのシームレスな連携ができる「生涯能力開発社会、生涯学習社会」の実現に向けて取り組む。
 こうした理想の追求が、首相の公約である「新しい資本主義」を体現する社会の実現にもつながることを期待したものだった。
 そのためにも従来の<「官尊民卑」的な思考から脱却することを望みたい。首相の考える「イノベーション創出」も「デジタル技術を駆使したハイブリッド型教育」も、地域の隅々に裾野を広げる私立大のダイナミックな貢献が欠かせない。
 これからの日本には、都市と地方がバランス良く発展していく視点がなによりも重要であり、地方の活性化のために私立大が果たしてきた役割(自助努力)を正当に判断して施策を練りあげてほしい。(敬称略)