特集・連載
私大の力
<57> 私大協80周年 其の二
「私高研」西井主幹に聞く
国立の「補完」役から脱却を
■「私学支援」一筋、現場主義を貫く
「日本私立大学協会(私大協)がこれまで行ってきたこと、そして、これから成すべきことは、私学が持つ存在意義や役割を明確にし、全国の私立大学の存続と発展を強力にバックアップすることに尽きます」
私学高等教育研究所(私高研)の第3代主幹である西井泰彦は、本紙のインタビューに応じ、こう切り出した。
西井は、私大協が附置する研究機関である私高研の主幹に2015(平成27)年に就任し、私立大の研究分析と大学政策への提言を行っており、私学の現場重視をモットーとしてきた自信がみなぎる。
1973(昭和48)年、東大教育学部を卒業して、文部省ではなく、日本私学振興財団(現在の日本私立学校振興・共済事業団)に就職した。学生運動や大学闘争が盛んであった学生時代には、学生の自主管理が認められていた学生会館の運営に参画し、学生中心の大学への変革を志向した。
また、「物づくり」から「人づくり」への関心をいだき、理系から文系に転換し、「これからは大学が大衆化し、私学の時代になる」と確信。大学卒業後の人生は私学一筋となったという。
私立大学などへの経常費補助が開始されて間もない同財団では、補助金の配分、融資、経営相談、情報収集と分析、電算化、私学共済との統合事務など、私立学校を振興するための物的支援または情報支援の活動を35年余り担当した。
2000年代に入ると、18歳人口の減少と競争環境の激化に伴って、苦境に立つ私立大や短期大に対する経営相談を充実させるとともに、学校法人活性化・再生研究会を創設して経営困難な学校法人への経営指導を開始した。
私学事業団を退職後は、学生が急減し、経営上の混乱が生じている私立大の理事長に就任し、紛争の解決と再生に向けての取り組みを実行。その後、私高研の主幹としての役割を担うとともに、別の学校法人の理事長や監事などを併任して、現在に至っている。
西井は、日本の私立大と大学政策の数十年の歴史と現状を知悉して、豊富な現場経験をもっている点では他の追随を許さない。その経験を活かして私高研の高等教育研究の責任者(主幹)を託されている。
常に私学の現場の実績と客観的なデータに基づく研究分析を踏まえて、私学への助言と政策への発言を積極的に行ってきた。
「いま私学の経常費補助金の比率は8%台に低下し、助成開始の2年目である1971年度の9・57%以下にまで落ち込んでいます。一方で、私学への規制だけが強化されています。私学団体は協同して私学振興への発信力を強めるべきです」と指摘する。
国が僅かな補助金をツールとして、私学の整理・統合を進めようとしている最近の政策に対して危機感を募らせる。これまでの延長では私学は弱体化する恐れが少なくなく、いまこそ、私立大はその存在意義を再確認し、時代と社会の急激な変化に立ち向かい、諸課題を乗り越えていく取り組みが必要であると力説する。
■「附属」ではない「附置」機関の気概
「私高研」は2000(平成12)年に設立された。4年後の国立大の法人化移行が決まり、大学の「認証評価」が始まろうとしていた時期であった。
初代主幹の喜多村和之は、開所あいさつで「第一の使命は、加盟校の発展に資することですが、私大協『附属』ではなく『附置』とした理由は、単なる下部機関ではなく、私大協という親機関のヨコにあって、高等教育全体のシステムを考えようとするところにあります」と述べている。
喜多村は、公開研究会で関心の高いテーマを深掘りし、研究員たちの論考を本紙(教育学術新聞)の「アルカディア学報」に掲載、叢書などの印刷物も随時刊行した。この仕組みを考えた喜多村のビジョンは、「法人化される国公立大とともに、互いに独立した組織体として切磋琢磨、連携協力し合って、世界に誇り得る日本の私学高等教育の形成に貢献する」というものであった。
第2代主幹の瀧澤博三、それを引き継いだ西井は、喜多村の草創期の理念を大切にしてきた。設立から四半世紀を経た現状はどうであろうか。
「私立大には個性があり、規模も大小さまざまです。それぞれの自主性と特殊性によって存在をアピールしてきましたが、少子化による競争の激化、学生数の確保や学部の競合などによって、私学同士が身を削る戦いを強いられている。私学団体として、それらをまとめていくのは大変なことです」と西井は言う。
日本の私立大は、高等教育の大衆化が進む中で、国立大を「補完」する立場で発展してきた。「アジア型私学」と言われるモデルである。
とくに戦後は、国が安上がりに高等教育を拡張させるため、水が溢れた時の「遊水地」として私学を使った。だから、水(学生数)が減ってくれば、その貯水池は枯れてしまうような弱い立場であり、国の「安上がり」な高等教育政策の結果によるものである。
他方で、学費は国立の約2倍(私学平均120万円国立54万円)であり、教員1人あたりの学生数(ST比)、補助金額(国立の約13分の1)など私学が圧倒的に不利な状況にある。
学生1人当たりの校地や施設設備も劣る。設置者負担主義の下で設備投資は原則的に自前で整備しなければならない。官尊民卑とも言える。それなのに各種の規制は国公立以上に厳しい。私学にとっては不公正な競争環境に置かれている。
しかし、国の教育投資の効率的な分配を図るためには、国公立でなければならない分野に重点投資しつつも、国民の知的レベルを上げて少子化時代の経済社会の発展の基盤を形成するためには、高等教育の大層を担っている私学教育に対して3分の1程度の助成を行うことがむしろ効果的である。
