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私大の力

<3> 9月入学は「大学を先に」議論へ
新政権「コロナ世代」つくらぬ責務

■朝日社説と読売インタビューの共鳴

 政府の教育再生実行会議は8月25日、「9月入学」について、「小中高校と大学を分けて議論する」方針を確認したが、全国紙では会合の前に、この流れを示唆する報道が相次いでいた。
 8月20日付朝日新聞は、「秋入学再論 大学に絞って議論を」という社説を掲げた。
 「コロナ禍による学習遅れへの対応策として、この春浮上した『秋入学』。その仕切り直しの議論が、政府の教育再生実行会議で行われることになった」としたうえで、ただ幼児段階からの一斉実施となると、課題も錯綜するとし、次のように主張する。
 「やり方にもよるが、国・地方の財政や家計への負担は、あわせて数兆円に及ぶとの試算もある。そうした知見をふまえずに、『非常事態のいまこそ一気に』と一部の政治家らが前のめりになった、今春の混乱を繰り返すべきではない。
 実行会議には、まずは議論の対象を大学に絞ることを提案したい。それも秋入学への全面移行ではなく、春と秋の2度、学生を迎え入れる大学や学部を徐々に増やす道である」実はこれ、当の萩生田光一文科相その人の考えと共鳴している。萩生田は8月4日付の読売新聞のインタビューで次のように語っていた。
 「9月入学自体は、中曽根内閣の頃から自民党内で議論されてきた。当時は、就学時期を国際基準に合わせるという趣旨だった。今回のように、休校で遅れた学びを保障するため、緊急避難的に始業時期を遅らせる9月入学案とは似て非なるものだ。それなのに、両者が混同されたまま世論が盛り上がってしまった。
 入学時期の変更に伴う課題が明確になったので、9月入学は将来の教育のあり方として、政府の教育再生実行会議で議論する。個人的には、大学などは留学促進の面から、義務教育よりも一歩先んじて検討したらどうかと思っている」
 個人的にはとしつつも、「大学を先に」と実行会議での議論の方向を示唆していた。

■私大協の「意見」でも展開された認識

 日本私立大学協会(私大協)は5月22日付の「9月入学への移行検討に対する意見」で、「多様な価値を追求する全国408(加盟校)の私立大学の視点から」見解を表明している。
 そのなかで、来年度からの移行とは関わりなく9月入学には複雑な問題があるとして「拙速に導入決定」することに疑問を呈しながら、全国の私立大学がグローバル化を促進するための努力を重ねてきたことを強調した。
 「9月入学自体については、導入を提唱した(中曽根内閣の)臨時教育審議会以降、大学における国際的流動性を高めるための改革は大幅に進み、半期での単位授与を可能としたセメスター制の導入や学年の始期の弾力化などにより、秋季入学は既に制度上可能となっている。
 当協会の2016(平成28)年度調査によれば、9月入学を実施している大学は59大学を数える。そうした現状に鑑みれば、課題は山積するものの、今後の大学の将来像を描く上での9月入学そのものの導入可能性は否定されるものではない。むしろ、今後においては9月入学を含めて、単位制度や開講科目数の在り方、学術研究の充実策など、競争が激化する国際社会の中にあっても我が国の大学が強いプレゼンスを発揮するための総合方策について、中央教育審議会等で慎重に審議されることが望ましい。なお、その際には私立大学の自主性が尊重され、一律的な取り扱いがなされないことは申し上げるまでもない」
 今回の朝日社説も以下のように、ほぼ同様の認識を展開している。
 「秋入学の状況を毎年調べている民間団体・大学入学情報図書館RENAによると、帰国子女や留学生に限定せず、広く秋の募集を行う大学は全国に少なくとも17ある。そこでの実践から見えてくるのは『再挑戦』をめざす入学希望者の姿だ。
 たとえば上智大の国際教養学部の場合、国内の高校出身者では、春に合格できずに再び受けにきたという例が多い。桜美林大や聖学院大でも、『よその大学に進んだが期待とは違った』『仕事についてみて、もう少し学問を積む必要を感じた』と話す若者が秋入学の門をたたくという。軌道修正の機会を早めに提供する意義は大きい。
 学ぶ側からみると、秋入学の最大の課題は高校卒業から半年の空白(筆者注・いわゆるギャップイヤー)が生まれることだ。だが打ち込みたい活動がある生徒にとっては、それを全うしてから受験準備に入れるのは魅力だろう。入試業務は大学には重荷だが、選抜機会が2度あれば、今回のような感染症の流行や災害など不測の事態が生じても、柔軟な対応がとりやすい。
 多様で個性的な学生が集えば大学の魅力も増す。無理のない取り組みで可能性を広げたい」

■春秋両様でギャップイヤーも有効活用

 世界の現況をみると、学年が始まる時期は、イギリス、フランスが9月、ドイツが8月、アメリカは7月であり、春に日本に来る留学生は韓国などを中心に2割程度で、8割は9月入学を選んでいる。
 世界中の学生に日本に来てもらおうと思えば、春入学と9月入学を併用することのメリットが大きいことは間違いない。これから日本の18歳人口が急速に減少していくことを考えても、制度整備を急ぐ時期に来ている。
 東京大学が2011(平成23)年に導入を提起したときは動かなかった経済界の首脳らからも、今回は、「9月入学は悪くない」という前向きな発言が聞かれる。
 一括採用、終身雇用、年功序列そして定年、という4つがワンセットの従来の労働慣行は、高度成長と人口増加を前提にしたものであり、すでに機能しなくなっている。コロナ後の経済活動を見すえて、採用を通年ベースに転換していくためにも、大学の9月入学の効用が認識されるようになった。
 しかし、9月入学に重点が移れば、来春から実施される大学入学共通テストや、その後継として現在検討されている新試験の実施時期についても調整が必要になってくるだろう。そして、その際にも「私立大学の自主性」をどのように担保していくか、柔軟な対応が求められる。「拙速な導入決定」は避けなければならない。
 ただ、春と秋に大学入学が可能になれば、朝日の社説が言うように、学生たちが高校卒業後の「ギャップイヤー」を有効に活用する道は拓けてくる。

■コロナ後へ、萩生田の発言どう引き継ぐか

 首相退陣によって文教行政は次の政権に引き継がれるが、文科相の萩生田は先の読売インタビューで、「ポストコロナ時代は、学校現場でのICT(情報通信技術)導入が課題になる。義務教育と高校・大学での役割をそれぞれ議論し、成果を見極めた上でICTを活用した教育環境を作っていく」と語っている。
 さらに「危機に真正面から対応し、責任を持って決断できるリーダーが必要だ。未曽有の時代に全て100%の対応ができるとは思わないが、英知を集めて国民の暮らしと生命を守る」と、首相側近の文教族らしい力強い発言もあった。
 萩生田が力説するように、混乱によって子どもたちの十分な学びが保障されず、「コロナ世代」ができるような事態だけは避けなければならない。次期政権の責務はさらに重大なものになる。
(敬称略)
(平山一城)