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私大の力

<4> 「オンライン」に命を吹き込む工夫は
対面授業の「大切なもの」無くすな

■自宅でも制服に着替えて勉強する受験生

 私の知人の長男は、来春の大学受験で医学部を目指すと張り切っている。ただオンライン(遠隔)授業、自宅学習がつづいたので、ある工夫を始めたという。2階の自分の勉強部屋に入るときに、いつもの高校の制服に着替える。「普段着では、身が入らない。制服で気を引き締めて机に向かう」のだそうだ。
 そんな話を耳にし、大学でのオンライン授業について考えさせられた。
 専修大学准教授、渡邊隆彦らは学生たちにサンプル調査し、オンライン授業への賛否の声を公表している。
 「通学時間がかからず、とくに朝が楽。ギリギリまで寝ていられるのがありがたい。化粧も着替えもしなくて良いのが助かる」
 オンラインへの積極的な評価では、そんな意見が飛びぬけて多かった。
 「この『楽ちんでうれしい!』的コメント、まったく最近の若者は何でもかんでも面倒くさがって...と愚痴りたくも」という渡邊だが、最近の都心の大学では、キャンパス周辺に住む下宿生が少なく、近県の自宅から2時間もかけて通学する学生もいて、「むべなるかなという感じ」らしい。
 「空き時間が無駄にならず、有効活用できる。家で自分の好きなことができる」という学生も多かったが、これについても渡邊は「私の学生時代は、大学での空き時間には喫茶店で仲間とだべるのを楽しんだ。今の学生たちはコロナの前から、学生食堂で一緒に坐っていながら、めいめい自分のスマホでゲームをやっていましたから、『ひとりで時間をつぶす』志向が強い」と評している。
 一方、オンライン授業に否定的な意見には、次のようなものがある。
 「教員がしゃべるときの熱量や顔色、ニュアンスが伝わってこないので、授業のメリハリが見えづらく、大事なポイントがわからない」「同級生と一緒のときには、刺激も受け、楽しさも感じ、お互い質問をし合えたが、(オンラインでは)他の学生が一緒にいないのでつまらない」
 結局、55%対45%と、ややオンラインが優勢だったが、この拮抗した結果から渡邊らは「学生たちはオンライン授業であれ対面授業であれ、柔軟に対応できることを示しているのかも」と結論づけた。

■オンラインとの「ハイブリッド」の動き

 コロナ収束後の大学教育の在り方について、政府の教育再生実行会議ワーキンググループの初会合が9月14日、文部科学省で開かれた。文科相の萩生田光一は「多くの大学で遠隔(オンライン)と対面の併用など様々な工夫をしているが、双方の良さを組み合わせたハイブリッド型の教育など、『ニューノーマル(新しい日常)』での大学の姿やその実現方策について議論してほしい」と要請し、オンラインでの授業と対面での授業をどのように組み合わせるのか、そのための環境整備について議論を進めていく方針を確認した。
 9月12日付の産経新聞によると、ハイブリッド型授業は、欧米などで普及している「反転授業」を取り入れ、オンラインと対面による授業のそれぞれの長所を融合させた教育スタイルだという。
 従来は、大学の講義に出席して知識を取得し、自宅で課題をこなして学びの定着が図られてきた。反転授業では、講義の映像が事前に配信され、学生は自宅で予習する。そのうえで大学での対面授業は、議論や発表を中心にした「アクティブラーニング」(主体的・対話的な学び)に充てられる。
 本格導入の方針を固めた早稲田大学の総合研究センター副所長(人間科学学術院教授)、森田裕介によると、グローバルな情報化社会で活躍する人材に不可欠な問題発見・解決力、論理的思考力、コミュニケーション力など現代の学生に必要な能力は、ハイブリッド型授業でその育成が可能になるという。早大では2003(平成15)年度から一部学部で授業のハイブリッド化を始めた。他大学から問い合わせもあり、全国的な普及も見込まれる。国立では大阪大学も「ブレンド教育」の名称でこの秋から導入する。

■人間的な触れ合い「教育の原点」大切に

 秋学期がスタートした大学では、オンラインでは教育効果が期待できないゼミや実習形式などの授業で対面授業を再開する一方で、オンライン授業も拡充し、新しい授業形態を模索する動きが活発化している。
 しかし、クラスター(感染者集団)が発生して、学生が中傷や差別を受けた例もあり、依然として、各大学は慎重な判断を迫られている。
 いつ平常に戻るかもわからないなかで、退学や休学に踏み切ったり、検討したりしている学生も増えており、授業や就職への不安の声は従来になく高まっている。
 先の調査で、オンライン授業に否定的な意見に、「教員がしゃべるときの熱量や顔色、ニュアンスが伝わってこない」「同級生と一緒のときには、刺激も受け、楽しさも感じるのに...」といった声があった。人間の学びには人と人との生身の交わりが欠かせない。人間が成長するうえで尊敬できる先達や教員、あるいは刺激し合える友人を持つことの大切さを改めて考える。
 オンライン授業は「オンデマンド再生型」と「実況生中継型」に大別され、オンデマンド型では、学生が好きなタイミングで受講でき、何度も繰り返し再生ができる。学生が個々のペースで学習できることに加え、学生が早送りしたり、つまずいて繰り返し再生したりしたところが統計的に把握でき、大学側は授業内容を改善できるメリットがあるという。
 日本の大学ではごく一部で可能な技術らしいが、オンライン授業を少しでも「人間の体温」を感じさせる内容に改良していくことも大切だろう。そして「自分のペースで」を好む学生が多いのなら、スマホばかりでなく本を読むよう導くこと、読み飛ばしたり読み返したりが自在にできる「本」こそが、自分のペースで学べる究極の教材であることを喚起してほしい。

■学生の自主性や意欲をいかに喚起するか

 オンライン授業では、なんといっても学習者の自律性、やる気が課題になる。読書と同様に、オンライン学習も、誰も見ていないところで自分をどれだけ高めようとするか、その意欲にかかっている。自宅でも学生服に着替えて勉強するという知人の息子には「医学部合格」という目標があるが、現役の学生たちは、自らが成長するツールとして、どうオンライン授業に取り組むのか、大学側の責任も大きい。
 教育上のICT(情報通信技術)の活用は、まずeラーニングのようにオンラインだけで学ぶことから始まり、次にブレンディッド(オンラインとオフラインの組み合わせ)に進み、そしてハイブリッド(オンとオフの混在)に進むとされる。
 大阪大学の「ブレンド教育」はそのひとつだが、eラーニングという言葉が登場したと思ったら、ブレンドからハイブリッドへ。教育現場の「ニューノーマル」に向けた課題が山積するなかで、新首相の菅義偉は、従来の省庁を横断する「デジタル庁」の創設に乗り出す。
 ハイブリッドで先行する早大でも、「ハイブリッド化を始めても、自分が学生時代に受けた授業のスタイルに固執する教員も多かった」と、森田は述懐する。
 コロナ禍を経験した今、新しいテクノロジーを駆使して学生により良い授業を提供するという教員側の意識変革も迫られている。
(敬称略)
(平山一城)