「私立大は『補完的』な役割に留まらず、日本の将来を担う大多数の国民の知的な育成を担う中核的な役割があり、その教育的な使命を自覚する必要がある」と西井は強調する。
■経営陣の相談に「情報交換会」で対応
「私学の度重なる不祥事を受けて、私学のガバナンス(組織統治)が問題となり、役員の解職勧告や外部理事の導入、評議員会の権限強化などが進められてきた。法による強制的な規制を避けるために、私は、ガバナンス・コードによる自主規制を訴えましたが、国は法令によるコントロールを強める道を選んできました」
令和7年度からは改正私立学校法が施行されており、この法律は、「不祥事を防ぐための守り」には寄与するかも知れないが、厳しい時代を生き抜くための「攻めの経営」を萎縮させてしまう懸念がある。
厳しい経営環境下では、不採算(赤字)部門のカットや組織のリストラなどの大胆なスクラップ・アンド・ビルドが求められる。
「ここで過剰なチェックシステムが働くと、経営者は反対意見を恐れて必要な決断ができなくなる」と言う。
私学に経営体制を強化するために、経営姿勢や経営課題への取り組みに関する少数の経営者間の情報交換会を私高研では開始した。
参加者を経営責任者に限定して非公開のウェブ形式で、経営上の諸課題への取り組みについての意見交換を行っている。経営者からは、新法下での新たな役員などの体制への注意点、経営と教学間との調整、内部対立の解消方策、学生減少への対応や定員の見直し、学部学科の改廃、組織のリストラや人員整理など、喫緊で切実な課題を聴き取り、個別具体的な相談に応じて助言などを適宜に行っている。
「とくに、当研究所では、各大学の学部などの部門別のキャッシュフロー計算による財務分析を勧めており、学校法人が設置する部門ごとに、教育活動の本業でキャッシュを出し、設備投資に回す財源が生まれているか、赤字の場合に蓄積された余裕資金はいつまで持つか、再生または整理に向けての資金の留保が出来ているかという観点から、法人と部門の持続可能年数を算出しています。一般に公開されている財務データに基づいた当研究所の分析では、私立大学の経常収支の赤字が数年間のうち複数年度に生じているところが200法人ほどとなっており、お金があるうちに、手遅れになる前に、抜本的な手を打つべきでしょう」と警笛を鳴らす。
現在、国の政策は「文理融合」や「理系人材の育成」に傾斜しているが、この理系シフトは、私立大に多額の設備投資を強い、学生が集まらなければ、即座に経営を圧迫する危険性をはらんでいる、とも西井は指摘している。
「私は、大学の理系に入学し教育学部に転じた経験を持ちますが、当時の高度成長期を支えたのは、理系の専門家だけでなく、論理的思考力や社会的関心を持った勤勉な文系人材の基礎力が底辺にあったからです。AI(人工知能)の時代にこそ、『人の心』を理解する心理学や対人関係力の強化、文理にまたがるリベラルアーツの教養教育が不可欠です。私の勤務する大学ではその方向を追求しています」と語る。
■「建学の精神」は段階評価になじまず
国による私立大などの認証評価はいま「段階評価」導入にまで進もうとしているが、公正で第三者的な認証評価機関の創設は私高研の発足時からの重点課題であった。
初代主幹の喜多村は「アルカディア学報」でもたびたび取りあげ、「私学の質の保証や向上の評価は自ら自律的に行うべきもので、税金にその多くの財源を得ている国公立大と一律的、画一的に実施することには疑義がある。ましてや、これに従わない大学を法令違反として取り締まるのは、私学の独立性を無視するもの」と論じていた。
西井も「評価制度を設置認可制度や補助金配分に連動させる動きには危機感を持っています。本来、評価制度は大学が自ら改善するためのツールであるべきであり、国が教育政策を遂行し、私学をコントロールする手段に変質させようとしており、過度の規制強化は私学の存在意義を損なうものです」と警戒する。
私学は「建学の精神」によって立っている。知的能力や専門性を高めるだけでなく、人格の陶冶、情操教育、誠実性や協調性の育成、仁愛などの精神といった生きる上での基礎的な人間力を育てることが建学の精神に多く見られる共通テーマである。
そうした人間として信頼され、社会的に貢献できる人材を輩出して、地域社会の発展に貢献するという意志が私学教育の原点にある。国公立大には認められていない宗教教育等を含めた独自の理念に基づいた私学教育が制度的に認められており、存在価値である。
単に知識技術だけを追い求めるならば、やがてAIに取って代わられる日が来るのではないか。
「私学は常に国家との緊張関係を持ち、安易に国の方策に従属するのでなく、自主性や自律性を守らなければなりません」。そうした考えから私高研では現在、全国600を超える私立大の「建学の精神」をデータベース化して、その分析に取り組んでいる。
全国の私立大などの私立学校が誕生した時代背景や創設者の教育理念を分析し、その現代的な意義を再確認し、次の時代に向けて展開していく努力を追求したいと願っている。
「大学は教員だけのものではありません。教員と職員がそれぞれ主体的に協働することが大切であり、私立学校運営の専門性と帰属意識を持った職員が組織の改善に積極的に関わってこそ私立大学は変わります。私学が生き残るには、不都合な現実を直視し、問題点の改善を優先することが大切です。自らを律しつつ、データに基づいて諸問題の解決に前向きに取り組むことは、私学の教職員にとっても、私立大学にとっても、そして私学団体にとっても非常に重要です。私学の自律性と多様性を守るために、これからも有効な提言を続けていきます」
