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私大の力

<6>デジタルは「紙」の長所超えるか
「スマホ持ち込み可」で大学入試の新時代を予告

■今春、都内の私立大が全国初の導入へ

 年明けとともに本格的な入学試験のシーズンになるが、産業能率大学(東京都世田谷区)では2月中旬の一般選抜で、スマートフォンやタブレットを試験会場に持ち込み情報検索することを認める試験を導入する。
未来構想方式という選抜枠での実施で、「新しい時代の新しい選抜方式(大学で)全国初!スマホ持ち込み可で検索自由!」とホームページにある。
受験生自身の知識や経験に加え、インターネットで得られる多くの情報を選択、活用しながら、将来、課題の解決に主体的に向き合える人材を求める。
問題の一例として、「地元の産業が衰退して人口減少が加速する近未来の自治体をどうすべきか」といったテーマで打開策を記述式で回答させる。
担当する学長補佐の杉田一真はNHKの取材に「頭の中にない知識は、スマホなどで調べられるという前提ですでに社会は動いている。新型コロナウイルスなどで先が見えにくい状況が続くなか、知識を覚えるだけでなく、知識を活用し、未来を創造できる人材を送り出したい」と話す。
大学以外では昨年度、東京の私立中学校でスマホにある検索機能やアプリケーションによる計算機能などを使うことのできる試験を実施した。複数ある入試タイプのうちの1つだったが、スマホ使用が許された日本初の入試としてメディアも取り上げた。
スマホを持っていない受験者には学校がタブレット端末を貸し出す。試験中は問題を外部に送信したり、やりとりしたりすることは禁止した。
このようにICT(情報通信技術)によって教育のあり方を変える動きが加速しているが、入試にまでデジタル時代がやってくるのだろうか。
小中学校の児童・生徒には、政府の「GIGAスクール構想」で1人1台の学習用コンピューターが届けられる。
政府の経済財政諮問会議では、すでに、デジタル教科書の普及率を令和7(2025)年度までに100%に引き上げる目標を決めている。
だが、学力面では「紙」の教材がデジタルに優るとする調査がある。さらに生活習慣に及ぼす影響、とくにデジタル機器に向かう時間が増えることで健康に与える影響を心配する声も根強い。

■「紙のテスト」の長所を重視する私大教授

 大学入試では政府も、「知識の活用や思考力などを総合的に評価する」方向に転換する姿勢で改革に臨んでいる。しかし考えなければならないのは、「総合的な力」はどのように身に着くのか、どのように評価すべきか、という根本的な問いである。
産能大でも、未来構想方式に挑戦する受験生には、大学入学共通テストの得点など一定の条件を課すことで、基本的な「知識」を見ることにも配慮がなされている。
では、デジタルと「紙」との比較で何が見えてくるのか。その点で慶応大学教授、土居丈朗が投げかけた論稿(東洋経済オンライン)が示唆に富む。「紙(ペーパー)テスト」の持つ長所を見逃せないというのだ。
確かに学校推薦型や総合型(旧AO入試)など小規模選抜ではネット経由のデジタル方式は有効で、カンニングの心配もない。だが、土居は「受験生の能力を的確に判別するには『紙のテスト』の方がいい」とする。  紙のテストでは、「受験生は自動的に外界から遮断されて、他人の助けを借りられないから、純粋に本人の能力を問うこと」ができる。
「入試では、大学が求める能力を持っているか否かを問う。他人の助けを借りて解答できてしまうと、受験生自身にその能力があるかどうかが判別できなくなってしまう。だからこそ、いかなる方法でも他人の助けを借りられないように、試験会場を遮断したうえで、入試を実施している」。そう強調する。
デジタル機器でネットに接続できると、問いたい能力が果たして本人のものかどうかわからなくなる。とくに日本語には、デジタル辞書の変換機能で知らない漢字を探せてしまうという入試での不都合もある。
ネット環境で発揮できる能力も必要だが、同時に、ネット接続のないところで高校までの学習の習熟度を試すことも重要なのだ。

■「デジタル端末の操作で勉強したつもり」

 デジタル教科書についても、現場の教員からは「子供は端末を操作すると勉強したつもりになるが、実際は知識や思考が定着していないこともある」との声も聞かれる。
こうした学力面の問題やデジタル機器の維持コストなどから、デジタル教科書が1教科でも導入された日本の公立小中高校は1割にも満たない。
読売新聞の特集「デジタル教科書を問う」によると、日本より先行した海外でも、学習効果が疑問視されるとして「紙」に戻した学校や、巨額の費用負担に耐えられず事業が頓挫したケースなど、運用を見直した例も少なくない。
オーストラリアは先進的に教育のデジタル化に取り組んだが、シドニーの私立の小中学校では2年前、5年間続けていたデジタル教科書の利用をやめ、紙に戻した。
7~11歳の学習成果を調べたところ、デジタル教科書では、画面の切り替えやメールなどに気を取られがちで、「紙の方が集中できる。紙の教科書を読み、自らノートに書き込む方が、学んだ内容をしっかり記憶できる」と判明したという。
現在、文部科学省・中央教育審議会が設けている「デジタル教科書の今後の在り方等に関する有識者会議」の座長、東北大学教授の堀田龍也はデジタル教科書の効果を次のように語る(『日経パソコン』より)。
「紙の教科書をデジタル化してコンピューターで使えるようにしたのがデジタル教科書だと思われがちですが、デジタル化することで教科書にメタ情報を付加して分析できることが本当のメリットです」
「学習ログを基に子供たちの学習状況を分析して個人ごとの学習特性を把握し、たとえばこの子供にはドリル教材が適しているとか、深い学びを実現するにはこの教材が向いているなど、これまで教員の勘に頼っていたことを、エビデンスを基に学習に生かせます」
教育現場で紙の教科書が良いと感じるのは「これまでは学校が情報化されず、法律や制度も紙の教科書が前提だったから」で、将来はデジタル教科書が全部端末に入ってクラウド上の教材がいつでも使えるようになる、という。

■影響大きく、丁寧な論議が欠かせない

 コロナ禍での学校推薦型や総合型選抜で文科省は、ICTを活用したオンラインによる個別面接やプレゼンテーション、大学の授業へのオンライン参加とレポートの作成、実技動画の提出などを求めていた。
 すでに令和7年の共通テストでは、パソコンやタブレットで解答する方式が検討されてもいる。試験会場は指定の場所とするが、デジタル機器を使うことで中止になった記述式問題の出題も可能になり、新たな「情報」科目の試験も容易になるとの指摘もある。
 しかし慶応大の土居の指摘のように、受験者数の少ない学校推薦型や総合型選抜ではデジタル化が容易でも、志願者が1万人を超えるような大規模大学の一般入試では、現状では評価の正確性や費用面で実施が難しい。 コロナ禍を機に社会に深く浸透したデジタルの波は、大学入試をものみ込む勢いである。しかし「9月入学」のように、開かれた論議が十分になされなければ、支持が得られずに良い結果は生まれない。
 教育のあり方を変えるデジタル入試をどう考えるべきなのか。受験生の学力や生活習慣に大きな影響を及ぼすだけに、丁寧な検討が欠かせない。
(敬称略)
平山一城