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私大の力

<9>女性の大学進学率 男性の4倍超の伸び
かつての「男の職域」でもイキイキ

平山一城

■人生相談、「それを仕事にできるか」

 先月中旬、ある日刊紙の「人生相談」に、18歳の女子大学生の次のような投稿が載っていた。
 「建築学科で春から2年生です。でも、1年通ってみて、他の世界も見てみたいと思うようになりました。他の大学に編入するか、もう一度、別の大学を受験しなおすか。もう一度受験して合格できたら、再び大学1年生です。挑戦してみたいと思う一方で、そこまでする必要はあるのかと考えてしまい、一歩が踏み出せません」
 「それに、自分が本当にやりたいことや、将来どうなりたいか、全くイメージできません。やってみたいことはあっても、それを仕事とすることができるのかと考えてしまいます。(中略)一度きりの人生を無駄にしたくないのです。私はどうしたらいいのでしょうか」
 この記事を読んでいて、その数日前に、大学への進学率についての文部科学省の発表があったことを思い出していた。
 「進学率そのものは、まだ、女性より男性の方が高いものの、この10年の進学率の上昇割合では、女性の方が大きく伸びている。男性が1・3<MG CHAR="ポイ","ント" SIZE=100.0>に対して女性は5・7<MG CHAR="ポイ","ント" SIZE=100.0>と、約4・4倍です」
 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の元会長の発言をきっかけに、「女性の社会進出」が大きなテーマになった。
 大学に進学する女性が急速に増えてはいる。しかし卒業後に、「自分が本当にやりたい仕事」をつづけられる女性はどれほどなのだろうか、と考えたのである。
 医学部の入試では、女性よりも男性を優先して合格させるというニュースがあった。「入社試験では、女子の方が成績が良くて、男性を採用できなくなる」といった企業側の反応も、しばしば耳にしている。
 だいぶ前のことだが、やはり「建築」を目指そうとした女子高校生が担任の先生に相談したところ、「建築学科は男子が行くべきところ」と決めつけられて意欲を失ったという話を、私自身も聞いていた。
 先の女子大生の場合も、「建築学科以外の世界を」という迷いを持つようになったのが、そうした社会の風当たりを感じてのことだったとしたら...と思う。
 しかし懸念を抱いて調べてみたら、実際には大きな変化があることを知った。かつての「リケジョ(理系女子)」が特別の存在ではなくなることを予感させる変化が、である。

■どっこい! 元気のいい「建築女子」

 福山大(広島県)の工学部建築学科には、女性を対象にしたキャリア教育プログラム「びんご建築女子」がある。
 令和元(2019)年8月、その「OGのキャリア講演会」で、清水建設広島支店の「子育てと仕事を両立するスーパーゼネコン専門職」、本村美加の話を聴いた。
 本村は、就職氷河期に福山大大学院を卒業し、広島市内の建築設計事務所などを経て清水建設に転職、広島支店に配属されていた。
 建築女子の学生たちは、本村が取り組む「設備設計」という仕事や、一級建築士など多くの資格を取得するメリットなどを学んだが、印象に残ったのは「結婚しても、専業主婦になるよりも共働きを選ぶ女性が増えた」という言葉だった。
 本村自身、4歳の子供を育てながら共働きをしているが、清水建設では、仕事と生活を両立させる支援制度が充実しているという。
 学生のひとりは「自分の将来、漠然と考えていた未来の自分のために、いま何ができるのか、非常に参考になる話だった。私も本村さんのような輝きつづける女性になれるよう頑張りたい」と語る。
 昨年度、「びんご建築女子」の活動は新型コロナのために制限されたが、それでも対面とオンラインの併用で、50人前後が参加する企画をつづけた。
 この分野では武庫川女子大(兵庫県)の建築学科も、「高い就職率は当たり前!建築技術系就職に強いのが特長です!」と元気だ。
 令和元年度、大学院の修士課程修了生の就職率は100%、そのうち97%が建築技術者(建築設計など)として大手設計事務所やスーパーゼネコンなどに採用され、学部卒業生の「就職率+進学率」も100%だったという。

■建築界の「ノーベル賞」も女性の手に

 平成22(2010)年、建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した女性建築家、妹島(せじま)和世の活躍は、建築女子たちを大いに勇気づけた。
 日本女子大で住居学を学んで建築に興味を持ち、30歳で自らの建築設計事務所を設立する。40歳を目前にした平成7年、西沢立衛と共同の設計事務所SANAAを立ち上げ、日本や欧米で実績を積み上げていた。
 平成22年の第12回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを日本人として初めて、また女性としても、同建築展史上初めてつとめた。
 妹島はその翌年、出身地の茨城県日立市に完成したJR日立駅の駅舎のデザインを監修、「海の見える駅」という斬新な発想が注目された。
 平成30(2018)年に完成した大阪芸術大アートサイエンス学科の新校舎も手掛け、設計から完成までを追ったドキュメンタリー映画『建築と時間と妹島和世』が全国で公開されてもいる。
 「妹島さんの活躍が女性たちを勇気づけた。建築はもちろん、その他の理系の職業でもこの10年ほど、女性たちの進出が目立つようになっています。妹島さんのような先駆者の力がいかに大きいかが分かります」。ある大学関係者はそう指摘する。

■「文理融合」で女子学生のチャンス拡大

 さて、冒頭の人生相談、回答者の「いしいしんじ(作家)」は悩める女子学生に切々と説いていた。
 「建築学科に在学、ということは、相当立体的な思考ができる人のはず。そのあなたの将来設計がぐらぐら揺らいでいる。建築は、ただ箱を建てるだけの仕事ではない。アート、経済、歴史、科学と、人間のあらゆる知恵が注ぎこまれる、いわば文化の結晶だ」
 「その立体的・総合的思考は、どんな分野に持っていったって役立つ。1年間触れただけのあなたには、そんな建築の、本当の面白さ、魅力は、たぶんまだ伝わっていない。1年、2年はまだ学問の基礎工事だ。それが済まないうち、別の大学に移っても、またすぐ『やりたいことはこれじゃなかった』と、投げだしてしまわないか心配だ」
 「『他の世界を見』るのは、建築学科にいてもできる。健康、旅行、料理、服飾など、あらゆる方面につながる学問だから。もう一度受験しなおす気概があるなら、その意気で、建築、を自分なりに極めてみればどうだろう。『やってみたいこと』との接点も、いずれ間違いなく見えてくる。講談社文芸文庫に『建築文学傑作選』なる一冊がある。ぜひ一度、ページを開いてみてほしい」
 「なるほど」と肯かされる回答だが、もうひとつ、妹島和世のような先輩がいるのだから、その生き方に学ぶことも多いはず、ともアドバイスしたい。
 文科相の萩生田光一は記者会見で、次のように述べた。
 「学校教育の段階から男女共同参画の意識を醸成するため、高校・大学で活用できるライフプランニング教育プログラム、教員の思い込みに変化を促す研修プログラムなどの開発にも取り組んでいます」
 「さらに、従来の文系・理系の分断から文理融合の教育に変えることで、女子学生が早くから科学の分野に興味を持ち、その道に進んでもらえるよう、関係府省とも連携を図りながら努力していきたい」
 技術者として、科学者として、女性が存分に活躍できる社会が待たれる。
(敬称略)